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セプリス蜂起・4

「ありったけの爆薬を持って来い。人間共に獣人魂を見せてやる!!」



 アイラトカはコボルトやワーウルフ族特有の発達した犬歯をむき出しにして笑う。

 彼はひしひしと近づいて来る破滅と言う未来が目の前に迫って来たのを悟っていたからだ。

 村長であるエキドナに諭されるよりも以前に蜂起を起こした自分達がどうなるかくらい理解していたが故に彼は最後にでかい花火を上げようというように闘争心を掻き立てる。


 もっとも駅ではそのような事を知らずに激戦が続いていた。



「上級軍曹殿! 命中です! 命中!! コボルト野郎をやってやりました!!」

「よくやったダヴィド上等兵。良い狙撃兵になったな」

「はい、ありがとうございます」



 耳障りな笑い声が塹壕に響く。その声にハフナーは士気はそこそこかと胸をなでおろしながら照準儀をのぞき込む。

 エルフとしての本能故か、彼女は即座に動く標的を見つけては弾丸を叩き込んで敵の命を摘み取る。


 対する敵は近接法撃支援によって吹き飛ばされた家の残骸を盾に応戦する構えでいよいよ徹底抗戦の構えを見せていた。

 特に敵は南集落に居た第六六六執行猶予大隊第三中隊が降伏した事で彼らの使っていたツンナール銃を三十丁ほど無傷で鹵獲する事に成功しており、近接法撃支援が止まった現状、戦場は拮抗の様子を呈し始めた。

 だがパルチザンが第三中隊から得た武器はツンナール銃だけでは無かった。



(ん? あれは――!)



 ハフナーの視力は瓦礫の間に何かを設置するパルチザン達を捕らえた。ワイン瓶ほども太さを持つ水冷式の銃身、横に伸びた布製ベルトリンク。そして右側面から張り出したコッキングレバーを操作する射手――。



「機関銃! 十一時方向――」



 彼女の喉を振り絞った警告は連続した破裂音によってかき消され、一直線に伸びた火線が塹壕に籠る兵達を射抜く。

 共和国陸軍正式採用のシュパンダウ重機関銃と言われるそれは射撃時の反動を使用して排莢と再装填を行う事によって毎分三百発以上の弾丸を吐き出す化け物だ。そんなモンスターの登場により塹壕に隠れると言う優位を持って戦っていた第二小隊を恐慌に陥れた。



「ぎゃああッ!!」

「ダヴィド上等兵!?」



 機関銃に対して果敢にも応射をしようとしたゴブリンが革製のヘルメット毎頭を射抜かれ塹壕の底に昏倒する。

 それに駆け寄るハフナーだが、脳漿をまき散らした彼の目から光は消え、ただ静かに冷たくなるばかりであった。

 その時、彼女の頭上をいくつもの擦過音が通り過ぎて行く。顔を出そうものならそこに複数の弾丸が飛び込んでくるのだからまともな反撃も出来ない。



「少尉殿、近接法撃支援を要請します」

「分かりました、援護射撃を――」



 その時、敵陣から喊声が上がる。クロダとハフナーは互いに顔を見合わせ、ゆっくりと塹壕から頭を出すとこちらに農具を持ったパルチザン達が蛮声と共に駆け出して来たのが見えた。



「応戦して!!」



 クロダの悲鳴に似た命令にゴブリン達が反撃しようとするが、敵は機関銃の援護の下に突撃してくるので思ったほど反撃の成果は出ない。そもそもいつ撃たれるか分からない恐怖心からゴブリン達の射撃もおざなりにならざるを得ず、突撃の足止めにさえならない。

 それにクロダは早口に呪文を唱え、銃を構える。



「【闇を焼尽せし破壊の先駆者よ。開闢以前の創造を今、ここに――光あれ(イェヒー・オール)】」



 肩を蹴り揚げるように反動と共に魔法が射出され、走りかけて来た十数人の村人の一部の行く手を阻むように炎のカーテンが引かれた。だが呪文を短縮した事でその威力は愕然とするほど落ちており、足止め出来たのも二、三人ほどでしかなかった。



