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セプリス蜂起・5

「よろしい。では蹂躙の時だ」



 その言葉に周囲の兵から戸惑いの色が浮かぶ。だがワラキアはそれを無視し、非常に愉し気な、薄らと頬を上げた嫌な笑みを浮かべ――。



「上級軍曹。何をしている。幕は落ちた。演目は始まっているのだ。命令を出せ(セリフをいえ)

「は、はい! 小隊長」



 そして弾かれるようにハフナーは塹壕内を駆け出す。



「ゴブリン共。バカ正直に一対一で戦うな。二人か三人で一人を相手にしろ。銃は捨てても構わない、代わりにスコップをつか、えッ!」



 彼女はゴブリンを押し倒していたオーガ族の後頭部にスコップを叩きつける。それにならうようにゴブリン達は襲われている戦友を助けようと統制された動きを見せ始めた。

 それを支えるようにハフナーは短くも適切な指示をとばしていく。



「さすが古兵なだけはある」

「準備良いよブラド!!」



 広いもののツンナール銃から魔導式小銃(マジックロック・ガン)に持ち替えたクロダはやっとの事で装填を終える。



「ねぇ、わたしが直接敵の火点を潰した方が早くない?」

「フン。己の限界も知らんのか? あれだけ盛大にやっておいて魔術回路が痛まないとは羨ましい」

「う、それは――」



 銃身が加熱して暴発するほどの法撃をしてきたクロダははっきり言えば消耗しすぎていた。

 魔術回路はある程度の使用で崩壊し、それを補うように強い魔術回路が作られるものだが、負荷をかけ過ぎた場合、それは損傷し、復活はしない。それは特性【勇者】を持つクロダとて例外ではない。



「大魔術はいらん。ただ眼くらましで良い」

「分かった。じゃ、行くよ」



 周囲の魔素(マナ)がクロダを中心に集まってくる。それを魔術回路で魔力に変換していく。

 それを合図にワラキアは剣を片手に塹壕を飛び出し、脇目もふらずに機関銃陣地を目指す。

 最初こそ呆けていたパルチザン達だったが、銃を手にした者達が迎撃の火線を貼る。だが慌てた防御火線は全て魔王の背後を流れていき、命中弾が得られない。

 そして慌てて機関銃が魔王を指向した時――。



「【光あれ(イェヒ・オール)】」



 撃鉄が発火の呪符を叩き、火種が生まれる。それは瞬く間に薬室に押し込まれた火薬を燃焼させ、莫大な発射ガスを生み出した。

 轟音、白煙、そして火花が散る。

 そこを突き抜けた銀の弾丸は眩い光と共にワラキアの脇を通り過ぎ、等身大の炎の壁を作り出した。



「な!?」



 それにアイラトカは眼を細め、反射的に眼を庇う。だが炎の壁は魔力と酸素の燃焼が終わり、三秒も経たぬうちに消失した。だがその三秒は十分すぎる時間を魔王に与えた。



「――!?」



 そこに彼が狙っていた魔王の姿も消えていた。まるで霧にでもなったかのように。



「どこを見ている?」

「ひぃ――ッ!?」



 背後から囁かれる言葉にアイラトカは反射的に裏拳を下すが、それは空を切るだけで終わる。

 だがそんな牽制まがいの攻撃をしつつ彼は拳を構えながら銃機関銃から飛び退く。



「さすがコボルトだな。良い身のこなしだ」

「テメェ!? いつの間に!?」

「先ほどな」



 挑発的ともとれる言葉にアイラトカの全身の血液が沸騰するほどの怒りを覚える。

 だが彼は落ち着けと自分に言い聞かせる。村長宅で奴は霧のように体を消して拘束から抜け出した事を思い出したのだ。あれで距離を詰めたのだろうと検討づけた彼は大きく一呼吸してから握り拳を胸の前で構える。



(相手は刃物――それも時代遅れの剣か)



 素手で戦うには不利。どう攻める?



