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士官学校卒業研修・4

「よろしい。人間共にエルフの戦い方を教育してやろう! 帝国よ、栄光あれグローリア・インペリウム!!」

「「「帝国よ、栄光あれグローリア・インペリウム!!」」」



 まさに意気軒高。適度な緊張と経験に裏打ちされた自信に満ちた鬨の声にシャルル・ド・マリードゴール中尉は満足を覚えていた。

 確かに敵の法撃で優秀な小隊法兵であったドニス・マンジャン軍曹を失った事は手痛い事であったが、誰もがその復讐に燃える彼らは自分達の十倍の敵と相対する事への恐れを抱いて居なかった。


 そうと言うのも彼らが丘上という戦術上の要所を抑えている自分達の方が有利だと思っていたし、何より彼らが手にしている後装銃がその自信に拍車をかけた。

 そう、降下龍兵(ドラグイェーガー)にはプルーセン共和国の二線級部隊が使っているような一分間に三発程度しか撃てない前装銃ではなく、分間十二発もの連射を可能とするシヤスポー銃と呼ばれるエリュシオン帝国陸軍正式採用小銃を装備していた。

 それを小隊――と言う名の分隊――八人が装備するのだ。発射速度で言えば敵の四倍速いのだから理論上分隊規模の人員で小隊を相手取れる。


 マリードゴールはシヤスポー銃のボルト後端にある撃鉄を引いてロックを解除し、右に突き出たボルトハンドルを起こしてそれを引く。そうして露出させた薬室に腰のポーチから弾丸と火薬、発火用呪符が一体化された葉巻のようなカートリッジを押し込む。

 そしてボルトと安全装置を元に戻し、撃鉄を押し込んでロックする事で射撃準備が完了する。その間、僅か五秒。



「もっとも、我が国の新兵器と言っても、共和国の新型銃のコピー品だからな……」



 この機構自体はプルーセン共和国軍が五年前に採用した新型後装銃であるツンナール銃が初である。それをコピーしたのがこのシヤスポー銃なのだ。



(ドワーフ共を抱きかかえるのに成功したおかげで共和国の技術力は格段に向上している……。この地上の遍く国家の上に立つ帝国の技術に追いつかんばかりだ)



 それに対する一抹の不安はある。

 だがそれを憂慮する立場に無い事は百も承知だ。



「よし、我らの目的は敵の殲滅ではなく撹乱にある。今も続いている敵の効力射の下、奴らは必ず丘を駆けあがってくるだろう。

 それを撃退し、安全に輸送騎との合流地点(LZ)に向かう。良いな!」



 敵が来るとすれば正面からはありえない。今なお奴らの火炎魔法が降り注いでいるせいで炎の壁が立ちはだかっている。こちらから攻撃する事も出来ないが、敵も攻撃出来ないだろう。つまり敵は三方向のどちらかから来る。

 と、その時だ。左側面の方から奇襲の効果を減じる吶喊の声が響いて来た。

 なんて愚かな、とは思わない。そもそも喊声には恐怖を打ち消し、相手を威圧する効果がある。錬度不足の隊であるならそれだけで壊走するものさえいる咆哮(ウォー・クライ)だ。

 だがここに居るのは再編されたとは言え、エリュシオン帝国の精鋭部隊だ。



「アベル兵長。兵を二人選んで後方警戒に当たれ。それ以外は俺と共に吶喊してくる敵を迎え撃つ!」



 それに一気に敵中隊がこちらに襲ってくると彼は考えて居なかった。先制攻撃により敵の先頭集団は壊乱状態であり、立て直しにはあと二、三時間は要するだろうと思っていたのだ。

 だがそれは中隊規模に限った話であり、より少数の部隊――分隊規模であれば話は違う。

 少人数故に命令伝達がスムーズな十人程度の分隊であれば統率を速やかに回復して作戦行動に移れるからだ。

 だが逆に言えば攻めて来ても敵は少数――もしくは同程度だ。勝てぬ道理は無い。



「横一列に銃列を敷け。匐射姿勢で迎え撃つ!」



 そして精鋭であるマリードゴールの部下達は言われた通り等間隔に横に並び、腹ばいになって敵を迎え撃つ。

 これもプルーセン共和国が採用した戦術を元にエリュシオンが改良した新たな射撃方法と陣形だ。当初、前装銃は立射か膝射が当たり前であり、装填のためにそうした姿勢を維持しなければならなかった。

 だが手元のみの操作で装填が完結するツンナール銃やシヤスポー銃は寝ころびながらの射撃が出来る為、被弾面積を大いに減らす事に成功し、射手が安全に装填と射撃を行える画期的な戦術を生み出した。

