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副館長との出会い-01

王都のとある裏路地にて、太陽が地平線に吸い込まれ月が我が物顔で夜空を闊歩しているこの時、人も眠り草木も眠る闇の世界で、長身の男がただ一人悠然と歩いていた。

その足取りに迷いは見えず、ただ自分の家の中を歩くかのようにゆっくりと、そしてしっかりとした歩みで、濡れ羽色のトレンチコートに身を包んだ男は歩を進めていた。

数分後、裏路地を抜けたのか少しだけ開けた場所に出る。


男は見る者総てを魅力すると言っても過言ではない端正な顔立ちを、疲れからかほんの少しだけ歪ませ、対峙するもの総てを威嚇するかのように逆立っている黒髪を撫でながら影から一歩出た。

先ほどの足取りとはうって変わって、何かを探るようにゆっくりと前に進む。はずだった。


「ごめんなさい、名も知らない人」


男は目を見開いた。


影から一歩も進んでいない所で背後から声を掛けられた事に対してではなく、"肋骨という檻に護られている心臓からナイフが顔を出している"ということに。

油断はしていなかった、それに対策もとっていた。

それなのに何故、彼女の存在に気がつかなかったのか。

しかしそれを知る術を男は持っていないし考えることもしなかった。


「一つ、教えてくれ」


男は口元から血を流しながら聞いた。


「お前はジルエット・カルチェストで間違いないか?」

「...ええ。ワタシの名はジルエット・カルチェスト。元悪魔祓いの、何故か悪魔に愛された――忌み子よ」


ずるりと男の体からナイフが抜かれる。

反射的に男の体躯が震え、倒れそうになるのを一歩、二歩と足を動かしそれを耐える。

女性は、ジルエットはその姿を背後(うしろ)から少しだけ見つめ、鈴の音色のように美しい声でもう一度言った。


「ごめんなさい、名も知らない人」


これ以上男を苦しませるわけにはいかないと、月明かりに照らされて美しく輝く血塗れのナイフを振り被り。


「ごめんなさい」


死神の鎌が男の命を刈り取るために振り下ろされる。

その時、その一瞬、その刹那。

ジルエットは見てしまった、そして後悔した。

男の口元が月の弧よりも深く、鋭角に歪んでいたことに。





「...まさか貴方がでてくるとはね、館長さん」


額から血を流し、その顔を月明かりに照らされている白髪の女性―ジルエット・カルチェスト―は、苦悶の表情を浮かべながら呟いた。


月光に照らされて僅かに蒼く輝く絹のような髪が夜風に揺られ、宝石の様に紅い双眸が見え隠れするその様は一枚の絵画の様だ。

是が非でも、生涯を賭してでも、手に入れたいと思うほど美しいものだったと、彼は思ってしまった。

しかしまあ、その絵画に傷を付けてしまったのも彼なのだが。


「正直まだ逃げ切れるとは思ってたけど、流石に今回は不用心過ぎたかしらね」

「ああ、そうだな。少しばかり"売る相手"を選ぶべきだったな。もっとも、全"図書館"にお前の事は伝わっているから、こうなるのも時間の問題ではあるが」


ナイフで貫かれた胸を押さえながら彼は答えた。


「...ワタシをどうするつもり?」

「俺の正体を知ってるんだ、答えるまでもないだろう?」

「っ...。そう、そうね。私たち悪魔祓いと、貴方たち"忌み子"は犬猿の仲だもんね。仕方ないかぁ」


男性の胸を貫いたナイフを持つ手に力が入る。


(まだ死にたくない...。)


不意打ちに失敗したのは正直かなり痛かった。

しかもあの時に何をされたのかが全く分からなかった。

そして、そもそも今彼女は万全の状態とは言えなかった。


悪魔を祓う力を持ちながらも悪魔に愛されてしまった彼女。協会を追放され、家族に、仲間に追われ続け一ヶ月以上が経った今、何度か死にそうになったが、その度に禁薬に手を出し追っ手を撒きながらこの国まで来たのだ。


(お金もない、禁薬を作るだけの材料もない、そもそも禁薬がもうない...。あるのは、私達に特効のナイフと薬関係が少々...。それに短期間の禁薬の使いすぎで副作用が出てきてる。これ以上――)


