実家の占いの館で素性を隠して店番をしていたらいつもクラスで僕に意地悪をしてくる女の子がやってきて僕のことを好きだと相談してきた
「よう田村。今日も天パーが暴れに暴れてんな。完全にワカメじゃねーか」
「あ、朝比奈さん……」
今日も朝比奈さんがニヤニヤした笑いを浮かべながら、僕の席まできて天パーをバカにしてきた。
僕だって好きで天パーな訳じゃないのに……。
「それに男のクセにこーんなになで肩で、恥ずかしくないのかよ」
「う、うるさいな! ほっといてよ!」
もう!
なで肩も気にしてるのに!
朝比奈さんの意地悪……。
朝比奈さんはこの春、僕が高校に入学してクラスメイトなった内の一人で、とても美人でスタイルもいいんだけど、何故かいつも僕にだけ病的に口が悪く、毎日僕の天パーとなで肩をバカにしてくるので、ほとほと困っている。
「ただいまー」
「あ、おかえり。ちょっと私今からまた出張してくるんで、店番よろしくー」
「あ、うん」
僕が学校から帰ってくるなり、母さんが商売道具を持ってそそくさと出ていった。
僕の母さんは『シャイニング雅子』という胡散臭い芸名で、『シャイニングハウス』という胡散臭い占いの館を経営している、胡散臭い占い師だ。
でも、不思議と近所では評判が良いらしくて、ちょくちょく今日みたいに出張して客先で占いをすることも多い。
そうなるといつも僕がシャイニングハウスの店番を任されるんだけど、そのたびにバイト代が貰えるので、助かってはいる。
とはいえ、もちろん僕は占いなんかできないから、お客さんが来ても精々悩みを聞いてあげるくらいしかできないんだけど(よって代金も貰わない)。
そんなのに意味があるのかなといつも思うんだけど、母さん曰く、
「占いを当てにしてくる人ってのは、ただ単に悩みを聞いてもらいたいだけって人も多いから、それでも十分に意味はあるのさ」
とのことだった。
つまるところ母さんなりのボランティアみたいなものらしい。
まあ、その点では僕も目下、朝比奈さんのことで誰かに悩みを聞いてほしいと思っている真っ最中だから、気持ちはわからなくもないけどね。
「よいしょっと」
僕は物々しい仮面を付けて、仰々しい水晶玉の前に腰を下ろした。
仮面を付けているのは、雰囲気を出すためっていうのもあるけど、一番の理由は万が一知り合いが来ちゃった時に、僕だとバレないようにするためだ。
実家が占いの館を経営してるなんてバレたら、好奇の目で見られるに違いないからね。
特に朝比奈さんにだけは死んでもバレたくない。
絶ッッッ対バカにしてくるに決まってるもん。
「あ、あのー、ここって、シャイニング雅子さんのお店で合ってますでしょうか?」
「え? あ、ああ、そうですよ。いらっしゃいま――」
僕は来店してきたお客さんを見て絶句した。
噂をすれば何とやら、それは朝比奈さんだった。
「ん? 私の顔に何か付いてますか?」
「い、いえいえいえ! 何でもありませんよ!……どうぞお掛けください」
僕はなるべく声を低くして、朝比奈さんに着席を促した。
「あ、はい。失礼します」
朝比奈さんは僕といる時とは180度真逆の、借りてきた猫みたいにおしとやかにしている。
とても同一人物とは思えない……。
しかしまさか朝比奈さんがうちに来るとは青天の霹靂だ。
悩みなんか1ミリもなさそうなのに……。
とはいえ、あまり長く話してると僕だってバレかねないから、なるべく早く帰ってもらわないと。
「……あのですね、大変申し上げにくいのですが、シャイニング雅子は只今出張中でして、私はただの弟子で、占いは不得手なんです」
「あ、そうなんですか」
「ですから、また日を改めて……」
「で、でも、シャイニングさんがいらっしゃらない時でも、お弟子さんが話だけは聞いてくださるって噂を聞いたんですけど!」
「え? あ、ああ……、まあ、話を聞くくらいなら」
「それでもいいんで、どうかお願いします! 私今、真剣に悩んでるんですッ!!」
「そ、そうですか……」
朝比奈さんのあまりの剣幕に、とても帰れと言える雰囲気ではなくなってしまった。
「……わかりました。私でよければお聞きしましょう。何をそんなに悩んでおられるんですか?」
正直、あの朝比奈さんが何にそんな頭を悩ませているのか、興味がないと言ったら嘘になるしね。
「……はい。実は私、同じクラスに好きな男の子がいまして」
「……ほう」
まさかの恋愛相談!?
