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129.休日②

「ボクが一番乗り~!」


 ルクレが声を上げながら波打ち際の方へ駆けだす。


「あー! ルクレお姉ちゃん、ズルい! あたしも行くー!」


 ルクレを追いかけるようにキャロルも走り出す。


 ルクレが先に波打ち際へとやって来ると、そのまま進んでいき膝下が浸かったところで振り返る。

 それから遅れて入ってきたキャロルに海水を掛ける。


 「うわっ、しょっぱい~!」と言いながらもキャロルが反撃をした。


 キャロルとルクレに関わりがあったという話は聞いていないから、二人がまともに関わるのは今日が初めてだろう。

 だというのに繰り広げている水の掛け合いは容赦が無い。

 まぁ、二人は元々波長が合いそうだし、すぐに仲良くなっているのにも納得だ。


 他の面々も波打ち際に向かっていたため、俺も付いていくために歩き始めたところで、


「よし、オルン、まずは勝負だ」


 ウィルが不敵な笑みを浮かべながらそう告げてくる。


「勝負って、何するの?」


「遠泳だ。他の観光客もいないから迷惑にならないしな」


 俺は海で遊んだ経験は無い。というより川なども含めた水遊び全般が初めてだ。

 だけど泳げないわけではない。

 俺だけに限らず探索者の大半は泳げるはずだ。


 迷宮には中に川や湖といった水辺の存在する迷宮もある。

 その中にある素材が必要な場合は自分たちで潜って取らなくてはならないし、万が一アクシデントで水の中に落ちてしまった場合、泳げなければ死ぬ可能性もあるため、実質的に探索者には必須の技術と言って良い。