 それがマリードゴールが指示した散開した横隊と匐射姿勢の組み合わせであった。



「第一射は統制射撃とする。二射以降は各個に狙い撃て!」



 弾幕を張り、敵が壊乱した所を卓越した射撃技術を誇るエルフ族が各個に敵を狙い撃つ。

 エルフにとっての基本戦術であるそれは簡易ではあるが、非常に効果的な戦術である。



「構え!!」



 だんだん野蛮な喊声が迫って来る。いくら彼らが精鋭と言われても迫りくる殺意に緊張を覚えない訳では無い。

 先ほどまでの程よい緊張が段々ヒューマンエラーを生じるほどまで高まろうとした時、戦場の機微を知り尽くした小隊先任下士官である曹長が極めて明るい声で言った。



「良いか!? 劣等種たる人間が我らを歓迎してくれているんだ。元気の良い挨拶で迎えてやれ!」

「曹長殿! なんと挨拶をすればよろしいのでしょうか?」

「バカ者! そんな事、自分で考えろ。ま、例を出すなら『ごきげんよう。俺のケツを舐めろ』だ」



 粗野な笑いが巻き起こり、一瞬だが緊張を忘れさせてくれる。それをした細やかな事をなすベテランの曹長に巡り合えた事を誰もが感謝をマリードゴールは星神に捧げた。そうした副官とは何よりも得難い物だから。


 そして安堵した彼は敵がどう動くかと一人指揮官としての思考を呼び覚ます。

 恐らく敵はこちらを視認した段階で立ち止まる――なんて優しい事はしてくれないだろう。

 敵から見れば速やかに低所である不利を払拭したいはず。一気に駆け上がってくるに違いない。

 だからその前に先制攻撃をしかけようという腹積もりだ。どんな勇猛な種族でも自分達が猛射を受ければ恐怖からその場に立ち止まるというもの。そこを各個に狙撃していく。


 そう、思考をとりまとめたマリードゴールは一人「大丈夫」と確信を覚えた。

 そもそも敵に与えた奇襲のせいで敵は統率を失っている。そこを涙ぐましい努力で少数の兵をまとめあげた敵の指揮官には賞賛を送ろうと彼は思っていた。もし、その指揮官がこの戦いを生き抜けたのなら良い士官になると賞賛もしたかった。

 もっとも生かして帰すつもりはなかったが。



「……中尉殿。敵は、いつ来るのでありましょうか?」



 だがそんな陶酔に満ちた思考は部下からの言葉に中断を余儀なくされた。

 そう、暴力的な喊声は響いてくるのだが、それが接近してくるようには聞こえなかった。それどころかただ騒いでいるだけのようにも聞こえる。

 何故――?



「突撃は欺瞞だったか?」



 エルフ達の注目を集め、中隊が立て直す時間を稼ぐつもりか? もしそうなら舌を巻くほかない。



「敵は視認できるか?」

「はい、いいえ中尉殿。敵は見えません」



 こちらは寝転がった射撃姿勢のせいで敵がよく見えない。

 だが戦場で迂闊に立ち上がる事で被弾するリスクをおいたくないし、射撃姿勢においてこれほど安定する物はない。精密射撃をするための匐射姿勢が仇になっている。

 その上、彼らが陣取る丘上と言う地形上、弧を描く麓が死角に入っている事も痛かった。



(枯れ草のせいで視界も悪い。敵との距離はまだ百メートルほど離れているはず……。ぐずぐずしてはいられないが、もう少し様子を伺うか?)



 牽制射撃をしてみるか? いや、無闇に発砲して弾丸を消耗するのはよろしくない。頭を上げて敵情を確認するか? いや、我らの位置を露顕させる上に狙ってくれと言っているようなものだ。

 そんな葛藤さえ覚える。そもそもここは戦線を浸透した先――つまり敵地のど真ん中だ。そんな中で無駄弾を使っていざ、帰りの輸送騎から「安全が確保されていないから着陸できない」と言われたら部隊は玉砕するしかなくなる。それに無闇な発砲は現在地の暴露にもつながり、そこを法撃されては一溜まりもない。



(攻撃を取りやめるべきか?)



 突撃してこない敵を待っていても仕方ない。時間をかければせっかく削った敵輸送部隊の統制が回復してしまう。それこそ敵の思うつぼだ。 故にマリードゴールは決断を迫られていた。

 この場に止まるか、それとも敵を無視して後退するか。

 部下の命を預かる者として彼は心に浮かんだ天秤をどう傾けるか、選択を迫られた。


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