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08.一人の少年

 相手は、十歳にも満たなそうな少年だった。


「…………」

 少年は何も言わず、冷たい目をして剣に力を込めていた。


 だが、数秒ももたない。

 アルトスにはじき返された少年は、体制を整えこちらに向かってきた。が、今度は剣がはじかれ、武器を失う。

 そこでアルトスは私から離れ、少年に向かっていった。


 切り付けられた少年が、血を流しながら倒れこみ、血だまりが床に広がる。

 その場所に、一切の無駄のない動作で首めがけて剣が振り下ろされた。


 しかし、剣は何も斬ることなく床に当たり、軽い音を立てる。


 私はただ見ていたはずだった。

 それなのに、なぜか少年の体を引いていて、アルトスの剣から守っていた。


「どういうおつもりですか?」

 アルトスはいつもの無表情ではあったが、声が低く、怒りがにじみ出ていた。

 私はさらに少年を引いてアルトスから離してから、彼の前に立った。


「もう戦えないんだから、殺す必要はないでしょ」

 言葉が勝手に口から出ていた。

 大人しく、彼に守られていようと思った矢先だというのに。

 それでも、自分がしてしまったことを理解した後も、その場を動こうとは思えなかった。


「…………」

 アルトスが私を無視して回り込もうとしたので、私は少年の上に覆いかぶさり、剣から守ろうとした。


「傷が治ればまた襲われます。どいてください」

「あなたの方が十分強いと分かったんだから、襲ってこないかもしれないでしょ」

「あなたを殺そうとしたんですよ。なぜかばうんですか」

「自分の村が燃えてしまって、混乱しているだけよ」


 何をしているんだろうと、自分でも思った。

 しかし、動けない子供が殺される様を見るのがどうしても耐えられなかった。


 ふいに、首筋がチクりと痛んだ。

 目を向ける前に、ふわりと体が宙に浮かぶ。

 アルトスに抱きかかえられていると気づき、下を見下ろすと。


 頭と胴体が離れた少年の姿が、そこにあった。


 どうして……。

 見ていられず、目を閉じた。

 剣をはじかれたはずなのに、少年の手にはナイフが握られていた。


 アルトスはその場にあった椅子に私を座らせ、首筋を確認する。

「申し訳ありません。動けないものと油断していました」

 チクりと痛んだ箇所に触れ、指先を見ると血がついていた。

 先ほど少年が手にしていたナイフによるものだろう。


「消毒しますので、触らないでください」

「……はい」

 消毒するほどの怪我ではなかったが、先ほど勝手なことをして、迷惑をかけてしまったので、何も言わなかった。

 消毒液を出し、コットンのようなものにつけて、そっと首筋に触れる。


 怒っているだろうかと、彼の顔を覗う。

 すると、いつもの無表情ではなかった。思いつめた目で、私の首を凝視している。

 血の量から見てもとても小さな傷だ。

 だというのに、手当を進める手は震えていた。


 何を考えているんだろう。

 手当が完了した時、ドアが開いた。

 戻ってきたアデルケルは少年を一瞥した後、何も言わずに私たちに視線を移した。来た時の笑みは消え去り、仮面をつけたように表情が動かなかった。


 アルトスが私をかばうように前に立つ。

「どういうことだ。家の外は兵が固めている。そいつはお前の子か」

「いえ、見覚えはありません。賊が前もって忍び込んでいたんでしょう。小さな村ですから、警備も手薄で。申し訳ありませんでした」

 まるで決められた台詞を読んでいるかのようによどみなく話し、頭を下げた。


「それで許されると思っているのか」

 頭を下げたまま答える。

「私のことは殺していただいても構いません。しかし、これは家長である私の責任、他の者にはどうかご慈悲をちょうだいしたく存じます」

「そうか」


 アルトスは剣についていた血を振り払い、鞘に戻した。

「その対応を、魔王軍への敬意の証として受け取り不問とする。書類をこちらに」

「感謝いたします。こちらになります」

 形式ばった口調で言って書類を差し出す。

 アルトスがそれを受け取り、私に手渡した後、その手で私を抱き寄せた。


 え……?

「申し訳ありませんが、この家を出るまではこのままで」

「ええ」

 あんなことがあった後だものね。


 玄関に向かって廊下を歩く。

 来た時は気づかなかったが、少しだけ開いたドアの隙間から中の様子が見えた。


 写真があった。アデルケルと先ほどの少年と……。アデルケルの奥さんらしき人が赤ちゃんを抱いていて写っている。

 彼は私たちを出迎えたときとは違う、本当の笑みを浮かべていた。

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