 更に探索者は装備を着た状態でもある程度は泳げることが望ましい。

 《夜天の銀兎》でも新人教育に泳ぎの練習は組み込まれている。


「面白そうだな。その勝負、乗った」


 遠泳の経験は無いが、まぁ大丈夫だろう。

 あくまでこれは遊びだし。


「よし、決まりだ。他にやるやついるか?」


 ウィルが他の人たちにも声を掛ける。


 結果、遠泳に参加するのは俺とウィル、Aランクパーティのエースであるレックスさんの三人となった。


「で、ルールは?」


 レックスさんがウィルにルールの確認をする。


「そうだな……」


 ウィルが少し考えるそぶりを見せると、おもむろに右手を海の方へ向ける。

 すると沖の上空に魔法陣が現れ、そこから岩で作られた細長い棒が降り注ぐ。

 岩の棒は一部が海面から出る格好で、海面に対して垂直に刺さっている。


「あの棒に一番早く触れたものが勝利ってことでどうだ?」


 ここから棒までの距離は約百メートルと言ったところか。


「問題無いぜ」

「俺もそれでいいよ」


「よし、それじゃ、早速始めようぜ」


 開始の号令をログに引き受けてもらい、俺たち三人は砂浜にて横並びで待機する。


「あ、そうだ。オルン、魔術は禁止な」


「わかってる。そんな野暮なことはしない」


「それでは、行きますよ」


 俺たちの用意が整ったタイミングで、ログが声を出しながら右腕を上げる。


「ししょー! がんばれー!」「オルンさん、頑張ってください……!」


「ウィル~、負けたらペナルティーね! あ、ウィルが負けた場合限定で!」「なんでオレ限定なんだよ!」


「レックス! Sランク探索者に勝つチャンスだよ! しっかりね~」


 海辺で遊んでいたみんなも集まってきた。


 俺たちの準備が整ったところでログが右腕を上げる。


「それでは行きますよ! レディー……ゴー!」


 ログの掛け声とともに俺たちは一斉に砂浜を駆け、沖から顔を出している棒を目指す。


 砂浜に足を取られないよう注意をしながら足を動かす。

 足が海水に浸かり始め、膝、腿と徐々に浸かる位置が上がってくる。


 タイミングを見計らって泳ぎに切り替える。


 初めて海水で泳いだが、川や湖なんかの淡水と比べると泳ぐ際に少し抵抗感を感じる。

 だけど服を着ている時と比べれば断然泳ぎやすいし、目標地点までは問題無く泳ぎ切ることができるだろう。


 バタ足をしながら両手で前の水を後方へかくようにして泳ぐ。

 息継ぎの際に左右で並んで泳いでいるウィルとレックスさんの位置を確認するが、どうやらそこまで大きな差はついていないようだ。


 全力で泳ぎ続け、目標地点である棒が目の前まで迫っている。


 勝敗の結果は――


「よし! 俺の勝ち!」


 俺が棒に触れるよりも先に二人が棒に触れていた。


「負けたか……」


「普段からバフにばっか頼ってるからじゃねぇか?」


 ウィルが勝ち誇ったような表情を向けてくる。


「それを言われると耳が痛いな」


 言い訳にしかならないが、俺の素の身体能力は上級探索者に絞れば下位に位置する。

 その差を支援魔術やこれからは氣を活用して補っているため、バフ無しでは自分が二人に劣っていたことはわかっていた。

 それでも、ギリギリまで競った勝負ができて、何の憂いも無く思いっきり体を動かせた。

 勝負に負けて残念な気持ちは勿論あるけど、心の中は晴れやかだ。


  ◇


 遠泳勝負を終えると次は、レグリフ領で最近ブームとなっているビーチバレーをみんなですることになった。

 ペアはくじ引きで決めることになり、俺のペアはソフィーとなった。


 バフ無しの素の身体能力で比較すると、このメンバーの中では意外にもキャロルが一番となる。

 性別や体格なんかを鑑みればウィルやレックスさんがトップでもおかしくないが、キャロルはその二人と比べてもかなり差が開いている。

 その要因は彼女の異能にあると思っている。


 彼女の異能は【自己治癒】。

 負ったケガをたちまち癒すというものだが、キャロルを見ているとそれだけに留まっていないように思える。

 人間は『歩く』『声を出す』などの何気ない行動をするだけでも、自覚しないほど少量の疲労が溜まっている。

 つまり、人間が本当の意味でベストパフォーマンスをするのは不可能と言える。


 しかし、キャロルの異能はそれを可能にしているのではないか、というのが俺の考えだ。

 俺が教導を始めた当初は息を切らすこともあったが、最近はほとんど無い。

 疲労の蓄積以上に体が回復しているため常に〝万全な状態〟であると言える。


 俺の考えが正しいかどうかはともかく、現にキャロルの身体能力は常軌を逸している。


 つまり――このビーチバレーにおいて敵無しということだ。


 そんなキャロルと次に対戦するのは俺たちとなった。


「ふっふ~ん、今のあたしは最強(さいきょー)だから、ししょーにも勝っちゃうよ~!」


 ネット越しに対峙しているキャロルが声高に宣戦布告してくる。


「ソフィー、調子に乗りまくってるキャロルの鼻っ柱へし折ってやろうぜ」


 キャロルの布告を受けて、隣にいるソフィーに声を掛ける。