これ以上逃げても、仮に逃げられたとしても捕まるのも時間の問題だと思った彼女は覚悟を決めた。

副作用によって軋む身体を無理矢理動かし、彼にナイフの切っ先と鋭い視線を突き付けた。

無駄だとは知っている、だが、何もせずに自由を奪われるつもりは毛頭ない、せめて死ぬのなら抵抗してから死んでやる。少し潤んだ紅い瞳は、そう語っているように見えた。

しかしそんな彼女を見て彼は少し困った表情になった。


「待て待て、俺は君とコトを構える気は全くない」


両手を挙げて戦闘の意思はない事を伝える。

しかし、ジルエットは信じるものかと言わんばかりの鋭い視線を彼に突きつけていた。


「...まあいい。とりあえず俺の話を聞いてくれ」

「...」


未だに姿勢を変えないジルエットに、これ以上お願いをしても無駄と悟った彼は勝手に話し始めた。


「無言は肯定と受け取るぞ。...さてまずは自己紹介からだな。俺の名前はルキフェスト、皆からはルキと呼ばれている。第四図書館館長であり、君たちの敵である"忌み子"さ。まあ、このへんの情報は流石に流れているか」

「...」

「んで、なんで俺がここにいるかと言うとだな。君のお父さんー教会のトップから君の捕縛、もしくは殺害を依頼されてな。何で家族である娘の殺害を依頼されたのかはよく分からなかったが、なるほど、よく分かった」

「...」

「そうかそうか。また一人生まれてしまったわけ、か。"魔王に見初められた人間"が、忌み嫌われし悪魔の子ー忌み子が、また、生まれてしまったのか...」

「っ...!」


ナイフを握る手に力が入る。

一歩、前に踏み出しそうになる。

しかしジルエットは耐えた。

不意打ちが失敗した時点ですでに勝敗は決定してしまっていたのだ。

背後からルキフェストの心臓を貫き、あともう一振りすれば命を奪うことが出来たのに、彼女は最後の最後で怖気付いてしまったのだ。

人を殺す事に対しての恐怖などとうの昔に捨て置いてきた。

だか、ジルエットは怖気付いてしまったのだ。


ナイフを振り下ろす時に一瞬見えた、ルキフェストの表情に恐怖してしまった。


「問おう、その身体に魔王を孕みし者よ。

"貴様"は仕事を全うしここで使命の元に散るか。無様に逃げ、後ろ指を指され嗤われながら死んでいくか。それとも――」


ナイフを握る手に力が入る。


「俺たちの"家族"になるか、だ」



家族になるか、とこの男ールキフェストはそう言い切った。


「一体何のつもり? 自分で言うのも何だけど、ワタシ結構可愛いからね。でも今は逃げる時に魔法とか剣にもらった傷だらけで綺麗なカラダじゃないよ、止めといたほうがいいよ」


ナイフを握っている手とは反対の手で胸元を少し見せる。

そこから覗く処女雪のように白かったであろう肌は、今は刃物と魔法に蹂躙されたのであろう、細かい傷や火傷の跡が顔を覗かせた。

その姿を見て、軽くため息を吐くルキフェスト。


「...何を勘違いしているか知らんが、君の思ってることではない...」

「そうなの?」

「そうだ。...全くなんでこう、女性相手にこれを言うと皆同じ反応を返すんだ。いや、そういう話をしたいんじゃない。話が脱線した、話を戻そう」


咳払いを一つ。


「一応確認なんだが、"忌み子"がどんな扱いを受けてきたか知ってるか?」

「ええ、どんな扱いを受けてきたかも...どうやって殺すのかも知ってる」

「なら話が早い。俺たちは確かに忌み子だが、しかしその前に人間だ。生きる権利がある、幸せなる権利がある。そうは思わないか?」


真剣な眼差しで見つめられるジルエットはバツが悪そうに視線を逸らす。

この男の言うとおりだ。忌み子は確かに世界そのものから忌み嫌われる存在だが人だ。呪われていようが、人に愛されるべきだ。そして人を愛すべきだ。

この男の考えが理解できる、理解できるのだが...そういうわけにもいかない。


「...私は悪魔祓い、あなたたちに敵対する者。あなた達の幸せはワタシ達にとってはとても不幸なのよ」


忌み子は"魔王"の呪いによって生み出された故に魔王に最も近い存在、世界を一度は滅ぼしかけた存在を野放しにするわけにもいかない。

“そう教えられてきた“彼女は言葉を続ける。


「だから言わせてもらうわ。ワタシ達はあなた達を――」


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