132.才能
ログの部屋の近くまでやって来ると、タイミング良くログが部屋から出るところだった。
「ログ」
「あ、師匠……」
俺の声に反応を示すが普段よりも暗い声音で、明らかに落ち込んでいるとわかる。
「どこか行くのか?」
「いえ、特には。夜風にでも当たろうかなと」
「そうか、だったら少し俺に付き合ってくれないか?」
「はい。構いませんけど……」
ログを連れて俺は屋敷を出る。
「着いたぞ。ここだ」
俺がやってきたのは、街中にあるとある有名な料理店だった。
この店は国内外に複数の分店を持っている店で、富裕層をターゲットとしたいわゆる高級料理店と呼ばれるところだ。
「ここ、ですか? なんかすごく高そうな店ですけど……」
ログは店の雰囲気に委縮しているようだが、俺が店の中へと足を運ぶと俺の後ろに付いてきた。
店の中に入ると店員が出迎えてくれて、予約していた個室へと案内される。
元々今日はトラブルが無かったとしても、ログを連れてここに来るつもりで事前に予約をしていた。
「あの……、師匠……」
「ログ、今日は奢るから何でも好きなもの頼んでいいぞ。カネの心配はしなくていいから」
席に着いたところで未だに落ち着きのないログに話しかける。
「あ、ありがとうございます。――って、そうじゃなくて……! なんで僕だけ……」
「今日は九月一日だな」
「え? は、はい。そう、ですね」
ログは俺の突然な話題転換に戸惑いながらも肯定する。
「九月はログの誕生月だ。つまりお前は今日で十五歳――成人になった。成人になったからといって、せいぜいが酒を飲めるようになった程度で俺たち探索者にとっては何も大きな変化はない。けど、これで大人の仲間入りなのは違いない。ささやかながらお祝いをしたいと思ってな」
「…………」
「今日、お前とキャロルの間で何があったかはルーナから聞いている。あまりそういう気分じゃないかもしれないが、俺の我が儘に付き合ってくれないか?」
「九月……。そうでしたね、僕ももう成人なんだ」
「あまり実感ないよな。俺もそうだったからわかるよ。早速酒でも飲んでみるか? そうしたら実感が少しは湧くかもしれないぞ?」
「お酒、飲んでみたいですね」
「わかった。まずは飲みやすいのから頼んでみようか」
それから酒や料理を注文し、取り留めのない話を交えながら食事を楽しんだ。
◇
「師匠、僕は凡人でした」
少し時間が経って、酒が入ったからかどうかはわからないが、ログが自分のことを吐露し始めた。
「恥ずかしい話ですが、僕は少し前まで自分のことを天才だと思っていました。でもそんなことは無かった。《黄昏の月虹》の中では僕がダントツで才能がないですし」
「……なんでそう思うんだ?」
「師匠だってわかってるはずです。ルゥ姉は僕たちのパーティに収まっていい人ではないですし、キャロルやソフィーもすごい勢いで成長している。それに比べて僕は全然成長できていない」
色々と言いたいことはあるが、今は黙ってログの言葉に耳を傾ける。
今ログが何を思っているのか、それを聞いておきたい。
「最近、僕は自分が影だと思うことが増えました」
「……影?」
「はい。小さいころから時々そう思うことはありました。何故かは自分でも説明できないのですが、僕は影なんです。二人がどんどん輝きを増していって、それに伴って僕の影もどんどん深くなっていっているような気がするんです」
あまり聞かない表現だな。
確かに最近のキャロルとソフィーの成長は著しい。
ログも間違いなく成長しているが、二人と比べると確かに成長速度に差異はある。
その二人を光、その対として自分を影と認識しているようだが、これは単純な比喩表現なのだろうか?
