擬人課。
とある役所のとある一画。
そこの入り口には急ごしらえの受け付けらしい席が二つあった。
だが一見したところ、専属の担当者はいないようだった。
おどおどと周囲を見回しながら、ひとりの――いや、ひとつの『何か』が、その一画へ歩み寄る。
「すみませぇん」
更に奥のスペースには、事務机が四台づつ向かい合わされた小さな島が、ざっと見ても十ほどある。役所の一部署としてはかなり広い空間になっていた。
席は八割方埋まっており、それぞれが一心不乱に机に――正しくはコンピュータに――向かって何か書いているらしかった。
時折、プリンタが苦しげに唸って震え、紙を数枚吐き出す。
席を立って紙を回収する人は毎回違っていたが、みな一様にプリントアウトされた紙を難しい表情で睨み、唸りながら席に戻る。
先ほどの声が小さ過ぎたのか、誰も振り向かない。
声を掛けた『それ』は、ぐっと手を握り――『それ』に手があれば、だが――もう一度、今度は心持ち声を張り上げた。
「あの、すみません、お忙しいところ申し訳ないんですがっ」
比較的手前の席にいた一人の女性が、ようやく来客に気付いて立ち上がった。
化粧っ気のない顔に眼鏡のその女性は、長い髪を無造作に束ねている。
「はいはい、どちらさん?」
「あのぉ~、こちらで手続きを、って言われたんですけど」
『それ』はトートバッグの中の書類を示しながら、おどおどと説明を始める。
総合受付でここに行くように言われた、と。
女性は、その地味な顔に柔らかい笑顔を浮かべてうなずいた。
「あぁ、これね、今日はまだ他の人が来てなかったからよかったわ。あなた運がいい。少なくとも四十七人だもんね。午後からだと手続きが終わらないかも知れないし……」
てきぱきと書類を数枚準備しながら、女性は『それ』に席を勧めた。
「まずここで書類書いてもらうんだけど。座れる? あなたの本名と、種類と、一緒に手続きしたいお友だちと……あ、代表がいるなら代表と、屋号とかある? あ、ないのね。じゃああとは、なりたいタイプ、これ重要ね。性別とか絵のジャンルとか、コメディかシリアスか、漫画なのかゲームなのか……いや、そりゃぁ全部にチェックつけてもいいけどさ、手広くやったからって当たるもんでもないからね?」
「あ、はぁ……」
突然始まった怒涛の説明に、『それ』は気圧された。
とりあえず勧められるまま席に着き、ペンを持ってみた。
しかし、『それ』に手があるのかどうかと問われると返答に窮するのはお互いにも明白で、本名を書くだけでも四苦八苦している様子を見兼ねた女性は苦笑した。
「うーん、やっぱりそのままじゃぁ、色々手続きやりにくいですよね。今、仮認定しますから――あ、とりあえずわたし、クサカベと申します。正式な認定が下りるまでの仮絵師ってことで、よろしくお願いします」
地味な女性――クサカベはネームプレートを示し、会釈する。
ネームプレートにはパリッと化粧してまるで別人のように仕上がっている彼女の顔写真と、アニメかゲームのキャラクターのような可愛い女の子のイラストが並んでいた。
「はぁ……よろしくお願いします」
『それ』は思わず写真と実物を見比べる。実物の彼女を改めて見ると、確かに地味だが不細工ではないらしい。
なるほど化粧というのは顔をまるで絵のように描きあげることを言うのかも知れない。
「これ、汎用なんであまり特徴ないけど――まぁ、お役所仕事なんで我慢してください」
そう言いながら一枚プリントアウトしたものに、さらさらと加筆する。
ぷわん
間の抜けた、おもちゃのラッパのような音が受け付けで鳴ると、その椅子に座っていた『それ』が驚きの声をあげた。
「わ、わたし、女の子になってる!」
奥の島で作業していた人たちが数人、そのファンファーレで顔を上げた。
それぞれ「おお」という小さな歓声や「おめでとうございます」という声をあげ、こちらに笑顔を向けた。
「んー、ひょっとして、男性形がお望みだった? もしそうならごめんなさいね。今、男性形テンプレートは全部出払ってて。でも仮でも擬人化されたら、手続きとかしやすいと思うんで。ね、『北海道』さん」
「あ、はい。コンセプトは男女どちらでも、ってことらしいんですけど、ちょっとまだ未定の部分もありまして……書類は一応まとめて来たんですけど」
「あー、もっと地理が得意な人を呼んで来ますよ、ちょっと待ってて」
「は、はい」
彼女――北海道――は、ぽかんとした表情でクサカベを見送るが、はたと気を取り直し、改めて書類を書き始めた。
「噂には聞いていたけど、さすが『擬人課』。お役所仕事だとは言うけど、安定感あるなぁ」
書類を書いている北海道の隣に新客がやって来た。つやつやとした米茄子に長茄子、そして白茄子の三種組だった。
「すみませえん。あたしたちの擬人化お願いしたいんですけどぉ」