01.魔王との出会い
目を開けた時、真っ先に見えたのは白いレースのような布だった。
私は柔らかなベッドに横になっている。
一瞬、頭痛がして頭を押さえた。
ここはどこ?
恐る恐る頭を上げ、辺りを見回した。
布だと思ったのは天蓋だ。
キングサイズのベッドを覆うサイズで、たっぷりとレースが施されている。
規則正しいノックの後、部屋の外から声が聞こえた。
「姫様、おはようございます。朝食の用意ができました」
「…………」
この部屋には私しかいない。
おそらく私を呼んでいるのだろうが、「姫様」なんて単語、人生で一度も向けられたことがなかった。
私は二十四歳、事務職で、平日は淡々と与えられた仕事をこなし、最近の休日は誰とも会わずに家でゴロゴロ。そんな日常を送っていたのだから。
「姫様、まだお休みでしょうか」
本当に私のことを言ってるの?
返事した方がいい?
「申し訳ありませんが、朝食の後に魔王様がお呼びですので、失礼いたします」
返事を待たずにドアが開いた。
起きていたら、無視したと思われるかもと思い、咄嗟にベッドに入りなおす。
じっと寝たフリをしていると、カチャカチャと微かな食器の音が聞こえてきた。
食事の支度をしているらしい。
いい匂い。匂いを嗅いだらお腹が減ってきたな。
「おはようございます、姫様」
ベッドの前で、先ほどよりも大きな声で告げられる。
いい加減、起きた方がいいよね?
目をこすりながら、たった今起きましたという風に布団を捲る。
「……おはようございます」
「部屋の外におりますので、お食事を終えられましたら、お声がけください。魔王様がお待ちです」
「……はい」
メイドのような服装をした女性は、私に一礼をしてから部屋から出て行った。
あれ?
ベッドから出ようとしたときに気づいた。
左手に小さな小瓶を握りしめている。
何だろう、これ。
とりあえず、小瓶を枕の傍に置いて食事に向き直った。
目の前に用意されてるし、食べていいよね。
用意されていたのは、パンとスクランブルエッグとベーコン、スープ。それにたくさんの果物。
少し多いけど、残すのも勿体ないから食べ切ろう。
食事を終え、言われた通りにドアの外にいるメイドに声をかけた。
彼女は再び室内に入り、私の髪を整え、衣服を着替えさせてくれた。
これがお姫様の暮らしか。本当に服を着替えさせてもらうんだ。
それにしても、リアルな夢だな。食事も美味しかったし。
メイドさんに角がついているのが妙だけど、そういうファッションが流行りなのかな。
その後、案内された部屋に言われるがまま入ると、メイドは入らずドアを閉めた。
そこは、随分と暗い部屋だった。目を凝らすと、暗闇の奥に階段が見える。
「何をしている」
低く重圧感のある声が前から聞こえた。
誰かいる。そういえば魔王がお待ちとかって言っていたけど。
え……、魔王?
血の気が引くのを感じながら、声がした方へ視線を向けた。
声の主は階段の先にいて、中央に置かれた玉座にどっしりと腰をかけながら、こちらを見下ろしている。
その風貌を目にし、鼓動が早まった。
まず大きい。通常の成人男性の二倍ほどの身長だった。
加えて大きな、異様な形をした角、上半身はほとんど衣服を身にまとっておらず、肌に黒い模様が描かれていた。目は赤い、口元から獣のような牙がのぞいており、爪なのか指先は刃物のように鋭く尖っている。
彼が魔王?
「セリア、何をしているんだ」
一言発しただけだというのに、その威圧感に背筋が震えた。
金縛りにでもあったかのように体が動かない。
セリアって私のこと? そんな名前じゃないけど、でもこの場は話を合わせた方がいいのかも。
「なぜ黙っているんだ」
なぜって、セリアって子の話し方を知らないから、何と行ったらいいか分からないんだけど。
「申し訳ありませ……」
謝るに越したことはないだろうと、謝罪しようとした時、言葉を遮るようにコツコツと、金属同士を合わせたようなノック音が響いた。
「誰だ」
金具を軋ませながら、ゆっくりと扉が開く。
「お話中申し訳ございません、魔王様、姫様」
やっぱり魔王なんだ。
入ってきた者は私より少し高いくらいの身長で、兵士のような服装をしている。一見普通の男性だが、彼も頭に二本の角がついていた。
彼は魔王と私に順に一礼をする。
姫様って、私のことなんだろうな。
お姫様には少し憧れがあったけど、魔王が怖いし、いい加減目を覚ましたい。この夢長いなぁ。
「……ということでして、先日の戦争による被害はこちらも甚大です。姫様には後程被害のあった地区への訪問をお願いしたく……」
ぼうっとしている間に、話が進んでいた。
「姫様」という単語で、会話に注意が向く。
訪問ってどこへ? 「戦争」とか聞こえてきたけど。
疑問がいくつも浮かぶ。怪しまれないために、首を傾けたり不思議そうな顔をしたりはしないように努めた。
「そうか。わかった、向かわせよう」
と、魔王。
私に確認するでもなく、どこかへ訪問することが決まった。
兵士は始めの一礼以降、一度も私の方を向くことなく話を進めていたが、最後にはまた一礼をして出て行った。
閉まるドアを眺めながら、置いていかれたような気持ちになる。
魔王と二人きりにされてしまった。
「……行ったか」
一人呟いて、立ち上がった魔王は、そのままこちらに歩いてくる。