もしかしてログは――、いや、それは今考えることじゃないか。
「ログの言いたいことはわかった。でも、見極めるのは早すぎるんじゃないか?」
「……え?」
「みんな探索者になったばかりの頃ってのは、言い方は悪いけどただ目の前のことをこなしていくだけで精一杯なんだよ。だけどログみたいに少しずつ余裕が出来ると視界が広がってくる。そうして初めて世界の広さを知って、自分と周りを比べて『自分は才能が無い』と考える。誰しもが通る道だよ」
「師匠もですか?」
「勿論だ。付与術士にコンバートする少し前はひどいものだったぞ。自分に限界を感じていて、それでも諦めきれずにもがき続けていたからな」
「師匠が限界を感じていた……?」
ログは俺の言葉にあまり納得のいっていない表情をしている。
確かに今の俺だけを見ていれば想像するのは難しいよな。
「ログに質問だ。俺には才能があると思うか?」
「そんなの当り前じゃないですか。師匠は前人未到の九十四層に到達した一人で、今ではツトライル最強の探索者とも言われているんです。そんな人に才能が無いわけありません」
「ありがとう、ログはそう言ってくれると思ったよ。だけど、俺は自分に才能があるなんて思っていない。皆無と言うつもりは無いが、九十四層に行けたのは俺だけの力じゃないし、先日の武術大会で優勝できたのは自分の努力の結果だと思っている」
「でも! 才能があるから努力が実るんです。才能が無ければ努力したところで、たかが知れている……!」
「確かにこの世に〝天才〟と言える人がいるのは事実だ。世間では才能溢れる者が天才だと言われている。――だけど、俺はそうは思わない。天才とはポテンシャルや適性がその者の活動と合致している人のことを指す言葉だと俺は思っている」
例えば、誰もが探索者や軍人として大成間違いなしと思えるような身体能力が非常に高い人が居たとして、その人が他人だけではなく魔獣すら傷つける事を嫌う心優しい人であったとしたら、その人は世間から天才と評されるだろうか?
その人の潜在能力、性格や性質といった全てのものがかみ合えば、その道で大成することは想像に難くない。
だけど、全てがかみ合う人なんてそうはいない。だからこそ、その少数の人たちが天才と呼ばれているんだと俺は思う。
「才能の有る無しなんて言うのは、結果から派生した他人の認識でしかないんだよ。勇者パーティを追い出された俺は一部では『才能が無かった』なんて言われていたのに、武術大会を優勝した途端に才能溢れる《夜天の銀兎》のエースだなんて言われ始める。才能なんてそんな曖昧なものだ」
「……そんなこと考えたこともありませんでした。確かに才能の有無が結果の後付けに過ぎない、というのは納得できる部分もあります」
「努力をすれば必ず成功するなんて無責任なことは言えない。だけど、最低限適性が合っていて、正しい努力ができていれば結果は自ずとついてくる。お前はまだ探索者になったばかり。自分の探索者としての未来を見限るのはここじゃないはずだ」
「でも僕は結果を出してない。キャロルやソフィーの方が迷宮調査でも活躍してますし……」
「他人と比べた結果だけが全てじゃない。自分と他人は全くの別物なんだから、同じ尺度で計ることなんてできない。半年前の、俺がお前たちの師匠になったあの時のお前は、ケルベロス二体を相手に真正面から捌けていたか?」
俺はログの心に届くように必死に言葉を紡ぐ。
俺の天才の定義にログを当てはめれば、ログは天才だ。
初めて出会ったあの日からその考えは変わっていない。
最終的にログが探索者を辞めると決めたのであればそれは尊重するが、ここで歩みを止めるのは勿体ない。
「半年前でしたら、きっと大怪我をしていたと思います。最悪死んでいたかもしれません」
「だけど、今日のお前は無事に切り抜けられた。自分の役割をきちんとこなせていた。――この半年頑張ってきたことは、ちゃんとログの成長につながっている。その成長も結果の一つだろ? そこに気づかないで自分に才能が無いなんて決めつけるな。お前は頑張ってる。そして、ちゃんと結果を出している」
俺の言葉が届いたのか、ログの瞳から涙が流れる。
(じいちゃんも、こんな気持ちだったのかな)
今のログの姿は昔の俺に重なる部分がある。
俺の時はじいちゃんが受け止めてくれて、その時の俺が言ってほしいと思える言葉を言ってもらえた。
今の俺に言えることは全部言ったつもりだ。
でも、じいちゃんならもっと良いことを、ログの心に響く言葉を言うことができるんだろうな。
俺も人にものを教える立場の人間としてはまだまだだと実感する。
「さ、せっかくの料理が冷めちゃうから、早く食べな。たくさん食べて、また明日から一緒に頑張ろう」
「はい……。ありがとう、ございます……!」
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