「は、はい! キャロル、勝たせてもらうよ!」


 ソフィーのサーブで試合が始まった。


 ソフィーが打ったボールは敵コート内に落ち、キャロルが早々に落下地点に移動すると難なくレシーブする。

 その後キャロルのペアの人がネット付近に低く速いトスを上げると、既にキャロルはスパイクの態勢に入っていた。

 いわゆる速攻ってやつだろう。


 ボールを叩きつけるように右腕を振り下ろすキャロル。

 彼女がこちらのコートに打ちこんだボールを――難なくブロックする。


 俺に阻まれたボールがキャロルのコートに落ちる。


「えええ!? さっきまで居なかったじゃん! なんで目の前にいるの!?」


 キャロルは自分のスパイクが俺に阻まれたことに驚きを隠せないといった表情をしている。


「表情に出すぎだ。速攻で点を取るって顔に書いてあったぞ」


「え!? 嘘!?」


 俺の発言を真に受けたキャロルが自分の顔をぺたぺたと触っている。


 勿論嘘だ。

 何かを企んでいるような表情はしていたが、何をするかまではわからなかった。


 だけど俺は教導を通してキャロルの動きは見慣れている。

 彼女がどんなに凄い動きをしようともこの狭いコート内であれば、見てからでも対処できる。

 まぁ、毎回こんなに完璧に決まることは無いだろうがな。


 キャロルたちとの試合は、点の取り合いの末に俺たちの勝利で終わった。


  ◇


 それからも他のペアと試合をしたり、海の中に入って他の遊びをしたりとみんな思い思いにここでの遊びを楽しんだ。


 夕方になって、俺は休みも兼ねて休憩所でのんびりしながら今も遊んでいるみんなを眺めていた。


(たまにはこういう日があってもいいものだな)

 

「あの、オルンさん、体調悪いんですか?」


 ぼーっとみんなが遊んでいる姿を眺めていると横からソフィーの声が聞こえた。


「いや、そんなことは無いよ。ちょっと休憩しているだけ。ソフィーこそ体調崩しちゃったか?」


「いえ、私も大丈夫です。あの……でしたら、隣座ってもいいですか?」


 ソフィーが顔を少し俯かせながら問いかけてくる。


「勿論。どうぞ」


 ソフィーが座れる場所を確保しながら返答する。


「し、失礼します」


 俺の隣にちょこんとソフィーが座る。


 しばらく無言が続く。

 俺としてはこういう静かな時間は好きなんだけど、今はちらちらとソフィーの視線を感じて少し居心地が悪い。

 何か話そうとしているけど何も出てこないといった感じだ。


「……ソフィー」


「は、はい!」


 俺から声を掛けると、ソフィーからすごく驚いた声が発せられる。


「今日は楽しかった?」


「えと、はい。すごく楽しかったです。オルンさんとビーチバレーでペアになれたのも、すごく良い思い出になりました!」


「それは良かった。俺も今日は楽しかったよ。何の気兼ねもなくこんなに遊びに熱中したのは、本当に久しぶりだったから」


「オルンさんが勇者パーティに居た頃は、パーティメンバーとどこかに遊びに行ったこととかは無かったんですか?」


「全く無かったわけではないけど、一日の全てを遊びに充てることはなかったな」


 探索者になってからというもの、俺やオリヴァーは自分が強くなることや大迷宮の攻略というものを第一に考えていた。

 こうやって一日海で遊ぶなんてことは当時では考えられなかった。

 でもその生活を後悔はしていない。あの日々があったから今があると思っているから。


「それくらい本気で大迷宮に挑まないと、深層には辿り着けないってことでしょうか?」


「本気で取り組む必要はあるけど、そこまでストイックになる必要はないよ。こういう時間も必要だと今なら思うしね。がむしゃらにやっていれば良い、なんてことはないから。それに当時の俺たちとソフィーじゃ状況が全然違う」


「状況、ですか?」


「うん。俺とオリヴァーはツトライル出身じゃないのは知ってるか? 俺たちは地図にも載らないような寒村の出身でさ、ツトライルに来て探索者になることはできたけど、知り合いなんていなかったし何をすれば良いのかは全然わかっていなかった。当時は全部手探りだったよ。だからクランのバックアップがあるソフィー達にとっては、俺の新人時代は参考にならないよ」


「手さぐりで大迷宮を攻略……。私では怖くてできないです」


「ははは、その感覚が正しいよ。ソフィーたちには情報を手に入れる手段があるんだ。わざわざ俺たちが辿った道をなぞらなくて良い。ソフィー達はソフィー達のやり方で前に進めばいいんだよ」


「私たちのやり方……」


「そう。正解なんて無いんだから、焦ることはない。ソフィー達は間違いなく成長しているし、前に進めているよ」


「……ありがとうございます。オルンさんにそう言っていただけると自信になります」


「それはよかった。明日からまた一緒に頑張ろうな」


「はい――!」

最後までお読みいただきありがとうございます。


次話もお読みいただけると嬉しいです。

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