「奴ら、手榴弾を持っている。近寄らせるな!」



 ハフナーの悲鳴に射撃が再会されるが、それもシュパンダウ重機関銃の射撃により満足に行えない。だが第二小隊の必死の抵抗により一人ラミア族の女が倒れると周囲はそれに恐怖を感じるように塹壕から三十メートルを切ったところで彼らは立ち止まり、渾身の力と共に手榴弾を投擲してきた。



手榴弾(グラナーテ)ッ!!」



 誰かの叫び声と共に兵達は反射的に身を守るように塹壕の中に隠れる。幸い、遠投と言う事もあり多くは塹壕の手前にゴロリと転がったが、二つの手榴弾が塹壕の中に転が地落ちた。一つは壕の左端に、そして一つは壕の中央――クロダの目の前に。

 周囲の光景が鈍化して行く中、彼女は重い腕で手榴弾を拾い上げ、力の限りに投げ飛ばすと同時に魔法式を介さず直接風の魔法を手榴弾に叩きつける。

 そして手榴弾に無い封されていた時限式の発火呪符が起動し、全てを圧する衝撃波が放たれた。

 塹壕の左翼に転がり込んだそれは塹壕の一区画毎を衝撃波が呑み込み、土を削られて作られた壁を赤い臓物によって極彩色に染め上げる。

 もっとも爆発による衝撃波と破片は教本通りジグザグに掘られた塹壕によって被害が抑えられたが、それでもクロダは酷い耳鳴りと吐き気に襲われた。

 視界がグルグルと動き、焦点が定まらない上に立っている事も覚束ない。



(うそ、負傷した? でも痛くはない。それより早く指揮を執らなくちゃ――)



 だが何かを言おうとするが耳鳴りが酷くて自分が何を言っているのかさっぱり分からない。本当に命令出来ているのかと自分を疑う中、視界の中にハフナーさんが現れて肩を揺すって来る。



「――? なんです? もっと大きな声出してください」



 やっと声が聞こえて来たが、それは厚い壁の向こうから話しかけられているように籠って言葉として理解出来なかった。せめてもう少し大きく言ってくれと願いながら彼女は相変わらず声の小さな先任下士官に文句をつける。



「い殿。――い丈夫です――? ――!!」



 慌ただしく肩を揺すって来たハフナーは思い立ったように壕から顔を出し、何かを告げる。きっと敵情だろう。だがその声はクロダには届かない。

 まどろっこしさに勇者は壁に手を着きながら起き上がるとこちらに向けて駆けて来るパルチザン達の姿が見えた。

 反撃するよう命令を下すがそれに兵が応えてくれているのか分からなかった。そして急速に廻る世界が帰って来た。ふらつく視界が収まり、何をすべきかを理解するその感覚に従っていつの間にか両手から零れ落ちた銃を探す。

 そして完全に現実に引き戻されたクロダは塹壕の底に死体と共に転がった魔導式小銃(マジックロック・ガン)を拾い上げる。だが悠長に装填している時間さえ存在しない。

 代わりに死んだゴブリンから銃剣のついたツンナール銃とカートリッジを一発だけ拝借し、他の兵員と同じように銃を構える。



(そう言えば魔法で誰かを殺した事はあるけど銃は無いな)



 場違いな感慨と共に引鉄が絞られ、銃声が轟く。銃口の先に居たコボルトが胸から血を吹き流して倒れる。



「白兵戦に備えて!!」



 すでに敵との距離は十メートルを切っている。一息の距離まで詰められた彼女達は再装填する暇などなく死が襲い掛かって来る。

 故に一振りの銃剣に身を委ねるしかない。



「くらえ! 侵略者!!」



 クロダの正面に突撃してきたのはピッチフォークを構えたコボルトの女であった。まっすぐ突き出されたそれをクロダは下から弾き上げて一撃をかわす。だが人間族よりも身体能力の勝るコボルト族の一撃は重く、かわしてからの反撃と言う予定を潰されてしまった。彼女は両手にかかる重みをなんとか支えるように力を籠めるが、一気にその抵抗が失われた。

 コボルトの女がピッチフォークを振りかぶったせいで彼女が押し上げた銃も天に向けられてしまう。その隙をつくようにコボルトの女は力任せに上段からピッチフォークを振り下ろす。クロダはそれを横から払い、そのまま体重を乗せた突きを放つ。



(浅い――!)



