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04.文字が読めない

「今さら何をおっしゃっているんです? 姫様の着るお洋服はすべて私が作ると決めているんですから。他の方の作ったお洋服を着たらぜーったいダメですからね」

 ムキになったように言った後、くすくすと笑う。

 彼女のお茶目な仕草が気の置けない友人のようで、つられて私も頬が緩んだ。


「そうだったわね」

 疑っている様子はない。心配しすぎているみたい。

 他の人の精神が入るなんて普通はないし、そんなにすぐに疑われたりしないよね。大丈夫、きっと上手くいく。


「姫様、今回のこちらのお洋服なんですけど、肌触りにもこだわっておりまして……」

 それからは、メイドが作った服のこだわりや、城で起こった日常についての世間話をしながら服を着せてくれた。


「コックのジェネソンさん、自分が甲殻類アレルギーだからエビ料理を出してくれないんです。コックなのに、甲殻類アレルギーってどう思います? 前のファネルさんのエビのパスタ、とっても美味しかったのに」

 異世界? なのに、エビもパスタも普通にあるんだなぁ。

「それは困るわ、私もエビパスタが食べたいもの」

「ですよね! 今度こっそり食糧庫に入って、すべての食材をエビにすり替えておきましょうか」

「ふふっ。そうなったら毎日エビ料理になってしまうわね」


 こんな風に気楽に話をするのはいつぶりだろう。

 学生時代は空いた時間は友人と話をして、休みの日は一緒に出掛けるのが普通だったが、社会人になり、連絡がマメではなかったためか、友人たちとは次第に疎遠になってしまった。


 一人の時間も好きではあったが、あまり人と関わらなすぎて、ふと何のために生きているんだろうと物思いに耽ったこともあったくらいだ。

 本当は誰かと話をするのが好きなのに、どうしてあんな風になったんだろう。

 メイドはとても話し上手で、時間があっという間に流れ、気づけば、窓の外が暗くなっていた。


「そろそろご夕食のお時間ですので、失礼いたします。本日の給仕は別の者が担当いたしますので……」

 メイドは何度もため息をつきながら、先ほどまでの手際の良さが嘘のように時間をかけて洋服や小物をクローゼットに仕舞う。

 彼女は私付きのメイド、とかじゃないのかな。すれ違ったメイドさんより仲良さそうだったから、そうなのかと思ったんだけど。


 もしかして、しばらく会えなかったり……。


「また、いろんな服を着せてほしいわ」

 ぽつりと言うと、メイドはぱっと顔を上げ、目を輝かせた。

「もちろんです! また可愛い新作を用意しておきますね」

 今度は鼻歌交じりに手を動かし始めた。感情が態度に出やすいのだろう。


 失礼しますと言って、メイドは出て行った。

 静かに閉じたドアを眺めながら思う。

 そういえば、名前聞き忘れた。名前なんか聞いたら怪しまれるから駄目か。持ち物に名前が書いてあったかもしれないし、注意して見ておけばよかったかも。

 知らないことを全部質問していたら不自然だから、目に見える情報をもっと意識しないと。


 じきに夕食の時間という話だったが、この部屋に持ってきてくれるのだろうか。分からないが、下手に出かけるより、部屋にいた方が呼びに来てくれる可能性が高く安全だろう。


 部屋の本棚には本がたくさん入っている。本をを読んでいれば、夕食の時間を忘れてしまっていたと言い訳ができる。

 本棚まで歩いて、背表紙を読もうと目を凝らした。


 ……読めない、もしかして。


 目の前にあった本を手に取り、ページを捲った。

 文字が読めない。文字みたいなものが何かの模様にしか見えない。

 まずいな、話ができるのに文字が読めないとは思わなかった。

 なんと言い訳しよう。日本語辞典とかないよね。

 淡い期待を込めて本棚の端から確認する。すると、棚の端に押し込められている新聞が日本語で書いてあるようだった。


 よかった、読める字もあるんだ。

 新聞を手に取り、テーブルに広げた。

 『戦争は引き分け、捕虜から有益な情報が聞き出せるか』

 そういえば人間と戦争をしているって話だった。

 新聞には戦争の被害状況と、功績を上げた者の話などが「魔王軍」や「魔族」に対する暴言を交えて記載されていた。「我々人間」といった文字があるので、人間の新聞に間違いなさそうだ。


 私は魔王軍側よね。

 振り返り、本棚の背表紙を眺めながら思った。

 この記号みたいなのが魔族の文字なんだ。でも、私が分かる文字は人間の文字。

 ため息をつきながら、鏡に近寄り、自分の頭から生える角をなでる。

 角が生えてる以外は全て同じってわけじゃないのか。部屋の作りや家具は同じみたいだけど、文字以外にも違う文化があるかもしれない。この世界で目覚めるなら、せめて人間側がよかったな。


 メイドと話をしているときは、この生活も楽しいかもしれないと思ったが、やはり状況は芳しくないらしい。

 これから何度怪しまれることになるだろう、と不安に思いながら本棚を眺めた。

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