「む。無手相手に剣を振るっては貴族の名折れだな」



 魔王はザクリと地面に剣を突き刺し、アイラトカと同じように拳を構える。



「く、フハハ。無手と言うのも乙なものだ」

「テメェ舐めやがって!! ぶっ殺してやるッ!!」



 警戒を強めたままアイラトカは猛然とワラキアに駆け寄り、体重の乗った一撃を彼の整った顔に叩きつける。もっともそれはフェイントであり、反射的に顔を庇おうとしたところに腹部を殴打しようとしていた。

 だがワラキアは突き出された手を取り、有無を言わさずに引き寄せる。その行動にアイラトカは反射行動として全ての行動をキャンセルして引き寄せられまいと身を重くした。その身を重くした隙を魔王が見逃すはずなく、空いた手がアイラトカの頬に吸い込まれるように殴りつける。



「がぁ!?」



 鈍い悲鳴と共にワラキアは掴んでいた手を離し、さらにもう一撃をアイラトカの鼻めがけて打ち込む。



「少し黙ったらなどうだ?」



 骨――それも急所の一つである鼻面に響く攻撃を受けたアイラトカは意志とは関係なく言葉が出てこなかった。いや、出せなかった。

 呼吸が止まりそうな激痛が意志の力をねじ伏せ、言葉を奪う。彼は息苦しさにパニックになりながら肩を大きく動かして意識的に肺に酸素を取り込もうと必死になるが、それを魔王はあざ笑うかのように口元を大きくつりあげた。



「フン。パルチザンと言うのも大したこと無いではないか」



 苦しさからついにアイラトカかは地に膝をつけ、恨めしそうにワラキアを見上げる。

 まだ彼に抵抗の意志がある事を悟ったワラキアは面白いとさらに口下をゆがめ、赤い瞳を輝かせた。



「ほう。魔王相手にそこまで戦意を抱けるとは驚嘆にあたいする。この時代においてもまだそのような者が存在したのか! よい、実によい!! く、フハハ!!」



 冷めた言葉から一転、興奮冷めぬ賞賛の言葉を贈られたアイラトカだったが、本人からすれば圧倒的な力を見せつけられたにすぎず、にわかに絶望が心を覆いだす。そしてさらなる追撃とばかりに()の方角から砲声が響いた。

 大砲は教会攻撃のために使っているはず。それなに何故駅の方角から砲声が響くか。

 その疑問は村の南――林の陰から姿を現した鋼鉄の城を思わせるそれによって氷解した。



「装甲列車だと!?」



 セプリス駅のさらに南――線路上に城を思わせる鉄の固まりがゆったりと停車した。

 黒煙を吐き出す動力車には戦時改修として鉄板の増加装甲が取り付けられ、その車両の先に連結された機関銃と五十七ミリカノン砲を納める戦闘車両が威嚇と言うようにカノン砲を再び発砲する。

 そして動力車に牽引された十五両もの兵員輸送車から次々と歩兵達が吐き出され始めた。彼らは本来ノイエベルクからさらに北方――セプテントリオ戦線に送られるはずの銃兵第二三三連隊であったが、セプリス駅から第二中隊長ミヒャエル・ボイス大尉が送った緊急電によって急遽第六六六執行猶予大隊の援軍として派遣されて来たのだ。



「フン。援軍か。これでお前たちは終わりだな」

「……終わり、じゃない!」



 勝算など最初からは存在しない。ただ終わるべくして終わる時がやってきただけの事。

 そんな状況が返って憎しみと怒りに油となって降り注ぎ、復讐の炎をたぎらせるアイラトカが立ち上がる。

 それに思わず魔王は赤い瞳を見開いた。

 あの装甲列車が移送する兵力はおよそ一個連隊――二千人規模はある。それを見ながら闘志と言う物が失わず、さらに強大な力を持つ魔王相手にアイラトカが立った事に彼は畏敬とも思える念を抱いていた。



「諦めを踏破し、矜持を信じ、武を諦めぬその戦意。この世界の者達が時代の彼方に追いやったそれだ。懐かしいな。非常に懐かしいな……!」

「うるせー! そんな事知るか!! 諦め? 矜持? 時代? 俺達にそんな物は無い!!

 縋る国さえ無い。だが俺達の戦いは狼煙だ。魔王領に暮らす同志達はこの狼煙を見て必ず立ち上がる。

 その礎となるなら本望だ! それにもう俺には失う物がこの命しか無いんだ。さぁ俺を殺すまで戦は終わらねぇ。かかって来い! 相手になってやる!!」

「農夫風情でも騎士と変わらぬ闘志を抱けるとはな。懐かしい戦だが、それでも戦争は変わった。そうは思わぬか? エキドナ」



 アイラトカが視線をさまよわせる。そして彼は一軒の影から姿を表した村長を見つけた。

 悲しみに染まった紅玉。手にしたシヤスポー銃。これが俺の死か、とアイラトカは悟った。



「……裏切り者め」

「………………」



 それでもアイラトカの瞳に諦めは存在しなかった。ただ燃えたぎる復讐だけが彼を突き動かしていた。



「アイラトカ……。どうしてこうなっちまったんだい……? あんた見なよ。この村をさ。守りたかった村がこの様だよ。これじゃなんのためにウオニーの奴らに協力を求めたのか――」

「口を閉じてくれ! あんたの口から聞きたくない!! 戦災から逃れてきた俺達を優しく迎え入れてくれたあんたが、村のために一生懸命やってきたあんたがどうして共和国野郎と共に居るんだ!?

