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セプリス蜂起・2

「何が問題なのか、よく分かりません」



 少し困ったように笑う勇者にハフナーは彼女が何を考えているのか理解した。

 これは分からないのではなく考えていないのではないかと。

 勇者――もっと言うのなら人として見たならばこれは完全にオーバーキルだ。


 そもそも戦意を喪失して逃亡を図る元村人に対して雑草を駆除するように火炎の魔法を投射する行為が許されるだろうか?

 だが軍人として敵の徹底的な破壊には十分利点がある。まず逃げ出した敵が後で体勢を立て直して襲ってこないとは限らないし、友軍の突撃支援をする事で味方の損害を減らすことが出来る。

 その上、戦時国際法において兵士の戦うためのルールが制定されているが、逆に言えば戦時国際法に縛られるのは兵士のみであり、軍服を着ていない非正規戦闘員――パルチザンはこれの対象外となっている。故にいくら非人道的な攻撃を行おうとそれは軍人として非のある行為では無かった。


 とは言え常人なら無抵抗な人々を撃つ事に躊躇いがあるものだ。

 しかし残念ながらハフナーから見たクロダはそうした躊躇いを一切持たずにただ軍人としての行動を踏襲するばかりであった。

 普段、魔王に気を取られていて全く気づかなかったとハーフエルフの小隊先任下士官は肌が粟立つのを覚えた。それはまさに畏怖であった。



「さぁ、第二射行きますよ。また援護をしてください」



 だが――。ともハフナーは思う。

 例え人格破綻者であっても彼女は非常に臆病な性格をしているが、それでも恐怖を乗り越える胆力を持っている。

 盲目的な愛国心や恐怖による思考を放棄した士官ほど使えないものは無いと考えるハフナーにとってクロダの自発的な行動は評価すべき行いと言えた。

 それにこれほどの法撃が行えるのだから逆に頼もしいと言うもの。彼女の性格に目を瞑るだけで及第点とさえ言える。



「はい、少尉殿。では敵が一時方向の、あの建物です。見えますか? あそこに集結しているようであります」

「目標を確認しました。では――」



 そうして再び原初の光が瞬く。

 その頃、パルチザンの本陣となってしまった村長宅は一層慌ただしくなっていた。



「駅の豚野郎(オーク)は逃げ出しやがったぞ。おまけに大砲まで手に入れられた!」

「おい! 南集落の共和国野郎共だが一戦も交えずに投降してくれた。やっぱり同じコボルト族だ。話せば分かってくれる」

「よくやっやお前ら!!」



 報告にやってくる者達が伝える情報はまさに奇襲成功と言う物ばかりだった。

 それにアイラトカは満足そうに頷き、部屋の隅に縛られているワラキアとエキドナを見やる。



「共和国野郎は口ほどにもないな」



 だがワラキアは黙したまま何も語らない。それに苛立ったのかアイラトカは彼の腹に蹴りを叩き込む。それに生理反射のような悲鳴をもらすワラキアにアイラトカは嗜虐的な笑みを浮かべた。



「まだ抵抗している教会や北集落の連中を黙らせたらお前等仲良く駅舎に吊ってやる。

 あぁもちろん村長に手荒な事はしない。だが、この戦いが終わったら村長の座を引いてもらわにゃならん。

 今や誰もが思ってるさ。あんたに村長としての指導力が無いって」



 その言葉にエキドナは唇を噛みしめる。口内に鉄の味が広がるが、それでも自分の無力感を埋める事は出来なかった。

 確かに今は村が勝っている。だが明日は? 明明後日は?

 いくら兵力を前線に投じている共和国でも戦線後方の蜂起を見過ごすはずがない。特にセプリス村はノイエベルクから北方に向かう鉄道に影響を及ぼす地域だ。ノルン戦線のためなら奴らは大兵力をもって鎮圧に来るだろう。そうしたら蜂起に参加したとされる者の末路は死か、よくて強制収容所での過酷な労働しかない。もっとも後者でも死ぬまで働かされるだろうから結果は同じだ。


 その上、セプリス村は村全体としてパルチザン活動に傾倒していた。それをプルーセンが許すはずなく、他の村々が追随しないよう、苛烈な見せしめが待っているに違いなかった。



「あんた等は村を滅ぼしたいの?」

「座して死を待ちたくないだけだ。だから村長はパルチザンとなる事を決めたんだろ」

「なんのために隠れ蓑として自警団を作ったと思っているんだい!? 共和国はきっとうち等を許さないよ。あるのは死だけさ。だから必ず勝てるその時を待っていたんじゃないかい!」

「それはもう来ない!! あのワーウルフ野郎の言う理想社会には共感するが、連中は俺達を見捨ててどっかに行っちまった。もう助けを余所に頼ってはいけねーんだ! それを俺達は莫大な授業料を払って学んだんだろ!」



 彼らとて限界であったのだ。例えその先に滅びしか無いとしても彼らは立たずには居られなかった。

 それほどコボルト達は追いつめられていた。

 それは鉱山が発見された事に鉄道が敷かれる事になり、はした金で畑を買いたたかれ、鉱夫のための町を作ると故郷を奪われた。そして手切れ金として渡された僅かばかりの金で別の地に住居を構えたが、それも戦災によって消え失せた。

