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セプリス蜂起・3

「所詮、一揆風情か。他愛ない」



 兵の質であれば三百年前のほうが優れていたなと独り言ち、村長宅は静かになった。

 五分もかからない瞬闘の末、ワラキアは家内の安全を確保するや武装解除のさいに奪われた中世然としたショートソードを腰に差し、それでエキドナの拘束を解く。



「ありがと。助かったよ。で、これからあんたはどうするんだい?」

「このまま原隊への復帰でも構わぬのだが、さて、無事に帰れるか」



 先ほどのアイラトカ達の話からすれば村全体で蜂起が行われているようだ。その上、第六六六執行猶予大隊の対応は後手に徹しているらしい。

 そうした状況下で動くのは危険すぎる。



「まずは状況確認だな」



 ワラキアは自分を縛っていたロープで昏倒しているオーガ族の青年を拘束し、彼の持っていたシヤスポー銃を点検する。

 それは使い古された形跡は無く、手入れもされているようだ。もっとも銃身に刻まれた製造番号や製造所の刻印などは乱雑に削り取られてどこで作られたものか丁寧に隠されていた(とは言えシヤスポー銃の製造所はエリュシオン帝国にしか無いが)。

 ワラキアは青年が腰に巻いていたベルトを弾薬ポーチ事頂く事にし、銃にカートリッジが込められているか再確認する。



「念入りな事だね」

「奪ったはいいが扱えないのでは意味が無い」

「でもそんな悠長な事をしてる暇も無いんだろ? 部下が心配じゃないのかい?」

「心配しておらん。三百年前ならいざ知らず、今の兵士達は我――指揮官が居なくても戦力を発揮出来るように作られている」



 ワラキアは点検を終えた銃を構え扉に歩み寄り、気配を探る。誰も居ないようだ。



「それにクロダの頭は空だがやれば出来る奴だ」

「クロダ? 勇者様の事かい? だけど、酷い言いようだね。それに”やれば出来る”ってのは言い訳以外で聞いたこと無いよ」



 だが魔王様はそれに答える事無く銃を構えながら扉をゆっくりと開き、周囲を警戒しながら飛び出していく。それにエキドナは声にならない声を漏らして壮年のコボルト――ヴォルグのシヤスポー銃と弾薬ポーチを拝借して魔王の後に続く。

 まず家を飛び出して彼女は周囲に立ちこめる煙に咽せ、そこに煤の匂いが漂っている事に気づいた。目をこらせば雪のように絶え間なく灰が周囲に舞っている。

 そして天を見れば村全体が灰色の煙で覆われようとしている光景が目に入った。山火事か!? と焦る彼女の耳に突然、銃声が飛び込んでくる。

 反射的にその場に伏せ、周囲を確認。すると家の垣根の切れ目のところにワラキアが張り付いて外の様子を見ているのが目に入った。

 エキドナは軍隊以来久しぶりの匍匐前進で彼のそばにより、外を見て絶句する。

 教会付近に築かれたバリケードを取り囲むように自警団や村人達が攻撃をしている最中であった。



「あいつ等! 村の皆も巻き込みやがって!!」

「憤るのは後だ。ふむ、今の我ではあの包囲の突破は難があるな」

「南集落と駅は陥落したって言っていたね。それにしても、すごい煙……! コホッ」

「風向きからして北から流れている……。確か南集落と本集落の間に丘があったな。そこで状況を見極める」

「ならこっちに抜け道があるよ」



 エキドナが案内した道は村の東側にある森を抜けて南に下るルートであった。そこは村人が薪拾いや木の実拾いに行くだけの道であり、その道にパルチザンは一人も居なかった。だが――。



「誰だ!?」

「ひぃ! う、撃たないでくだせぇ!」



 ガサリと動いた茂みにすかさずワラキアが銃を向ければそこから両手を挙げて敵意が無い事を表したオーガ族の老婆が出てきた。



「婆! 無事だったのかい!」

「村長! これはいったいどういう事なんだい!? 婆にはさっぱりだよ」

「心配いらないよ。他のみんなは?」

「戦える者はみんなパル――。自警団に協力するよう言われて出て行ったさね。戦えないわし等や子供等はグウェイの家に居たんだけどね、負傷者が来るってんで山に追い出されたんだよ」

「分かった。事が落ち着くまで絶対に山から降りないで。それともし軍人に出会ったら抵抗せずに投降して保護をと求めるんだよ」



 それから一言二言会話したエキドナは老婆からワラキアに視線を向ける。



「どうやらあんたの所のコボルト達は投降して南集落の集会場に閉じこめられているらしいよ。どうする? 集会場を急襲して仲間を助け出すかい?」

「良き案だが、それでは不十分だ。投降したさいに連中の武器は全て取り上げられているだろう。それに敵に降るほど士気が低い連中では足手まといにしかならない」



 じゃ、どうすんだい? とエキドナは疑問を飲み込む。ここで案を出し合っても周囲の様子が分からなければ何も決められない事に気づいたのだ。

 故にエキドナは老婆と別れ、ワラキアと共に南の丘を目指した。



「そ、そんな――!?」



 そこに無事到着したエキドナは目を見張った。

 村唯一の存在意義でもある駅舎は半壊し、北集落と本集落を分かつ丘の麓から濛々と火炎の壁が立ちはだかっていたのだ。それも麓には三軒の家があったはずだが、今は黒煙と赤々とした炎によってかき消えていた。