 着の身着のままで逃げてきて、誰も手を差し伸べてくれなかった俺達を救ってくれたあんたが、なぜ!?」

「……アイラトカ」



 二人は村のためを思い、行動してきた。それなのに結果はまるで違う。それが例え逆恨みでも彼はそれが許せなかった。



「死ね! 裏切り者!!」



 アイラトカはベルトに指していた柄付き手榴弾を抜き取る。本来、誤爆を防ぐために取り付けられた保護キャップは外されており、そこから発火用の紐が垂れていた。



「うおおおッ! 社会(ソキエタス)主義万歳!!」



 遮蔽物など存在しな場所で手榴弾が起爆すればどうなるかくらいアイラトカは理解していた。それもエキドナとの距離は十メートルもない。



「アイラトカあああッ!」



 エキドナの手にしたシヤスポー銃が火を噴き、血の花が咲き乱れる。だがその一撃はアイラトカの腹部を貫通していたが、それでも彼の心臓は動いていた。

 手榴弾の紐が引かれ、発火用呪符が起動する。爆発まで四秒。


 一秒、アイラトカが手榴弾をエキドナめがけて放り投げる。

 二秒、魔王が走り出し、手榴弾を手に取るやそれを宙に放り投げる。

 三秒――。



「【風よ(ウェンテュス)】」



 不完全な復活をしてきてから吸い集めた魔力を蓄えていた魔王はそれを一気に解放し、その全てを風魔法に注ぎ込んで手榴の下から急激な上昇気流を発生させる。


 四秒、呪符が発火し、内蔵された火薬が爆轟する。だがそれは風の魔法によって衝撃波が全て上向きに流されていった。

 もっとも塹壕内の掃討を終えた第二小隊にとっては小隊長が向かっていった方向で爆発が起こったと言うのだから穏やかではない。



「ブラド!?」

「少尉殿、機関銃は潰れたようですし、陣地内の敵も一掃できました。小隊長の援護をされては?」

「分かりました。これより我らは陣地を出て敵陣を強襲、小隊長を援護します! 『神は我らと共に』!!」

「「「神は我らと共に!!」」」

「目標、敵機銃陣地! 突撃にぃ! 進め!!」



 兵達が言葉にならぬ喊声を上げながら一斉に塹壕を飛び出す。

 鈍く光る銃剣、血を吸った軍服、ギョロギョロとしたゴブリンの瞳。その数こそ十人ほどに減じた第二小隊だが、彼らは走り出す。

 誰もが血を求める餓鬼然とした姿をしており、装甲列車の到着とあいなってパルチザンから戦闘意欲を奪うにはちょうど良い光景であった。

 そして彼らは一切の抵抗を受ける事無く小隊長の下に馳せさんじる事が出来た。全てが事後だとしても。



「ブラド!」



 クロダの魔法によって瓦礫と化した家々の影に立ち尽くす二人と血を流し続けるコボルト。

 その光景が目に入ると共に悪鬼を思わせる部下達が銃を構えながらブラドを守るように円陣を組む。だが魔王は事切れたアイラトカを見つめながら呟いた。



「終わった」

「ブラド?」

「敵将は死んだ。戦は終わりだ」



 余韻に浸るように彼は静かに言う。未だ教会を包囲するパルチザン達の怒声を聞きながらも彼はしかと戦闘の終焉を宣言した。

 彼は寂しかった。これほど気骨のある者とはそう出会えぬと知っていたから。

 だがゴブリン達はそれを戦勝宣言と受け取った。自分達の隊長が敵を討ち、駅の守備を完遂出来たのだと誰もが思った。故に――。



「……万歳!」



 それは小さいながらも徐々に増していく喧噪となり、戦塵漂うセプリス村に響いて行った。



「万歳! 勝利万歳!!」

「魔王様万歳!」

「「魔王! 魔王様!」」

「「「魔王! 魔王様! 魔王様万歳」」」

お話はもう少し続くんじゃよ。



それではご意見、ご感想お待ちしております。

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