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士官学校卒業研修・3

「わたしは、戦う」

「く、フハハ。良い答えだ。褒めて遣わすぞ、勇者!」



 第三の選択肢を選んだクロダはズビビとクロダは恥じる事無く鼻水をすすりあげる。すでに胃の中の物を見られているのだ。そこまで頓着していられない。



「見えるか? あの丘の稜線に敵は隠れている」

 馬車の影から丘を伺えば稜線の彼方から白煙と共に銃声が響いてきていた。



「あそこに魔法を撃ちこめ。観測手は我がやる」

「分かった」



 彼女は手にしていた銃の撃鉄を完全に引き起こし、火皿に火炎の魔法陣が描かれた呪符を突きこむ。

 そこまでは曹長達が使っている通常の銃と撃ち方はそう変わらない。だがクロダは精神を落ち着かせるように深呼吸を繰り返し、周囲の魔素(マナ)を己の体に集めて行く。それに感応するように体内の魔術回路が鳴動し、ほのかな熱のような物がこみ上げてくるのを感じた。



「準備よし」

「よし、こっちも良いぞ。評定射始め!!」



 ワラキアは馬車の下に潜り込み、そこから丘を伺う。それにさらに深呼吸をしたクロダが軽く息を吐く。



「【永久に燃え続ける柴よ、天の声と共に啓示を伝える赤色の光よ、行く手を指し示す声よ、我に力を貸し与え給え】」



 魔導式小銃(マジックロック・ガン)が薄らと輝きだす。

ミスリルと言う魔法抵抗の少ない金属より鋳造された一級品の銃身。同じく植物においてもっとも魔法抵抗の少ないイチイの木より削り出された銃床。

 技術の粋を凝らして作られた現代の魔法杖は彼女が紡ぐ魔力を余さず薬室内に収められた銀の弾丸に魔法が付与させていく。

 そして彼女はサッと馬車の影から身を出し、鋭く【炎よ(イグニス)】と 唱え、トリガーを引く。

 轟音、白煙、そして熱く輝く筋が飛翔し、丘に突き刺さるや爆風と爆音が生まれて火柱が上がる。



「弾着、今。初弾近弾、左右よし。上げちょい。第二射、続けて撃て」

「ま、待って!」



 魔王の報告に勇者の子孫は慌てて腰のポーチから火薬と一般的な魔法触媒であるミスリルの封入されたカートリッジを取り出し、それを覆っていた油紙を噛みきり、銃身内にそれを注ぐ。そして残った油紙と、その頭に詰められていた弾丸を銃口に押し込む。

 そして銃身下に取り付けられた込め矢(カルカ)を抜き、それを使って弾丸を薬室まで一気に突きこむ。

 前装銃の弱点はこの装填時間の長さにある。後装銃であればわざわざ弾丸を銃口から押し込む手間が無い分、早く再装填出来る。

 故に彼女はますますこの前装銃ではなく最前線の兵に優先的に配布されている後装銃が手元に来ないかと天を恨んでしまう。だがその暇も魔王は与えずに「まだか?」と苛立たしげに問うてきた。



「出来た!」



 とは言え、彼女は体に染みついた所作を完璧に終え、撃鉄を起こして再び呪符を火皿に突きこむ。



「第二射用意よし」

「第二射、撃て」



 勇者が魔王の命令に従うのかとクロダは思うと呪文を唱えながら先祖にこっそりと謝る。

 そして先ほどより上を狙ってトリガーを引くのと馬車の木板に敵の弾丸が突き刺さるのが同時だった。

 木片が頬に突き刺さる痛みに耐えながら重い銃共々身を引くと先ほどまで自分が居た辺りに空気を切り裂くような音が響いた。



「は、はぁはぁ……」



 もう少しあそこに居たら自分は死んでいた……。その恐怖が肺の動きを疎かにしてしまい、意識的に息を飲まないと呼吸が出来なかった。



「――弾着よし! なんだ、やれば出来るではないか」



 魔王の顔を盗み見ると口元が満足そうに歪んでいた。それに心を縛っていた恐怖が緩むのをクロダは感じ、それが達成感を生み出した。



「では同一諸元にて効力射を実施せよ」

「了解!」



 すでに恐怖は遠くに過ぎ去り、胃の中の不快感も、仲間を失う喪失感もない。

 それは何も描かれていない真っ白いキャンバスに似ていた。何もない。何もかもない故に恐れも無い。



「【永久に燃え続ける柴よ、天の声と共に啓示を伝える赤色の光よ、行く手を指し示す声よ、我に力を貸し与え給え――炎よ(イグニス)】!!」



 轟音と白煙を振り払うように飛翔し、それが丘に突き刺さるや火柱ではなく炎の壁がそそり立つ。それらは先ほどまでの評定射による延焼と共に丘を焼き、濛々たる黒煙を生み出していった。



