101.急転
無事武術大会で優勝を果たした俺は、表彰式やら取材やらを終えてからクラン本部へと帰ってきた。
それからソフィー達の居る探索管理部へと向かうと、そこでセルマさんとエステラさんが打ち合わせをしていた。
「あ、オルっちだ~!」
真剣な表情で話している二人に声を掛けるべきか迷っていると、エステラさんが俺の存在に気づいて声を掛けてくれた。
「すいません、邪魔しちゃいましたか?」
「いや、そんなこと無いぞ。――それよりも、武術大会を優勝したそうじゃないか。おめでとう」
「オルっち、おめでと~!」
「ありがとうございます」
「これで名実ともにお前が一番だな。クランとしても動きやすくなる。本当にありがとう」
セルマさんの言う通り、この結果によって勇者パーティのスポンサーの一部が《夜天の銀兎》に流れ込んでくるかもしれない。
資金が増えれば、資金が足りずに実行できなかった計画を走らせることもできるし、今回の俺の結果がそれに寄与できたと思うと達成感がある。
「俺にできることをしただけだよ。――明日以降の予定、ですか?」
テーブルの上にあった紙の内容を見て質問する。
「そだよ~。今日で迷宮探索禁止期間も終了だからね。スポンサーから来てる依頼も結構な数になるから、各パーティへの分配を考えていたんだ」
迷宮探索禁止期間も当然スポンサーから迷宮素材が欲しいと依頼が来ていた。
結構溜まっているだろうし、機嫌を損なわせないように早めに片付ける必要があるから、パーティへの分配はちゃんと考えた方がいい。
俺も手伝った方がいいかな、と思っていると、
「オルンはこれからソフィアたち第十班の面々と街を回るんだろ? 武術大会優勝という大仕事も成し遂げてくれたんだ。今日はゆっくり羽を伸ばしてくれ」
セルマさんからそう告げられる。
「だね~。明日からまた迷宮探索でオルっちには働いてもらうんだしね!」
「明日は感謝祭の事後処理があるから、第一部隊の迷宮探索は明後日からになるがな」
正直二人が働いているのに、俺だけ遊ぶというのは心苦しいけど、逆の立場だったら俺も同じことを言うだろうし、ここは厚意に甘えよう。
「……それじゃあ、お言葉に甘えて今日は楽しませてもらいますね」
「あぁ、楽しんで来い」
◇
セルマさんたちとの会話を終えてから、第十班で利用しているいつもの部屋へと入る。
部屋には既に三人とも揃っていて、
「あ、ししょー! 優勝おめでとー!!」
俺が入ってきたことに真っ先に気づいたキャロルから、お祝いの言葉を貰う。
「オルンさん、おめでとうございます!」
「おめでとうございます! 師匠、本当に格好良かったです! そんな人が僕の師匠だと思うと、何やら優越感にも似たものを感じます!」
それに続いてソフィーとログからもお祝いの言葉を掛けられる。
それにしても、ログのテンションがすごく高い。
ここ最近だと間違いなく一番だろう。
まぁ、ここまで喜んでくれると悪い気はしないけどさ。
「三人ともありがとうな。――それじゃあ、あと半日くらいしかないけど、街を回ろうか。どこか行きたいところはあるか?」
「はい。それぞれ一つずつ行きたい場所を決めています! ――ですが、その前に一つ良いでしょうか?」
ログが真剣な表情で問いかけてくる。
「構わないぞ。なんだ?」
「明日からまた迷宮探索をしても良いんですよね?」
「あぁ。今日で迷宮探索禁止期間は終了だ。早速迷宮探索に行くのか?」
「はい。三人で話し合って決めました。明日もう一度、三十層攻略に挑戦します!」
セルマさんも先ほど言っていたが、明日は感謝祭の事後処理があるため、第一部隊は迷宮探索に行かない。
半日くらいなら問題無いか。
「わかった。今回は俺も同行させてもらう。今まで通り、余程のことが無い限りは手も口も出さないから、思いっきりやってみろ」
「「「はい!!!」」」
第十班の実力なら三十層の攻略は問題無いだろう。
三十一層に到達すれば、晴れて新人を卒業だ。
《夜天の銀兎》の戦力として数えられることなる。
その時にはパーティ名も決めないとな。
そんなことを考えていると、外から複数の爆発が同時に起こったかのような轟音が鳴り響いた。
「っ!」
「なになにっ!?」
「爆発!?」
いきなりのことで三人が混乱している。
「大丈夫。爆発は結構離れたところで起こっている。こういう時にパニックを起こすのが、一番ダメなことだ。まずは深呼吸して落ち着こう」
三人に声をかけてから、爆発音が聞こえた方の窓に視線を向ける。
建物で遮られていて、爆心地は見ることができないが、煙が上がっていた。
(この方向と距離的に爆発があった場所は……。っ! 勇者パーティの屋敷のあたりか!)
「オルン!」
爆発が起こった場所に目星を付けたタイミングで、近くで打ち合わせをしていたセルマさんが部屋に入ってきた。
「セルマさん、俺が様子を見に行ってくる。この中で一番機動力があるのは俺だから」
「私もオルンに頼もうとしていたところだ。私は念のためギルド本部に行って情報収集に当たる」
こういう異常時に一番早く情報が集まるのはギルド本部だ。そこに【精神感応】を持つセルマさんが詰めるのは適任だろう。
「うん、よろしく」
「念話を繋いでおく。何かわかったら知らせてくれ」
「わかった」
「オルンさん」「ししょー」「師匠」
三人が不安げな表情を向けてくる。
努めて笑顔を作ってから、三人の頭を撫でる。
「ちょっと様子を見てくるよ。三人とも探索管理部の人たちの指示に従って行動してくれ」
「わかりました。オルンさん、気を付けてくださいね」
「あぁ。行ってくる」
会話を終えてから【技術力上昇】、【敏捷力上昇】をそれぞれ【二重掛け】で発動する。
窓から外に飛び出し、空中に設置した【反射障壁】を踏んで、上空へと跳ぶ。
そして、高度をある程度確保してから【魔力収束】で足場を作り、煙の上がっている場所に向かって移動する。
◇
距離が近づくと、煙が上がっている場所がはっきりと見えてきた。
爆心地は予想通り、勇者パーティの屋敷があった場所だ。
だけど既に屋敷は無くなっていて、中心がまっさらで、周囲に瓦礫が積まれている状態になっている。
(何が起こったんだ? ――っ!)
