1-12 諦めと挑戦
俺の助言に大した価値があったとは思わない。
この子はちゃんと自分の中で整理をつけて、そして答えを出したのだ。
「そっか。よく決めたな、偉いよフィーナ」
「いいえ、ゲンキさんのお陰です」
「そうか?」
俺の悔恨混じりの呟きが、少しでも役に立てていたら光栄だ。
「そしたら、いつ頃に行くつもりなんだい?」
「なるべく早くと、考えています。でも、色々と用意もあるので明日から始めて、用意が終わり次第で・・・」
「わかった、じゃあ俺も明日からその用意を手伝うよ」
「ありがとうございます!」
今決めたばかりなので、何の用意もないのは仕方ない。
できるだけ備えが大いに越したことはないだろうから、明日からまた忙しくなるだろう。
しかしどれぐらいの旅路になるのだろう。
そう思って俺は尋ねる。
「ちなみに、フィーナの国ってどれくらい遠いの?」
俺がしばらく活動してきた範囲で、フィーナ以外の人間を見たことはなかった。
また、村や道具などの人間の文明の形跡もなかった。
まぁ、森の中をうろつくくらいしかしていないから、案外山一つ超えたら人間の集落が沢山あるのかもしれない。
「わかりません・・・」
「え?わかりませんて・・?」
「多分、ものすごく遠くです・・・」
「ん?んー。方向はどっち?」
「多分、太陽の出る方かと・・・」
東か。
いや、でも多分て。
これは情報がなさすぎる。
ものすごく遠い東の方って情報だけで、コレもうジパング目指す大航海時代の探検家じゃないの?
「フィーナ、お前、帰り道わかるんだよな?だから帰るって言い出したんだよな?」
「はい・・・・・その・・・たぶん・・・・」
ああ!フィーナの決意の瞳から自信がみるみると失われていく!
声が小さくなって、小さい体がさらにスモールに見えてくる。
でも、追い詰めたいわけじゃないんだけど、流石にノープランすぎますよコレは。
「あーっと。まあ・・・・」
しゅんとしているフィーナを見て、俺は何もいえなくなる。
「・・・」
「とりあえず、今日は寝て、明日色々用意しながら考えようか?」
「はぃ・・・・」
◆
すっかりスモールサイズになってしまったフィーナをベッドで寝かしつけてから、俺も布団に入って考え込む。
さて、どうしよう。
折角フィーナの決意した里帰りの気持ちを無碍にしたくなくて、取り敢えず問題を先送りしてみたものの、目的地不明とはなかなかハードだ。
唯一の手がかりを信じて、本当に東を目指して進むべきだろうか。
しかしこの世界で初めての旅であまりに向こう見ずすぎるし、第一にフィーナを守りきる自信がまるでない。
俺は何度死んでも大丈夫だけど、フィーナが死んでしまうことだけは怖い。
でもフィーナを故郷に返してやりたい気持ちもある。
フィーナのためを思うなら旅立たせてやるべきだし、同時に、フィーナのためを思うならここに留まってもらう方がいい。
あちらを立てればこちらが立たず。二律背反と絶対矛盾のパラドックス。
一番はちゃんと故郷まで送り届けてやることなのだろうから、最適解はシンプルだ。
ただ、そこに辿り着くための方程式が存在していないだけで。
誰か教えて帰郷のためのABC。
うんうんと唸ってみたが良い答えは出てこない。
ふと気づくと現実時間もだいぶ遅い時間になっていた。
俺自身も本当に眠るために、今晩は一旦セーブしてログアウトをした。
◆◆
夢を、見た---
『よおーぅ、ゲンキぃ』
懐かしい、爺ちゃんの声がした。
『あぁー!じいちゃーん!』
答えるのは小学校低学年くらいの時分のちっこい俺。
一人きりで居間にいた俺は、玄関先へ帰ってきた爺ちゃんへ駆け寄って行く。
駆け込んでくる俺の目線に合わせて爺ちゃんが屈むと、手に持っていた古ぼけた箱を見せてくれる。
『おもしれぇもん見つけてきたぞ!』
その古ぼけた箱には、世界初ファミリーでゲームができてしまう画期的なコンピューターの写真がパッケージされていた。
『えー!なにそれーー?』
小さい俺はぴょんぴょこ跳ねて爺ちゃんの掲げる箱の周りを駆け回る。
『言ってんだろ。面白ぇもんだよ!』
爺ちゃんは歳に似つかわしくない、悪戯坊主みたいに俺に笑いかけてくれる。
---懐かしいな。
爺ちゃんは、自分の子供達が旅立ちの際に残していった古いゲーム機を、後生大事に保管してくれていたのだ。
そして、そのコレクションの中でよりにもよって一番古いハードをチョイスして、意気揚々と孫に持ってきてくれたのだ。
いつも一人で家にいて寂しくしてる俺の気持ちが、少しでも紛れるようにって---
俺と爺ちゃんは居間に古いテレビも持ってきて、そこでゲームをしていた。
ノイズまじりの画面の中で、戦闘機が敵の攻撃に当たって爆発してしまう。
『むずかしいよぉ!』
『馬鹿!諦めるな。もうちょっとで倒せたぞ!』
『ムリだよぉぉ!』
『無理じゃない!行ける!諦めるな!できる!ゲンキならできる!!』
---でもこのゲーム機が出た当初のソフトは、黎明期だったこともあって酷いゲームバランスのものが多かったっけかな。
そもそもエンディングが作られているのかすら怪しいようなものもよくあった。
爺ちゃんが持ってきてくれたソフトにも当時の俺を殺しにかかるような内容のものも含まれていたけれど、でも俺は、徐々にゲームの持つ魅力にのめり込んでいった---
今度は戦闘機で敵のデカい脳味噌みたいな宇宙生命体を見事に撃破する。
『じいちゃん!クリアできたよ!!』
『おぉ!やればできるじゃねーか!さすが俺の孫だ!跡取り坊主だぁ!!』
俺はぴょこぴょこ跳ねて喜んで、爺ちゃんはそんな俺の頭を鷲掴みにしてワッシャワッシャと撫で繰り回す。
爺ちゃんのデカい手は小学生の頭をすっぽり包んでシェイクして、そうして目が回ったことすら俺は楽しくて、ニコニコ笑いながら倒れ込んだ。
---そうだ。
褒めてもらえて嬉しかった。
人から何かを褒めてもらえるなんてこと、この家ではなかったから。
じいちゃんが褒めてくれた。
俺も自分を褒めてやれた。
初めて自分が誇らしい気持ちになれた。
出来ないなんて言わないで、諦めないで続けてよかった。
何度も苦しかったし、やめようかと思うこともあったけど、クリアできて、俺は全てが報われた。
そうなんだ。
諦めるなんて、挑戦することに比べたらずっと楽で、そしてそうして、ずっと、ずっと
勿体ないことなんだ---
◆◆
ジリリリリリリリリ!!
目覚ましの音がうるさくて目が覚める。
折角の懐かしい夢が台無しで、今日も仕事だ畜生め。




