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士官学校卒業研修・2

「行くぞ! 奴らに我らの実力を見せてやれ! 『神は我らと共に』!」

「「「神は我らと共に!!」」」

「攻撃目標、左前方の丘上の敵! 突撃にぃ! 進め!! 行け(ロス)行け(ロス)行け(ロス)



 デバンの号令と共に兵達が一斉に先頭集団に迫る。柔らかい下草を踏みつぶし、ついに馬車まで前進すればそこに広がる惨状がまざまざと見て取れた。

 赤い生命の源を垂れ流す上級軍曹。腹から溢れた臓腑を抱きしめる上等兵。首から上が無い士官候補生――。そこに広がる赤い世界に聞こえるのは銃声と悲鳴、そして嘆きばかりであった。



「……ひぃ!?」



 周囲に飛び交う銃弾の唸り声がクロダの耳元を掠めて行った。

 次の瞬間にでも自分が赤い世界の仲間入りを果たしてしまうのではという恐怖が胃を掴み、彼女の思考を怯懦一色に染めてしまう。その上、激しく走るせいで縮みあがた胃は上下左右に揺れ、今にも限界を迎えそうだ。

 だがその瞬間、鋭く空気を切り裂く音が耳元を通過する。と、その途端、背後で盛大な爆発が起こり、彼女は爆圧によって二メートルほど吹き飛ばされてしまった。

 視界がグルリと一転し、強烈な痛みが首筋から背中を襲い、ひどい耳鳴りが起こる。

 それと共に視界を覆うように爆炎と残留魔素が吹きつけて来た。



「火炎、魔法……」



 激痛によりクロダは意識を手放そうとするが、「候補生殿! しっかり!!」と誰かに腕をとられ、無理やりに先頭集団が押していた馬車の影に引き込まれる。

 そして彼女は気づくと頭から水筒の中身をかけられたところだった。



「候補生殿! お気を確かに!」

「あ、ありがとう、曹長さん……」



 そこでやっと彼女は今まで被っていた革のヘルメットを脱がされている事に気づき、それから自分の鈍感さに辟易した。

 だが悠長に自己嫌悪に陥る暇もなく次の魔法攻撃が馬車を越えて炸裂した。吹き寄せる爆風から身を守る様に反射的に頭を覆う。



「く――ッ!」

「候補生殿! 指揮を! 指揮を――。くそ!」



 曹長は役に立たない上官に舌打ちして馬車の影から身を出し、手にしていたライフルのトリガーを引く。すると銃側面についた撃鉄が勢いよく落ち、火皿に詰められていた火を封入された呪符が叩かれた。

すると撃鉄に刻まれた魔法陣が打突による衝撃で呪符が起動して火花を生む。それは薬室に収められた火薬に延焼し、一気に火薬が燃焼させる。そこから生み出されたガスが弾丸に暴力的な力を与えられ――。

 耳を貫く轟音と火花、そして白煙が銃口からほとばしり、弾丸が飛翔していく。

 だがその着弾を見届ける前に曹長は敵の放った弾丸の洗礼を浴び、深々と肩が抉り取られて血肉が周囲に飛び散らせた。



「ぎゃあああ! 痛い! 痛いいいいいッ!!」



 銃声と爆音に悲鳴が混じり、それを押すように血の臭いが鼻孔をくすぐる。

 そんな鉄と血の世界にクロダの精神は悲鳴をあげ、先ほどからグルグルとしていた胃が限界を迎えた。

 と、その時、草を統べるように馬車裏に一人の青年達が飛び込んできた。一人は戦闘に高揚感と恐怖感を混交させたデバンであり、もう一人は中世然の剣を握ったワラキアであった。



「何をしている? 誰が止まれと言った!?」

「で、でも――! そんなこと言われても――」

「小隊長の命令が聞けないのか!? このクズ! お前は親子そろって勇者失格だ!」

「そ、そんな事言われても!?」

「良いか! 小隊長命令だ。あの丘に近接法撃支援を行え。それを合図に丘を制圧する」

「む、無理だよ。出来ないよ。顔を出しただけでも撃たれちゃうんだよ。それで曹長さんも――」



 デバンは恐怖で固くなるクロダに「この敗北主義者め」と吐き捨て、周囲に留まっている他の兵達へも怒鳴り声を上げる。



「お前ら! 何をしている!! 突撃しろ!! 防御陣地を突破するには一点への突撃がもっとも効果的である事は先の外洋戦争のリュウジュン要塞攻略戦で証明されているんだ。進め――」



