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第一話 ゲルマンとの日々~その始まり

 ゲルマンっていう仇名の結構重度の障害を抱えた車椅子の男子生徒がいた。ゲルマンは小学校、中学校の九年間。義務教育という名の堅苦しい縛りの元で僕らにとって常に脅威の存在だった。


 大抵は重度の障害を抱えた生徒が、養護施設などではなく普通の学校に通えば、多分だけど恰好の「イジメ」のターゲットになり得るだろう。


 最初、ゲルマンが小学校の入学式に一人で車椅子に乗って現れた時、僕らは奇妙な生き物を見つけたかのような好奇の視線を浴びせまくって、コイツがいれば何となく自分達健常者は根拠のない優越感にどっぷりと浸れると大きな勘違いをしてしまった。


 僕は運よく?ゲルマンと同じクラスに入ることが出来た。



「え~、これからみんなに一人ずつ自己紹介をしてもらおうと思う。簡単でいいから大きな声でお願いできますか?」

 担任の教師は体育会系の如何にも熱血漢といった風貌の持ち主だった。


「それから、もうみんな気付いていると思うが、このクラスには身体に障害のある車椅子の男子生徒が一人いるんだ。だけどね。みんなその子の事を決してからかったり馬鹿にしたり、もっと悪いのはイジメたり絶対にしないとここで先生と約束してくれるかい?」

 今思えば、まだ小学一年生になったばかりの僕らにそんな話をするのはどうだったのだろう?ゲルマン。つまり、本名「原田元三(はらだげんぞう)」にとっても……


「勉強頑張ります!」

 殆どの生徒は、異口同音にそんな在り来たりの頑張るアピールを自己紹介に変えていた。勿論、僕だって似たようなもんだった。


「よし、それじゃあ次は……原田君!車椅子のままでいいからね!」

 緊迫した空気が流れる中、ゲルマンは担任の教師や僕らの大方の予想を大きく裏切るようなパフォーマンスを始める事になる。


「え~、まぁ……見ての通りのポンコツ小僧です。さっき言われたようなイジメとか、そんなのはもう全然平気です。それよりさっきから僕の方を見て笑っているお前!そう、お前だよ!ちょっとこっち来いよ!」


「あららら、原田君!落ち着いて!どうしたの?入学早々ケンカは良くないよ!」

 面白い事になってきた。僕は内心ほくそ笑んで事の次第を高みの見物する事に決めた。


「さっきショボい自己紹介してたから名前は覚えた。金田(かねだ)一郎(いちろう)!お前だよ!来ないならこっちから行ってやるよ!」

 教室内が騒めき始めた。名指しを受けた金田一郎は結構がっちりとした体型の見るからに腕っぷしが強そうな奴に見えた。


「お前ケンカ売ってんのか?そんな可哀想なポンコツな身体で?」

 よし!いいぞ!金田の方も乗り気だ!入学式とか関係ない。派手にやっちゃえ!僕はこれから始まるであろう二人のケンカを早く見たくて思わず前のめりの姿勢になっていた。


「障害者をなめんなよ!」

 ゲルマンは、車椅子から立ち上がって足を引きずりながら金田に向かってダイビングヘッド。うん、つまり飛び込み頭突きを咬ました。


「ぐあぇっ!」

 不意打ちを喰らった金田はその一撃で簡単に鼻を折られた。金田の鼻が変な形に曲がって鼻の穴から真っ赤な血が噴き出した。


「まだまだだよ!おらっ!」

 ここは本当に入学式を終えたばかりの小学一年生の教室なのだろうか?僕は予想に反してゲルマンにボッコボコに殴られている金田の顔を見て背筋が凍った。恐らく金田の意識は、この段階でとっくに消滅していた。


「こら!原田!いい加減にしないか!」

 体育会系の男性教師がレフェリーストップに入った時には、金田は顔面血まみれで身体もぐったりとして座っていた椅子から滑り落ちた。



 ゲルマンが、このクラスを牛耳って天下を取るまでに然程時間は掛からなかった。ゲルマンという仇名は本を読むのが好きで言葉遊びが得意な僕が名付けた。やがてゲルマンはイジメられるどころか、その強烈な瞬発力と破壊力で、クラス内外のやんちゃ坊主達を(ことごと)くやっつけてみせた。入学式から一ヶ月が経った頃には、僕らの学年は「ゲルマン帝国」なんて呼ばれるようになっていて、当然だけどその中心人物には「原田元三」=「ゲルマン」が君臨していて、その後の義務教育の九年もの長い期間その王座を譲る事は一度たりとも無かったんだ。


 僕は持ち前の頭の回転の速さと小学生らしからぬコミュニケーション能力のスキルを最大限に発揮して「帝王」であるゲルマンに妙に?気に入られていた。そう言う僕だってゲルマンの事は嫌いじゃ無かった。


 そして、ここから始まるゲルマンとの楽しく刺激的な日々は大人になった今でも忘れたくても忘れられないくらい大切な宝物だった。


 今でも思う……

 もし、今でもゲルマンが生きていてくれたら……

 僕は夏休みにゲルマンと仲間たちで遊びに行った海水浴の写真をいつまでも眺めていた。


 そう、これは愛しきゲルマンへの鎮魂歌なのかもしれない。ノートパソコンのワープロソフトを立ち上げた僕は軽やかにキーボードを叩きながら素晴らしい日々の連続だったあの少年時代へとタイムスリップしたかのように楽しい気分で執筆を始めた。



 一つだけ迷っていたとしたら……

 この小説のタイトルを何にしようか?

 そんな事くらいだった。


 何となくだけどタイトルも決まった。


 今は亡きゲルマンに、この小説を捧げるよ……


 えっ!肝心の僕の名前?


 そうだった。


 僕は……


 ゆっくりと丁寧に書いていくからね。


「追憶のゲルマン」


 これがこの小説のメインタイトルであり、あの頃へ還る為の全ての始まりなんだ。


 僕は再びノートパソコンのキーボードを軽やかに叩き始めた。


 優しい微笑を時折浮かべながら。


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