えっ!? 待って!
朝比奈さんって好きな人いたんだ!?
全然気が付かなかった……。
まあ、朝比奈さんも花の女子高生なんだから、好きな人くらいいてもおかしくはないか。
でも、いったい誰なんだろう?
「その彼は、髪は天然パーマで、なで肩なんですけど、とってもカワイイ男の子なんです」
「…………え」
ええええええええええ!?!?!?
そ、それって、僕のことおおおおおお!?!?!?
え!?
ちょっと時間ちょうだい!
ちょっと一回深呼吸させて!
まだ事実が受け入れられない!
どういうこと!?
どういうことなのこれは!?
今僕の身に、何が起きているの!?!?
「でも私、その彼の前だと緊張して、いつも悪態ばっかついちゃうんです……」
「……はあ」
つまりいつものあれは、朝比奈さんなりの照れ隠しだったってこと!?
何その好きな子は逆にイジメちゃう小学生男子みたいな思考は!?
もう子供じゃないんだから、そこは大人になろうよ!
「どうしたら彼の前でも、素直になれると思いますか?」
「え……えーと、そうですね……」
ダメだ。
テンパり過ぎて、何も考えられない。
「――で、では、手のひらに人という字を三回書いて飲み込んでから、その彼に話し掛けてみてはどうでしょう?」
何を言ってるんだ僕は!?!?
いくらテンパってるからってアドバイスが雑過ぎる!
今時小学生でもしないぞそんなこと!?
「な、なるほど! 流石シャイニング先生のお弟子さん! その手がありましたね!」
「え」
が、朝比奈さんには思いの外ヒットしたらしい。
この人意外とおバカさんだぞ!?
大丈夫かな!?
逆に心配になってきたよ僕は!?
「早速明日その手でいってみます! ありがとうございましたー!」
「あ、どうも」
朝比奈さんはスキップしながら出ていった。
……どうしてこうなってしまったんだろう。
「よ、よう田村」
「あ。お、おはよう朝比奈さん」
翌日、いつものように朝比奈さんが僕のところにやってきた。
が、昨日あんなことがあっただけに、僕は気恥ずかしくてどんな顔をしていいかわからなかった。
「あ! ちょ、ちょっと待ってくれ!」
「え?」
「人……人……人……、ゴックン」
「……」
朝比奈さんは律義に昨日の僕の作戦を実行してくれている。
いじらしい!
いじらしいよ朝比奈さん!
「これでよし……。な、なあ田村」
「う、うん。何かな?」
「えーと……。その……えーとだな」
「……うん」
「えーと……」
「……」
「……お」
「お?」
「お前の天パーは今日も狂い咲いてんなッ!!」
「えっ!?」
あ、朝比奈さん!?
「岩手県か!? お前の頭はワカメ養殖量一位の岩手県なのかよ!?」
「……朝比奈さん」
「それに何だよこのスキージャンプのジャンプ台並みに急斜面ななで肩は!? オリンピックか!? お前の肩で冬季オリンピックが開催されるのか!?」
「……」
「――あ。ち、違うんだこれは……」
朝比奈さんは我に返ったらしく、顔面蒼白になった。
「違うんだ……。違うんだあああああああ!!!」
「朝比奈さん!?」
朝比奈さんは光の速さで教室から出ていった。
……えぇ。
「もう私はダメですッ!! 絶対今日ので彼に嫌われちゃいましたッ!!」
「い、いや、そんなことはないと思いますよ……」
放課後。
今日も店番を任された僕のところに、朝比奈さんが泣きながらやってきた。
実際僕は朝比奈さんを嫌いになんかなってない。
急にあれだけの罵声を浴びせられたのは確かにビックリしたけど、朝比奈さんの事情を知っているだけに、怒る気にはなれなかった。
「本当は彼の天パーもなで肩も大好きなのにッ!! できれば撫で回したいと思ってるのにッ!!」
「そ、そうなんですか……」
あまりにも恥ずかしいんで、その辺で勘弁してもらえないかな……。
「でもやっぱり彼の前だと、緊張して上手く喋れないんです……」
「ふむ……それは困りましたねえ」
何で僕は、僕に想いを寄せている人の恋愛相談を、自分で受けてるんだろう?