「言ったであろう。クロダの頭は空っぽだがやれば出来るのだ」



 そう、ワラキアの知る今代の勇者――エーリカ・フォン・クロダとはやればどこまでも残酷な事を平気でやってのける奴であった。もっとも”軍人”として許される範囲内に収まるようにとの注釈がつく。

 つまり交戦規定や戦時国際法等を守りつつも彼女は容赦も慈悲も無い火力を投射する人型兵器と言えた。

 それはまるで頭を介する事無く行動する脊髄反射に似ていた。

 倫理を思考する以前に行動を起こせる。それが彼女の強みであり、欠点――異常であった。



(だがクロダの異常はその点だけだ。奴は常人と変わらぬ感情――恐怖心も持ち合わせている。それを躊躇いと言う倫理と勘違いしてしまうせいで誰もが奴を常人と思っている)



 逆に言えばその恐怖心さえ乗り越えてしまえばクロダは今のように殺戮を躊躇い無くまき散らせる事が出来た。

 それは予期せぬ初陣となってしまった士官学校の卒業研修においても発揮され、彼女は恐怖心を乗り越えた後はエリュシオンの降下龍兵(ドラグイェーガー)に対して容赦のない猛攻を加えた。



「こんな事、どうして出来るんだい……?」

「クロダが空っぽだからだ」



 なぜ勇者の血筋の者かこう歪んでしまっているのかワラキアは知り得なかったが、少なくともクロダが”人々に愛される勇者”では無く”正しき軍人像”の下に行動している事は半年ほどのつき合いで知り得ていた。

 つまり彼女は何も無いのだ。故に”軍人”と言う職責に縋る事で常人としての生活をしているに過ぎない。



「奴は虚無だ。何も無い。奴から軍を抜いたら何も残らんだろう」



 比喩的な意味合いではなく、そのままの様相をワラキアは予見していた。

 奴の中身は何もない。どこまでも広がる深淵があるだけだ。



「あんたも本当に魔王なのかと思ったけど、あの人も本当に、勇者なのかい?」

「さてな。我には分からん」



 ふと、勇者の口癖を呟いてしまった事にワラキアは泥のように停滞していた心に漣が立つ思いがした。

 これは――。この感覚は――。



「嫌い、だな」



 つい、三百年前から何をも思わぬ心が微動した事にワラキアは内心戸惑っていた。そして己の中にある物が嫌悪とわかり、彼は懐かしさに駆られた。全てが枯れて不毛となり得た心が感情と再会した事に彼は口元をゆがめる。



「く、フハハ。愉快な気分と言う奴だな。さて、勇者も動いているようだ。魔王も動くとしよう」

「どうするんだい? 見たところ自警団の連中は教会攻めと消火に追われているようだけど」



 セプリス村の戦いはいよいよ佳境に入ろうとしているようだ。

 すでに攻略の終わった南集落を見やるとそこに居た人々が駅に向かって駆けだしていくのが見えた。



「……あっちだな」



 敵が駆けて行く方向に友軍が居る。魔王は口元を薄く釣り上げて笑った。


 ◇


 第二中隊は当初の目標通り駅の奪回を果たす事に成功した。だが負傷者やその看護にあたる兵等が抜け、さらに戦闘中行方不明者(MIA)が出た事によって純粋な戦力は二個小隊まで減じていた。

 対して駅の再奪回を目指すパルチザン達は戦闘の終了した南集落の手勢や教会攻略に投じていた戦力の一部を引き抜くことで今度は駅を半包囲する勢いを持っていた。



「少尉殿、一時方向、距離五十。目標、板屋根の家屋。狙撃兵です」



 そして駅の南側防衛のために第一中隊が掘った塹壕にお邪魔している第二中隊第一小隊は敵からの反撃に苦しめられていた。

 無数とさえ思える敵の攻撃を定数の三割を失った第二小隊がそれらの猛攻を凌げているのは小隊副官による所が大きかった。そしてその副官は塹壕からひょいと銃と共に顔を出して小隊先任下士官の指示する目標に銃口を向ける。



「【炎よ(イグニス)】」



 白煙、轟音、そして火花が散り、そうした物を振り切るように銀の弾丸が飛翔する。それは狙った家屋に直撃するや爆轟し、人生の安住を守って来た家の柱を圧し折った。そのせいで家は見る見る傾き、残骸を撒き散らしながら屋内に潜んでいた狙撃兵ごと倒壊する。



「はぁ……。命中です」

「さすがであります」



 そして彼女の装填の間、部下達が必死の応射を行う。だがいくら塹壕に身を隠しての射撃と言えど興奮して頭を上げ過ぎた者や星神に見捨てられた不幸者はその身に鉛の弾丸を受けて事切れるか絶叫をあげる事に成る。