 そうしてやっとの事で手にした安住の地を彼らは奪われたくなかった。

  ただ人並みの幸せが欲しかっただけなのに、彼らはそれすら叶わなかった。故に彼らは戦うしかないと決意したのだ。



「それにこの調子なら他の村も蜂起に参加するはずさ。そうなればこっちのもんだ。ノルト自治区に独立の旗が翻る。どの種族も平等に暮らせる世界の元に新しい国家を作るんだ。みんなこぞって蜂起に参加するはずさ」



 そう上手く行くかという言葉をエキドナは飲み込む。最早言葉が届くとは思えなかった。

 だがそんな悲観をアイラトカは自分達の理想を受け入れてくれたと勘違いし、先ほどとは違う笑みを浮かべた。

 だが焦げた臭いをまとったオーガ族の青年が飛び込んで来るや彼の笑みは凍り付く。



「大変だ! 北集落の奴らが動き出した! 奴ら駅に向かいながら火魔法を使ってメデューサさんの家とナーガさん家を一瞬で燃やしちまった! そんでこっちがたまらなくなって逃げ出してもずっと魔法を撃ちこんできやがる! そのせいですげー火傷をした奴もいるんだ。援軍を寄こしてほしい!!」

「なに!? 駅を攻めた組と南集落を攻めた組はすぐに北集落を攻めてる連中を援護! くそ、あそこは機関銃も無いから自警団の数が一番少ないってのに……!」

「火傷を負った奴はどうすればいい!? どこか、診療所にしなきゃ」

「オーガ族のグウェイの家に一度運び込もう。あそこは戦えない老人や子供達の避難所になってるし、そこに集まっている連中に手当を依頼しよう」



 そんなバタバタとした指示に村長宅に詰めていた魔族達が駆けだしていく。

 上がそう慌ただしくては部下の不安をあおるばかりだし、勝手に動いては指示を仰ぎたい者が肝心なときに居ないと言う状況を作りかねない。なんてお粗末な……。そうワラキアは内心ため息を付く。

 だがそのおかげで村長宅から大勢の人気が消えていった。それを見計らうようにエキドナは「すまないねぇ」とワラキアに頭を下げた。



「うちがしっかりしていれば、みんなの暴発も防げたのに」

「………………」

「こうなれば行くところまで行かなきゃ事は収まらないんだよね」



 すでに共和国軍は甚大な被害を受けている。

 いくら魔族部隊と言えどその損害を共和国が許してくれる事はない。つまり蜂起鎮圧の後は掃討戦が待っているに違いない。

 そうなれば村は誰一人残らずパルチザン協力者として処刑される事だろう。

 自分の唯一の誇りたる村が滅び行く事に彼女は目の前が闇に閉ざされる思いを抱いた。



「どうしてそこまで村を好いている?」

「そりゃ、ここしか無いからさ」



 確かにセプリスには鉄道の中継点である以外に意味はない。

 特段、名品があるわけでもなく、ただ祖父母達が開いた畑しかない村だ。

 それこそ十代の頃の彼女は絶対に村を出てやると夢見ていた。そしてその夢は兵役と言う義務によって図らずとも叶えられた。

 だが時はちょうど第三次プルーセン=ウオニー戦争の最中であり、そこで知ったのは故郷を奪われた魔族達の存在であった。

 戦場となった村では多くの村人が敵味方問わない攻撃によって死んだ。戦線後方の町でも敵の航空竜騎兵の空襲で灰燼へと帰したところもあった。敗残兵による略奪や虐殺、強姦が行われた現場も彼女は見てきた。

 そして兵役が終わり、帰郷すると故郷は焼け野原となっていた。

 鉄道の中継点である以外に意味はない村はその中継点であるがために空爆を受けたのだ。

 祖父母達が作りあげた村が――。日照りの時は共に涙を流した家族が――。寒さの夏の時はおろおろ歩いた麦畑が――。

 それらが無慈悲にも焼けただれた故郷。どうしてとの思いが彼女には尽きなかった。

 ラミア族の身でありながら共和国のために戦ったと言うのに共和国は自分の故郷さえ守ってはくれないのかと絶望した。

 家族を奪われた憎しみと人間族が守る国民に魔族が含まれていないと言う悔しさはやがて村を守りたいと言う想いに代わり、彼女は様々な努力をしてきた。秘密裏にウオニーの反政府勢力である社会(ソキエタス)主義者との協力と取り付け、そこを経由してエリュシオン製の銃や手榴弾に爆薬などを買い付けたりもした。