「では、話すこと以外で、彼にアプローチする方法を考えてみるというのはどうでしょう?」
お。
今のは我ながらなかなかいいアイデアじゃない?
「話すこと以外……。例えば、クッキーを作ってプレゼントするとかですか?」
「え? あ、うん、そうですね」
何故クッキー?
「私こう見えて、料理は得意なんです! そっか……。よし! 明日はクッキーを彼にプレゼントしてみます! 今日もアドバイスありがとうございました、お弟子さん!!」
「あ、いえいえ、どういたしまして」
朝比奈さんは鼻歌交じりにダンスを踊りながら出ていった。
……今度は大丈夫かな?
「よ、よお田村」
「おはよう、朝比奈さん」
翌日、ポケットをパンパンに膨らませた朝比奈さんが、僕の席にやってきた。
本当に作ってきてくれたんだ……。
多分あの中にクッキーが入ってるんだろうな。
「と、ところでさ、田村はクッキーは好きか?」
「う、うん。好きだよ」
今更だけど、何なんだろうこの茶番?
「そ、そうか! じゃあさ、こ、これ……」
朝比奈さんはポケットの中に手を突っ込んだ。
「こ、これ、を……」
「……」
が、またしても緊張しているのか、なかなかポケットから手が出てこない。
頑張って!
頑張って朝比奈さん!
「こ、このクッキー、を…………、うるあああああああッ!!!」
「朝比奈さん!?」
朝比奈さんはポケットからクッキーを取り出すと、それを両手でグシャグシャに握り潰してしまった。
えーーーーー!?!?!?
「そんなにクッキーが好きならくれてやるよこれをーーー!!! お前にはこの砕けたクッキーがお似合いじゃーーーい!!!」
「朝比奈さんッ!?」
朝比奈さんは僕に砕けたクッキーを投げつけると、またしても光の速さで教室から出ていってしまった。
……朝比奈さん。
「もう私は死にますッ!! 長めのロープを貸してくださいッ!!」
「いや死なないでくださいよ……」
そもそもここで首吊りなんかされたら、迷惑極まりないよ。
今日も今日とて店番を任された僕は、号泣している朝比奈さんを宥めるのに必死だった。
まったく、泣きたいのはこっちだよ。
でも、意外と朝比奈さんからもらったクッキーは美味しかった。
あの後コッソリ一人で食べたんだけど、砕けてて食べづらかったものの、味はとても僕好みだった。
自分で言っていた通り、料理は得意なんだね朝比奈さんは。
「でも、今度こそ嫌われたに決まってます……」
「い、いや、そんなことはないと思いますよ……?」
「――いえ、もういいんです」
「え?」
「やっぱり私には、彼のことを好きになる資格なんかなかったんです……」
「そ、そんな!?」
何でそんな諦めムードなの!?
僕は……、僕は朝比奈さんのこと……。
――そうだ。
本当は僕はとっくに気付いてたんだ。
僕の、朝比奈さんに対する気持ちを……。
「……わかりました。今日は特別に、私があなたとその彼の相性を無料で占ってさしあげます」
「え? で、でも、お弟子さんは占いは不得意だって、前に……」
「ですから今回だけの特別です。――大丈夫、私を信じてください」
「は、はい」
背筋を伸ばして握った拳を震えさせている朝比奈さんをよそに、僕は目の前の水晶玉にそれっぽく手をかざした。
もちろん僕に恋愛占いなんてできない。
だから僕はこれから卑怯なことをするけど、どうか許してほしい。
「……はい、見えました」
「っ! で、では、その結果は!?」
僕は少し間を置いてから、ゆっくりと口を開いた。
「……おめでとうございます。あなたと彼は両想いですよ」
「っ!! ほ、本当ですか!?」
「本当です。ですからもっと、自分に自信を持ってください」
僕はなるべく頼りがいがある声を装って、そう伝えた。
「あ、ありがとうございます……。ありがとうございますううううううう」
朝比奈さんはまたしても泣き出してしまった。
「うんうん、大丈夫ですよ。私も陰ながら応援していますから、頑張ってくださいね、朝比奈さん」
「……え?」
「ん?」
「何で私の名前をあなたが知ってるんですか……? 私は一度も、あなたの前で名前は言ってませんよね……?」
「…………あ」
し、しまったああああああ!!!
「それにその仮面の横からはみ出してるワカメみたいな天パーと、つるりとしたなで肩……。まさか……」
「い、いや……、これは、その……」
おわり