 塹壕の中と外という立ち位置のせいで十全と力を籠められなかった一撃はコボルトの腹部を軽く刺しただけで終わる。だが体に走る痛みにコボルトは大きく身を引いて距離をとった。だがその時、今度はオーガ族の青年が塹壕に飛び込んで手にした鉈を突き出して来た。

 クロダは銃でそれを弾こうとするが狭い塹壕の中で着剣したツンナール銃は長すぎて反応が遅れる。



(やばッ!?)



 屈強なオーガ族の青年の一撃が迫る中、肉を強打する音と共に青年が身体を崩す。その背後にはスコップを持ったハフナーが無言で立っており、彼女はそのままスコップで二度、三度と青年の頭を打ち付ける。



「ハフナーさん!!」



 オーガ族の青年の頭が割れても叩く事に夢中になっていたハフナーがきょとんと顔を上げる。そんな彼女を押しのけてクロダは銃床を握りしめたままハフナーを襲おうと鎌を振り上げていたラミア族の少女に銃剣を突き刺す

 鈍い悲鳴と共に体重ののった一撃が柔らかな肉を食い破って行く。生々しい感触が銃を介しているというのに伝わって来ると言うのにクロダは眉一つ動かさずに銃剣を抜こうとするが、収縮した筋肉が銃剣を押さえつけて離そうとしなかった。

 クロダは反射的に銃剣を捻って抜こうするが、ただ肉を弄るばかりで銃剣は引き抜けない。



(うわ、これが肉を断つ感覚なんだ……!?)



 そして仕方ないとばかりに彼女はラミア族の少女を鉄鋲のついた軍靴で蹴り飛ばす。その反動でやっと銃剣を引き抜いた。



(でも罪悪感も忌避感もない。そうした物が、分からない)



 士官学校の卒業研修での戦闘において彼女は初めて人を殺めたあの日、魔王からその感触を「どう思うか?」と問われたが、見えぬ敵に対しての攻撃であり、なんとも思わなかったが故に「分からない」と返した。

 だがセプリス村での戦闘では法撃にしろ銃撃にしろ相手が見えた。だがそれでも彼女は何も感じなかった。遠距離からの攻撃であるせいかと勘繰るほどに。

 だが実際に自分の手によって相手を殺傷しても手に残るは死んだ野鳥程度への哀れみしか浮かばない。



「なにポカンとしているんです少尉殿。そのような余裕は無いかと」

「逆に余裕が無いからこそ余計な事を考えちゃうんじゃないのかな?」



 スコップと銃剣を手に二人は背中合わせに会話する。すでに塹壕に浸透した敵――オーガ族やコボルト族と言った身体能力に優れた種族の攻撃にゴブリン達はあまりに貧弱であった。

 元来、ゴブリンとは体躯や身体能力において他種族に劣り、優れている点はその出生率しかない種族である。

 故に銃と言うどのような種族でも、どのような年齢の者でも均一の戦闘力を発揮できるアイテムによって得られていた優位が崩れた今、肉体で劣るゴブリン達はパルチザンからの蹂躙を許すままにしていた。



「これはいよいよと言う感じでありますな」

「どうかな? よく分からないです」



 故に勇者は笑う。すでに恐怖は遠くに過ぎ去り、誰かを壊す不快感も、何かを失う喪失感もない。

 それは何も描かれていない真っ白いキャンバスに似ていた。何もない。何もかもない故に恐れも無い。



「くらえ悪魔め!!」



 横合いから先ほどクロダが胸を軽く突いたコボルトが復讐に燃えるようにピッチフォークを突きだしてくる。それにクロダは銃剣をつかっていなすように振るう。

 その時、先ほど倒したはずのラミア族の少女がゆらりと立ち上がる。その手には地面に倒れていたゴブリンから奪ったと思わしきツンナール銃が杖のように握られており、最悪にもそれには銃剣が取り付けられていた。ラミアの少女は最後の力を振り絞るように銃剣を構え――。



(あ、かわせない)