「よし、そのまま効力射を続けろ」

「ブラドは?」

「攻撃を指揮してくる。おい、敵の火点はつぶした! 動ける者は丘まで走れ!」



 そして馬車の下から這い出ると彼は一目散に丘目指して駆けて行く。

 なんて無茶な。そうクロダは思いながら再装填を済まし、先ほど狙った場所をもう一度攻撃する。

 そして火炎が幕を引くように丘を焼いていく。

 それを見計らうように兵達が丘のふもとにいるワラキアの元に集まって来た。



「何人だ? 五人か?」



 ワラキアが見渡せば集まった手勢は見るからに貧弱だった。

 誰もが従うべき指揮官を失い、すがる様にワラキアの元に集まって来たのだからまさに敗兵と言って差し支えない連中だ。



「ここは丘の麓だ。敵は丘の上で、ここは上から見れば死角にあたる。そう怯えるな」



 弧を描く丘の下にいるおかげで敵の攻撃は一向に飛んでこない。もっとも先ほどから定期的に丘上に魔法攻撃を浴びせているせいで敵も頭を上げられないという事もある。

 魔王はその好機を逃す気は無かった。



「これより丘の側面に回り込み、敵を強襲する。なに、諸君は我の命に従えば良いだけだ。あとは我がなんとかしよう。『神は我らと共に』!」

「「「か、神は我らと共に!!」」」



 薄らと口元を釣り上げた様な笑みに兵達は知らずと恐怖のような物を覚えた。

 そしてワラキアを先頭に身を低くしながら丘の側面を駆けあがって行った。


 ◇

エリュシオン帝国第一三降下龍兵(ドラグイェーガー)連隊第八中隊第三小隊



「くそ、損害は?」

「ドニスが魔法にやられました。直撃です。それとラミーヌが火傷を負っています。早急に後送する必要があります」



 エリュシオン帝国第一三降下龍兵(ドラグイェーガー)連隊第八中隊第三小隊の小隊長であるシャルル・ド・マリードゴール中尉は思わず舌打ちを零しながらエルフ特有の天を突くような耳をひっかく。彼がイライラしている時の癖だ。

 草色のロング外套姿の彼は眼下の敵情を見ようと頭を上げた途端、丘めがけて迫りくる火炎の玉と目が合った。



「伏せろ! 火炎魔法が来るぞ!」



 ジリジリと姿勢を低くしたまま稜線から身を引くと頭上を熱波が通り過ぎて行った。

 彼は自分が敵を過小評価していた事を悔やんだ。


 そもそも兵力差が違う。相手はおよそ一個中隊――百五十人ほど。対してマリードゴールの部隊は小隊と言ってもその兵員は十名と分隊規模でしかない。

 これは輸送用コンテナを吊った翼竜によって敵戦線後方へ降下作戦を行い、破壊工作や補給部隊襲撃に従事する降下龍兵(ドラグイェーガー)の性格上、どうしても少数精鋭になってしまうのだ。

 そのため降下龍兵(ドラグイェーガー)は他の銃兵部隊から選抜された俊秀な軍人をさらに選りすぐって作られた特殊部隊であり、一般の部隊より格段に高い戦闘能力を有していた。


 それに対して彼らが攻撃を加えていた輸送隊はお粗末としか言いようの無い体たらくであった。もっとも前線から離れた後方地域の輸送部隊に一線級の部隊が使われているとは考えづらく、第三小隊には優秀な法兵が居る事から相手が一個中隊でも引けを取らないと彼は結論し、攻撃の命令を下したのだ。



(確かに当初は敵の反撃を許さない一方的な展開に持ち込めたが、あの法撃が盤面をかえてしまった。なんだあれは。前線で行われる法撃支援並の火力じゃないか。どうして二線級部隊にあんな法兵が居る?)



 エルフ特有の整った顔を歪めたマリードゴールの顔には思いがけない反撃への苦虫と共に頼みの綱であった法兵であるドニス・マンジャン軍曹の戦死により小隊の火力が激減した事への怒りが混ざっていた。



「どうしますか、小隊長殿」

「曹長。君はエルフが仲間を奪われた場合、どうしろと言われて育って来た?」

「もちろん仇を取れと。しかし相手は中隊です。立て直しも早い。無理は禁物では?」



 まっとうな軍人であるなら十倍以上の敵と相対する事を避けようとする。その意見をマリードゴールは待っていた。そして長い付き合いである小隊先任曹長は彼の心をいとも簡単に読んだのだ。



「その通りだな。だが、仇を討つにしろ、ここを脱出するにしろ敵に痛打を与えねばならん。そうだろう?」



 マリードゴールは兵の代表である曹長に攻撃か、撤退かの道を与えさせた。だが結局選べる道など攻撃以外に存在しない。そうした巧みな誘導の元、歴戦のエルフ士官は兵達を鼓舞する。



「我らのモットーは?」

「「「最高を越えるッ!!」」」

「よろしい。人間共にエルフの戦い方を教育してやろう! 帝国よ、栄光あれグローリア・インペリウム!!」

「「「帝国よ、栄光あれグローリア・インペリウム!!」」」


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