そこに暖かみを感じながら...
あたりは白かった。
目を閉じているはずなのに目に映るのは瞼の裏の暗い世界ではなくただただ一面が白い景色だった。
「.........」
声が出ない。
手も足も感覚はあるのに横を見ても下を見ても手や足、体が見えない。
指で頬をつねろうとしても手は通り過ぎた。何もできない無力感と自分を見失いそうで焦ってくる。
「~~~~、~~~!!!」
どうしようかと考えていると何か聞こえた気がした。
振り返って見るとそこには何もなく地平線まで広がる白の空間。
だけど不思議と視線を固定して空虚をただ見つめてしまう。何もないとはわかっていても目を離すことのできない何かはあった。
数秒か数分か息をするのも忘れて硬直していると瞬間何かが体を駆けた。
身体の感じたものに驚き慄いているとそれは来た。
視線の先、何もなかった空間にビー玉ほどの黒いシミが生まれた。俺との距離は周りが白すぎて距離感をつかむことができない。
黒のシミは液体特有の流動的動きをして白い空間を汚していく。
体の中の水分がすべて体から出ていく。体感温度が下がっていくのを感じれてしまうほど急激な温度の変化。そこまでの異常を前にしても体は動くことはなかった。
否、動けなかった。
あの黒い何かに命の危険を感じるものを感じたのだ。
濃厚な死を顕現したそれは見るだけで脳は生をあきらめ体に命令を出さなくなる。
呆然としているうちにそれは視界の大半を支配しどんどん大きくなっていく。そのまま飲み込まれ殺されるのだろうかあるいは取り込まれても生きれるのだろうか。
生に見放され今の心境は処刑をただ待つだけの囚人。あと少しで飲み込まれるんだろうな、そんなことを考え生きるをあきらめていた。
なのに、
体は動いてしまった。
やけどしそうなほどの熱が体の中心から広がり痛みに悶えそうになるのを必死で耐える。今から逃げれば生きれるんじゃ? そんなことを考えたせいでより感じてしまう死の化身の恐怖。
体の中は火傷しそうなほど暑いのに肌は今にも凍傷を起こしそうなほど冷たく感じる。
体は震え腰に力が入らなくなり尻もちをつきそうになるのを死ぬ気でこらえる。
無理やり体をそらして後ろを向き力いっぱい足をだす。だが後ろを向いてしまったことでより感じる死。
見えない。それだけで体は何倍にも重く感じる。
ついには、力が入らなくなり前のめりに倒れてしまう。
打ち付けた体に痛みを感じ、体の奥底から感じる吐き気。
口に広がる苦みと不快感。
どうにかして吐き気を沈め少しでも離れようと這いつくばりながらも動く。
今でも思う。
なんで気づいてしまったんだろう。
必死に腕を動かし体を引きずって離れようとしているとき頭上に視線を感じた。
俺以外の何かがいると思い確認もかねて視線をよこして硬直する。
こんな状況で腕を止めてはいけないのに頭は真っ白になり、動きは止まってしまった。
見慣れた服装をして見慣れた顔が優しい笑みをくれる。瞳から親愛が伝わってくるがその裏に軽蔑や見下しを感じる。生まれて一番近くにいた者、両親。
瞳から異質なものを感じるがそこにいたのは見間違えることのない両親。優しい笑みを浮かべいつも見守り、時に助けてくれた親愛なる人達。
白い空間、濃厚な死を肌に感じさせる黒い者。そこに何の影響もなくいて、普段と変わらない両親。
よく考えればおかしいのに、その時は生きることと両親を見つけた安心感で他は何も考えることができなかった。
声は出なかったから意志を載せて手を出し、二人に救いを求めた。
“お願い、たすけて”と。
目には涙がたまっていき視界が歪んで、両親がいびつに歪んでいく。
だがその手を取られることはなかった。
優しかった笑みは、醜い怒りの表情になる。
怒り、失望、不信、恐怖、恨み、妬み、嫉み、嫌悪
責めるように、拒絶するように
何も聞こえない。だからさらに両親が何を言っているのかがわからなくなり怖くなる。
両親の顔が怖くなり顔を下げてしまうが、見てないのに刺すような視線を感じる。
なんで、なぜ、どうして?
そして二人は俺を置き去りにして二人で逃げていった。
両親との思い出や記憶から顔が消えていき二人を思い出せなくなっていく。
「~~~~」
「~~! ~~~~~~」
両親の言葉も何も聞こえなかった耳に小さくで聞き取ることはできなかったが確かに聞こえた。
だけど、心を砕かれ心のなくなって放心している俺にはどうでもよく感じ、
思考はショックで停止し、何もこもってない乾いた涙を流しながら
俺は飲み込まれた。
そこに暖かみを感じながら。
暗い。浮かぶ体を漂わせてその包み込むような暖かさを感じていた。
闇というよりは何かに覆われている感じでわずかに明るく自然と安心できる。
目を少しずつ閉じていき完全に閉じようとしたら、背中から光がさしてきて暗い空間が少しずつ明るくなっていくのが見えた。
それを不思議に思いながら目を閉じ眠りについた。
「メリーもう少しだ、だからがんばるんだ」
「あなた...」
「クリス!、メリーの手を握ってやりな、あと少しで生まれるからメリーを励ましてやりな」
「あぁ...」
クリスはメリーの手を握ると固く握りしめ、メリーも握り返しお互い見つめあっていた。
かすかな産声が、息もつけない緊張の沈黙を破って細く響く。