 デバンは教科書に載っていた過去の戦歴に則って攻撃を命令した直後、敵の狙撃兵から放たれた鉛玉がその喉を貫いた。

 血が喉に溢れ咳き込むデバンだが、永く吐き出す様な呼気と共に魂がその身を離れて行った。



「――ッ!!」

「だから無謀と言ったのだ、愚か者め」



 悲鳴が喉元までせり上がったクロダだが、相手が気に喰わない秀才でも近しい者の死に悲鳴も上げられないショックを覚えた。対してワラキアは嘆息ともつかない呟きを漏らすだけと非常にドライな反応であった。



「ど、どうするの?」

「そうだな。ふむ、状況が状況だ。このまま退いては敵の猛追を受けて損害が増えるだろう。ならば同じ損害なら敵を殲滅するための損害を出した方が良いな」

「……つまり――?」



 ここまで言って分からぬのかとワラキアは嘆息し、本当に勇者の末裔なのかと疑いを覚えた。



「攻撃を続行する。クロダは攻撃を支援するために魔法で丘の上を吹き飛ばせ。命中はしなくていい。目的は牽制だ。それを合図に残存部隊で丘のふもとまで駆けるぞ。おい、生存者はここに集まれ! 突撃を敢行するぞ」



 その時、また至近で爆発が起こり、火柱が高々に立ち昇る。

 それを前に涙と鼻水でグズグズになるクロダにワラキアは「早くしろ。死ぬぞ」と叫ぶ。

 そう、これまでの攻撃は段々とこの馬車に迫ってきていた。敵は魔法の着弾を確認しながら着々と馬車を狙っている。

 その一撃が放たれれば馬車ごと兵達は吹き飛ばされるのだ。



「どうした? それでも我を封印した勇者の血族か?」



 確かに散々クロダは『お前は勇者の血を引いている』と言われて育って来た。だが勇者と呼ばれた祖先をもって三百年。貴族籍もいつぞやの代で途切れ、残ったのは『クロダ』の名だけ。

 士官学校に進んだのも周囲から推薦されたと言うだけで勇者だから国防のために――なんて高貴な思いなんてこれっぽちもない。もっとも成績表はその消極的な意志を現す様に下の下に位置していたが。

 もちろんそんな消極的な彼女であったが、いずれ戦地に立つ事を忘れずに覚悟してきたはずであった。

 だがその決意は敵の銃火によって完全に打ち砕かれていた。



「クロダは名前だけか! こうなれば道は三つだ。このまま何もせずに死ぬか、我の封印を完全に解いて我が戦うか、お前が戦うか、だ!」



 魔王の封印の鍵を握るのは勇者の血だ。故に貴族の籍から身を引いてもクロダの血筋は残った。

 特に直系の子孫が持つ封印の鍵を解き放つ事によって魔王は完全に復活する。そう、完全に――。



「今の不完全な復活のままだとあの頃のように戦えん。魔術回路もお前達の先祖のせいでボロボロのままだ。このままじゃ何もできずに死ぬだけだぞ! さぁ選べ!!」



 三つの選択肢のうち、一番目は論外だ。死にたくない。

 二つ目は、理想だ。

 いくら戦のイロハを習ってきたとはいえ、怯えるしかない自分に何が出来ると言うのだ。

 むしろ世界を震撼させた魔王の力を惜しげも無く解き放てばこの狂気に満ちた今を終わらすことが出来るだろう。いや、出来るのだ。出来てしまうのだ。

 世界に破壊の爪痕を残し、恐怖を振り撒いた魔王であれば造作もなく敵を屠ってしまう力がある。


 その上、ワラキアと半年の付き合いから彼がお伽噺に出てくるような暴虐な男では無い事を知っていた。いや、彼に「助けて」と言えばそれを実行してくれる底なしの優しさを秘めている事も彼女は見抜いていた。

 魔王の復活を躊躇う事は無い。そうクロダの心が囁いて来る。


 だがそれではダメだ。魔王の封印を解くと言う答えではいけないとも彼女の心が声を大にする。

それでは自分が戦いから逃亡しているも同義ではないか。お前は勇者である以前に一人の共和国陸軍軍人ではないのか?

 その軍服に袖を通したその日から国家のために戦う義務を負ったのではないか? その義務を放り投げ安易に魔王を復活させて良いのか?

 否――!!



「わたしは、戦う」

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