 戦局の天秤は徐々にだが、パルチザン側に傾きつつあった。



「ハフナーさん、中隊本部に増援要請を頼みに行った伝令はまだ帰ってこないんですか?」

「あぁ。ロベルトの事ですか? 奴は本部にたどり着く前に頭を吹き飛ばされるのを見ました。少尉殿が装填に夢中になっている間です」



 その言葉にクロダは頭を抱えたくなりながら別の伝令を選び出す。

 もっとも増援なんて存在しないだろうなと言うのがクロダの思いではあった。その理由が駅北東に築かれていた第四歩兵砲中隊の特科兵陣地を元に弾雨に濡れながら野戦築城をしている第三小隊に残存の兵力が回されているからだ。


 なお、手榴弾の攻撃を受けたと思わしき駅舎だが、運良く第一中隊長が電信機に覆いかぶさるように戦死してくれたおかげでノイエベルクへの通信が生きていたため、ボイス大尉が「私は北方総軍と通信を試みるので各小隊は現在地を死守せよ」と迷惑極まりない命令を出して来た。


 もっとも誰しもの本音は戦闘なんぞせずに駅舎に籠っていたいの一言に尽きるだろう。

 そんな理不尽な境遇を恨みつつクロダは魔導式小銃(マジックロック・ガン)の装填を終え、一息つく。



「装填完了。ハフナーさん、次の目標は――」



 その時、なんの前触れも無くクロダの握る銃から弾丸が天に向かって放たれた。ビクリと彼女は身を震わし、それから恐る恐ると銃身を触る。



「少尉殿? まさか――」

「銃身が過熱しすぎて火薬に引火したみたい……。支援はちょっと無理かな」



 連続した射撃により熱が溜まった魔導式小銃(マジックロック・ガン)にクロダは雑納の上に吊った水筒を取り、そこに水をかけるとそれは瞬く間に大量の水蒸気が天に上った。



「分かりました。なんとかしてみます」



 ハフナーは舌打ちしたい気持ちを堪えて銃を構える。無いものを憂いても始まらないのなら、銃を撃とうと彼女の濁った瞳は猛禽のように敵を探し出す。

 だが猛攻に苦しんでいたのはパルチザン側も同じであった。いくら相手が訓練未了のゴブリンと言っても非正規戦闘員であるパルチザンにとってそれは難敵であり、言わば泥仕合の体での戦闘をしなければならなかった。

 だが塹壕に身を隠して戦うゴブリンに対し、まともな防御陣地を持たぬパルチザンとではその損耗の度合いが遥かに違う。それに対抗するためにパルチザン達は近所の家に隠れるように戦うようになったが、近接法撃支援の前に家ごと吹き飛ばされる事が多くなり、家は身を守る陣地ではなく巨大な棺桶に成り果てた。


 その上、教会を包囲するパルチザンもバリケードと鐘楼に設置された重機関銃によって接近さえ出来ず、攻めあぐねていた。

 そんな中、教会近くの家に移動したアイラトカを初めとした自警団の幹部が集まり、善後策を練ろうとしたが――。



「くそ、あいつら――。虫の息だったのに――!」



 アイラトカは疼く肝に手をあてがい、憎しみと共に言葉を吐きだす。

 そう、奇襲作戦は成功とさえ言って良いほどの打撃を第六六六執行猶予大隊に与えた。それでも連中はまだしぶとく戦闘を続けているのが彼は気に入らなかった。



「で、どうするのだ? アイラトカよ」



 そう言ったのは壮年を過ぎても衰えぬ巨躯を誇るオーガ族――グウェイが言った。彼は南集落のオーガ族を取りまとめる顔役でもあり、その堂々たるふるまいから種族に関係なく厚い信頼を得ている男だ。



「一撃加えて和睦なんて不可能だろう。時は奴らを利するだけだ」

「分かっている。こうなったらグウェイは教会攻撃の指揮を執ってくれ。駅は俺がなんとかする」

「承知。なら駅で鹵獲した大砲をもらうぞ。あれで早々にけりをつける」

「扱い方は分かるのか?」

「昔取った杵柄と言う奴さ。兵役時代にちょっとな」



 グウェイは男臭い笑みを浮かべるや早々に家を辞して行った。彼に任せれば教会を覆うように作られたバリケードを撃ち破り、突入路を確保する事が出来るだろう。

 ならば自分もする事をしようとアイラトカは家の周辺で待機していた子分を呼び出す。



「おい、グウェイの家に閉じ込めてた捕虜から戦える人員を見繕ってくれ」

「え? でもアイラトカさん、あいつら降伏したとしても敵じゃないですか」

「じゃ、若いのをつれて奴らから機関銃の使い方を習って来い。すぐに、だ。終わったら駅まで来い」

「わ、分かりました」

「あとありったけの爆薬を持って来い。人間共に獣人魂を見せてやる!!」



 彼はコボルトやワーウルフ族特有の発達した犬歯をむき出しにして笑う。己の全力をかけて敵を討ち取ろうと。

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