二章 原因
親が子を愛すことは義務であり、愛せないのなら子を作らなければいいと多くの人は思うだろう。だが、この世界はそう甘くはない。子を愛せないから虐待に走る、子を愛するがために虐待をする。それは悪だが、親は完全な加害者なのか。それは否だ。虐待を受けて育ってきた親は、子に同じように虐待をする。虐待の辛さを知っていながら、子を虐待する親を多くの人が罰するだろう。例え、そこに愛があろうとも。
少年の親は、人として未成熟だった。子を愛することができなかったどころか、人を愛することもできなかった。自分の遺伝子で作られた我が子は、大変汚く見えてしまった。だから、虐待をした。人が蟻を理不尽に殺戮するように罪の意識を抱かないように、少年の親は、虐待することに罪の意識を抱かなかった。抱く必要がなかった。親もまた人間として壊れていたのだろう。壊れていることを自覚していないから、自分たちは普通だと、間違ったことはしていないと思っている。親戚も同じようなものだ。自分たちが常に正しく、絶対的な正義だと、真剣に思っていた。その結果、彼らは倫理観を欠いた人間を育ててしまった。人でも獣でもない中途半端なものを作り上げてしまった。愛を知らず、愛を求める悲しき獣になった少年は、今宵も闇夜に紛れて人を殺める。それでしか愛を感じることができないから。少年は愛に飢えるのは、なにもおかしな話ではない。虐待のなかにも愛はなく、生きていく過程で愛を受けたこともない、未知の存在である愛を少年は知りたかった。少年が愛を感じたのは、命乞いをしている自身の親の姿を見た時だった。愛は命であると少年は間違って学習してしまったのだ。殺すと、愛を受ける。多くの人が、自分を恐れる。存在を認識してくれる。それがただただ嬉しかった少年は、一生満たされることのない愛を殺戮で満たそうとする。結末はいつの時代も変わらない。人間社会に馴染めない異端者は、迫害を受け殺される。そんな結末を少年は知る由もないのだろう。
この世は汚いことを少女は産まれてすぐに気づいてしまった。親は自分を神様の依代として崇めた。なにも力も持たない少女を神として崇めた。
少女の親もまた、子を持つにはあまりにも未熟過ぎた。自分すらも愛せないのに、我が子を愛せるわけがなかった。我が子を見た瞬間、両親は狂った。
「これは私達の子供じゃない。神さまの生まれ変わりなのだ」
周囲の人間は、親を怒ったが、彼らの目にはもう光はなかった。その目は少女が両親に我が子として愛されることはもうないことを意味していた。始まりは普通の少女だったはずが、親が願ってしまったが故に、少女は周囲の人間を幸福にするという特異な性質になってしまった。そう見えるようになった。なんの力も持たない少女は、その瞬間に歪められてしまった。少女は自分の意思で生きることも許されない依代になった。
少女は周囲から愛されていた。だが、それは愛とは程遠いものだ。私利私欲で少女を崇め、幸福になろうとする大人たちは、誰一人として少女を人として見ていなかった。少女は人ではない神と同一存在であると、少女には人権がないと誰もが疑うこともなく盲信していた。そんな中、ある噂が流れるようになった。
「少女は人ではないから、何をしても許される」
その噂を信じた信者は、少女に多くの非道なことをした。ある者は少女を犯し、またある者は少女の髪を無理やり切り自分がより幸福になるようにした。
全員が狂っていたというのは簡単だが、ならばその罪は消えるのかと問えば否だ。少女の負った傷はあまりにも深すぎた。世界が滅ぶことを願うぐらい、少女は傷つき、そして狂っていた。
目を閉じると思い出してしまう下卑た顔をした信者の姿。力に物を言わせて自分を押さえつけて、雄になった信者、自分がより幸福なりたいからと、無理やり髪を切った信者。そして、それを誰も罰しなかった。少女は人間ではないのだから、人間の法で罰することはできないというのが大人たちの考えだった。乱暴をした信者は天罰が下るだろうと思っていたのだ。少女の負った傷を誰も気付こうとしない。気づいてしまった少女は依代を続けることができないからだ。
愛を受けるはずの少女は、愛を受けることもできない生き方を強要される。
だから、少年と少女は願う。
「世界なんて滅んでしまえばいい」
少年は存在しない愛を求め、少女は存在したはずの愛を求める。
この世界はどこか狂っている。生きることは狂気を宿すことなのだろう。