 自分はコボルトのピッチフォークをかわしたばかりで身動きがとれず、かといってハフナーはラミアの少女と間にクロダと言う壁があるせいで援護に回れない。

 そんな絶妙な隙をつかれたクロダ。

 鋭い切っ先が伸びてくる。それはクロダの軍服に突き刺さる直前で止まった。



「おぉ、勇者よ。なんと情けない様だ」



 糸が切れたようにラミアの少女が倒れる。その背後には時代遅れの剣のを構えた魔王が不敵な笑みを浮かべていた。



「ブラド!?」

「遅くなったな」

「遅くなりすぎ! ボイス大尉が脱走罪かって怒ってたよ! このままじゃ軍法会議なんだから!! その間わたしが小隊の指揮を取らなくちゃいけなかったし、もおおお――!!」

「悪かった。少しパルチザンに拉致されていた」

「魔王を拉致するパルチザンって――」



 ここが戦場である事を忘れ去る会話にハフナーは目眩を覚えつつスコップを構えたまま「少尉殿」と仕事の話を進めた。



「横! 横です!」

「なんだ、声はでるのではないか」



 そして魔王は流れる動作で手負いのコボルトが振り下ろしてきたピッチフォークを剣の腹で払いのけ、その反動を使って横一文字にコボルトの腹部を切り裂く。



「小隊先任下士官。状況は?」

「はい、小隊長殿。我らは敵の浸透を受け――。見ての通りです」

「うむ、理解した。最大の脅威はなんだ?」

「十一時方向、距離六十メートル先にある重機関銃一丁です。しかし、現状は敵味方入り乱れているため射撃を止めています」



 そう言えば銃声がしないとクロダはやっとその事に気が付いた。周囲の状況を確認出来ないほど戦争に夢中だったのかと改めて思いつつ、彼女は手にしたツンナール銃を魔王の背後に突き出す。そこにはワラキアに向け鎌を振り上げていたオーガ族の農夫がおり、彼女の攻撃によって農夫は距離を取るように二歩、三歩と後ずさる。

 もっともワラキアは背後からの攻撃に感づいていたがためにその体は霧へと変わりつつあった。そして彼は身体を構成する魔素(マナ)を霧へと変え、再びその魔素(マナ)が収束して人の身へと再構築される。

 それは先ほど立っていた位置ではなく、農夫の背後――。



「頂きます」



 その言葉と共に農夫の首筋に二つの犬歯が食い込み、彼の体内にある微かな魔術回路に蓄えられた魔素(マナ)を吸い出していく。

 ただ魔法使いではないごく普通の農夫の魔術回路は貧弱の一言であり、そこから吸い出せる魔素(マナ)もそう多くはない。だが生命維持に関わる魔素(マナ)が為す術なく吸い取られていく農夫は青くした顔を土気色に変え、そのまま動かなくなった。



「ふん。他愛ない」



 さて、と魔王は改めて周囲を見やる。塹壕の中では浸透してきた敵部隊とゴブリン達が死闘を繰り広げ、少しでも塹壕から遠ざかろうと逃亡を企てたゴブリンはパルチザンの銃撃によって命を落としている。そしてハフナーが言う最大の脅威は――。



「あれか」



 赤き瞳が的を捕らえる。そしてその機関銃を操るのがアイラトカであることも。



「ハフナー。この場を任せる。我は機関銃を潰す」

「はい、小隊長殿」

「ゴブリンを手懐けたお前だ。長い戦働きをしてきた貴様に今更言うことはない。我の期待に応えて見せよ」

「――! はい! 小隊長殿!」



 茶色く濁ったハフナーの瞳にわずかに光が宿る。それに頷いた魔王は勇者に向き直る。何を言われるのかとクロダが恐々とする中、彼は手にした剣で自分の人差し指を僅かに切った。



「クロダ。我の血には我の魔術回路を破壊するために撃たれたオリハルコンが混じっている。これを触媒に奴に眼くらましをしろ。我が霧となって動けるのはだいたい三十メートル。そこまで距離を詰めたい」

「うん――! 分かった」

「よろしい。では蹂躙の時だ」



 魔王の唇が薄く持ち上がり、笑顔の形を作る。

スコップは塹壕戦にて最強。これから反撃です。



それではご意見、ご感想お待ちしております。

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