上空から状況を見ていると、屋敷があった場所の近くから十メートルほど一直線に衝撃波が発生した。
衝撃波の進路にあった建物は耐えきれずに倒壊する。
(……地上に魔獣が現れたのか? いや、感謝祭の期間中だ。普段以上に街中の警戒レベルは高かったはず。これだけの破壊をまき散らすほどの魔獣を見逃したとは考えにくい。だとしたら、これは人災ということになるが……)
この辺りが人通りの少ない高級住宅が立ち並ぶ区画というのが不幸中の幸いか?
これが人通りの多いところで起こったら、被害はとんでもないものになる。
いや、現時点で既に深刻な状況だが。
衝撃波が走った先端へと向かっていると、そこには元凶と思われる一人の男が佇んでいた。
そいつが無造作に金色の魔力を纏っている剣を振るおうとしている。
「何やってんだ、バカ野郎!」
男の正面に降り立ち、そのまま腹部に全力で蹴りを叩きこむ。
男は俺の蹴りを食らって後ろに飛ぶ。
だけど、全くダメージは無かったようで、何事も無かったかのようにその場に立っている。
「……この惨状はお前がやったのか?」
「…………」
俺の言葉に何の反応も示さない。
「――っ! お前がやったのかって聞いてんだよ! 俺の質問に答えろ! オリヴァー!!」
最初の問いかけに反応しなかった時点でわかっていたが、オリヴァーの様子が明らかにおかしい。
瞳孔が大きく開いていて、表情からは一切の感情が無いように見える。
そして全身からは金色のオーラのようなものを発している。
あのオーラは魔力だろう。
異能も使っていない状態で目視できるほどの濃い魔力を発しているだと? こんな現象見たことも聞いたことも無いぞ。
状況を念話でセルマさんに伝えていると、オリヴァーがおもむろに腕を上げ、手に持っている剣の切っ先を真上に向ける。
「――おい! 待てっ!」
オリヴァーがやろうとしていることを察した俺は、すぐさま止めるよう声を掛けるが、当然止まるはずも無く、オリヴァーがその剣を振り下ろす。
斬撃が金色の細い軌跡を描きながら、こちらに向かってすごい速さで迫ってくる。
「くっ!」
横に跳んで躱すと、俺が居た場所の後ろあった建物は縦に両断されていた。
(刀身に纏っていた魔力は既に霧散していた……。普通に剣を振り下ろしただけだろ!? 滅茶苦茶すぎる……)
オリヴァーの無茶苦茶な力に戦慄が走る。
オリヴァーの急変やとんでもない斬撃に驚いていると、再びオリヴァーが剣の切っ先を持ち上げる。
「っ!」
【力上昇】と【敏捷力上昇】を【五重掛け】で発動してから、オリヴァーに肉薄する。
距離を詰めながら、武術大会用の長剣を出現させ、オリヴァーの持つ剣に打ち付ける。
(魔術有りなら力負けはしない!)
接触のタイミングで【瞬間的能力超上昇】を発動する。
俺たちの斬撃によって生み出された力が拡散し、周囲の建物を吹き飛ばす。
そして、建物だけでなく、俺の剣も耐えられなかった。
長剣の刀身が中ほどから折れる。
「――っ!?」
剣が壊れたことに意識を向けていた一瞬のうちに、無防備な俺の胸元にオリヴァーの左拳が迫ってくる。
咄嗟に魔力障壁を展開し、【魔力収束】で硬度を上げる。
【瞬間的能力超上昇】を発動する余裕は無かった。
俺の魔力障壁はほとんど障害にならず、まるで紙のように貫かれる。
魔力障壁によって生じた一瞬を利用し、両腕を胸の前でクロスして、オリヴァーの攻撃を受ける。
「ぐっ……」
オリヴァーが拳を振り抜き、
「がはっ……!」
俺は後方に勢いよく吹き飛ばされ、背中が建物に激突する。
すぐさま立ち上がり、全身に【治癒】を発動すると、痛みが引いていく。
(なんだよ、オリヴァーのこの強さは……)
何故オリヴァーがこのような行動に出たのかわからない。
だけど間違いなくまともな状態ではないだろう。
今は人の少ない区画だが、ここからほど近い場所には露店通りがある。
そこは、こことは比較にならないくらいの人がいる。
既に爆発音を聞いて避難を始めているだろうが、パニック状態であることは容易に想像がつく。
そんなところで暴れ始めたら甚大な被害が出る。
それだけは絶対に阻止しないといけない。
――これ以上オリヴァーに罪を重ねさせないためにも……!
今のやり取りからして、オリヴァーに言葉が届くとは到底思えない。
であれば、武力行使しかない……!
「ケガくらいは覚悟してくれよ」
俺は次の手を打つべく、複数の術式を構築する。
◇
最後までお読みいただきありがとうございます。
サブタイトルの通り急展開ですが、オルンvsオリヴァーの第二ラウンド(魔術ありの本気勝負)開始です。
次話もお読みいただけると嬉しいです。