 もちろんその見返りとしてエリュシオンとの開戦後はパルチザンとして活動をしてきた。

 その上、時が来ればウオニーが参戦し、ノルト独立の悲願が達成されるとの作戦を聞かされていた。だが今、村の死期は刻一刻と迫ってきている。



「ねぇ、うちはどうしたら良いの?」



 いや、どうしたら良かったのか、と紅玉から雫がこぼれる。

 だがきっとワラキアは答えてくれないだろう。むしろ答える義理がないのだから。だが彼女の悲観は裏切られた。



「逆に問うが、どうしたいのだ?」

「そりゃ、村を救いたい。このままじゃパルチザン協力者として無関係な奴らまでで殺されちまう。それだけはなんとしても――」

「なら簡単だ」

「どういう意味だい――?」

「パルチザンを売れば良い」



 その言葉に彼女は頭が真っ白になった。

 だがパルチザンを売れば自分達の身は守れるかもしれない。それこそ協力を強制されていたと言えば――。だがそれは希望的観測にすぎない。いや、目の前に村全体がパルチザンに協力していたと言う事を知ってしまった軍人が居る時点でその作戦は破綻している。

 そもそも同じ村人を売る行為など――。



「お節介で言うが、お前とあのコボルトの違いは一つだ。諦めたか、最後まであがくか、だ。もっとも奴の行いは往生際が悪いと言えるがな」



 エキドナは諦めていた。もうどうしようもないと。

 だが希望を繋ぐのなら方法はそれしかない。だが自分に彼らを裏切る行為が出来るのか? 率先してパルチザンへの協力体制を築いてしまった自分にそれをする権利があるのか?

 いや、無い。ならばうちも腹をくくるしかない。少しでも希望があるのならあがくしかない。うちとてただ座して滅びを待つわけにはいかないのだ。それに村長として責任も取れる。

 だが――。



「ふふ。良い案だけど、それをする方法が無いよ。うちはこう捕まっているんだ。どうしろって言うんだい」

「ふん。やはり諦めるのか?」



 そう、仲間を裏切るもなにするも彼女達は拘束を受けているのだ。その上、見える範囲で自分の家に自警団はアイラトカを含めて三人も人員が居る。それもアイラトカはナイフで武装し、他の二人もエリュシソン製の後装銃で武装している。そうしたもの達の目をどうやってかいぐぐれと言うのか。むしろ抵抗すれば間違いなく彼らは自分達に手を挙げるだろう。

 それこそ雲や霧のように消えなくてはならない。

 いや、そもそも裏切るにしてもワラキアと言う存在が村全体がパルチザンである事を暴露してしまうだろう。それこそ、彼の協力なくして成り立たない――。



「魔王様。あんた、うち等を助けてくれるかい?」

「請われれば」



 そうか、彼はそうなのだ。それほど空っぽの王様。ならば彼を突き動かせるのは他者しか居ない。



「助けて! ここからうちを助け出して!!」

「おい、なにゴチャゴチャしてやが――」



 魔王の体が霧へと変貌し、パサリと彼を拘束していた縄が解ける。霧はアイラトカの背後に回るや彼はその無防備な右肋骨の下に拳を叩き込んだ。その打撃は屈強なコボルトでも筋肉をつけられない脆弱な肉を浸透して肝臓に深刻なダメージを与えた。

 脂汗が吹き出して崩れるアイラトカの腰に差し込まれたナイフをワラキアは難なく抜き、何が起こっているのか分からずにポカンとしていたオーガ族の青年と咄嗟にシヤスポー銃を構えようとしている壮年のコボルト族を見やる。


 あの間抜けな若造は放っておいても問題無い――。


 一瞬でその判断を下した魔王は部屋の中央に置かれたテーブルをコマの用に回転しながら青年に向けて蹴り飛ばし、その勢いのままコボルトの持つシヤスポー銃の銃身を掴んで天井に向ける。

 盛大な音をたててテーブルが転がり、天に向けられた銃が吠える。



「――今、撃ったな?」

「ヒィ!?」



 魔王の口元が歪み、赤い瞳が爛々と輝く。その姿に名状しがたき恐怖を精神に刻まれたコボルトは冷や汗が吹き出し、生理的に銃を手放してしまった。少しでも魔王と距離を取りたかったのだが、せっかくの武器を手放してしまう悪手であった。もっとも彼が銃を手にしていても結果は変わらない。

 魔王は大降りのナイフをコボルトの首に突き立て、返り血を浴びながら躯と成りつつあるコボルトから手を放してテーブルにより押し倒された青年に瞳を向ける。ナイフは失ったが、手中に鈍器があるのだ。心配はいらない。

 素早い踏み込みで間合いを詰めた魔王はテーブルを脇に追いやった青年の脳天めがけて銃床を叩きつける。ただ渾身の力を込めて振るうだけの捻りもない作業に青年の絶叫が混じった。

 青年は先の一撃により反撃する戦意さえ刈り取られてしまい、銃を手放して両腕で頭部を包むようにガードする。だが悲しいかな。二本しかない腕が頭に向かったため柔らかな内蔵ががら空きになってしまった。

 そこに吸い込まれた有無を言わせぬ一撃に彼は一瞬で延びてしまう。



「ひ、ひいいいいい!!」



 ワラキアが振り返れば脂汗を流しながら逃亡に転じたアイラトカの背中であった。

 魔王はふぅと嘆息し、パルチザンとは言えこのようなものかと落胆を覚えた。



「所詮、一揆風情か。他愛ない」



 兵の質であれば三百年前のほうが優れていたなと独り言ち、村長宅は静かになった。

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