勇者
セプリス蜂起・2ではなく勇者になっているのは仕様です。このまま読み進めてください。
「わ、分かった。これより駅の奪回に向け行動する」
その言葉にやっとかと誰もが今後の施策について詰めて行く。
だが誰もが口では仕事をしつつも内心、魔王の腰巾着となっていた勇者の末裔が意見具申を行うほど行動力があったのかと驚いていた。
そもそも誰もが彼女の事を魔王の腰巾着としか思っていなかった上、士官学校の席次も低いとあって名ばかり勇者と思っていたのだ。
故に誰もが「クロダ少尉はこんな奴だったか?」と疑問を浮かべていた。
もっとも他の士官達は普段のクロダ像と言う物を持っていたわけではない。むしろクロダと言えば魔王と共に居るおまけくらいしかイメージが湧かない存在であった。世俗的な者は二人が離れず行動している事から勇者様は魔王にぞっこんだとさえ思っている者さえ居た。
だが彼女のイメージとは逆に言えばそれだけだった。と、言うのも彼女は少尉とは言え小隊を預かる者では無いため小隊長達の会議に出席する事も無く、食事も士官食堂ではなく部隊と共にとっていたため接点が非常に少ないのだ。
「さて……」
どうしよう。
威勢の良い献策を”兵士”らしく行えただろうか? とクロダは自問するもそれより押し迫った危機がある。
あぁ怖いなぁ。逃げ出したいなぁ。でも逃げ出したところでどうにもならないし、そもそもこんな時になんでブラドは帰ってこないのよ!!
それから六つの罵倒を彼女は胸中にもらしていると会議が終了した。
「ではこれより三十分後――〇五〇〇を作戦発起時間とする、各自、行動を開始せよ。解散」
命令が下るや上意下達の徹底された軍組織は歯車が回るように動き出す。中隊本部要員は三〇分の猶予の中、懸命に火魔法の魔法陣が刻まれた作戦書や報告書等を次々と焼却処分して行く。
その間、各小隊長達は自身の小隊に戻り、これからの行動指針を伝達していった。
「ハフナーさん!」
「はい、少尉殿」
「これからの事ですが、第二中隊は駅の奪回を目指します。先鋒は我ら第二小隊です」
その言葉に濁った茶色い瞳が嫌悪に染まった。
そもそも先鋒と言う事は麓の敵の包囲を突破するための部隊であり、損害も著しく高い。
また死地に喜び勇んで飛び込まなくてはならぬのかと彼女はハーフエルフである身を呪うしかなかった。
「そ、その、わたしが近接法撃支援を行いますので、その援護の下、敵の包囲を突き破ります。準備を進めてください」
また損な役割か、と内心の悪態を隠しきった小隊先任下士官は嘆息と共にふと自分達の上司の事が気になった。
「それで、小隊長殿は? 」
「あー。その、帰隊が遅れてて……。あ、でも大丈夫。安心して。わたしが第二小隊の指揮を代行するから」
それが一番不安なんだよ、と言えたらどれほど楽なのか。
だが若い少尉と言うのは総じて世間知らずなものだ。自分の力量を軽く見誤って自分が勇者であるかのように錯覚を覚えてしまう。
故にある者は血気盛んな攻撃を望み、ある者は愛国的である事を周囲に強要する。
だが歳を経るごとにそれが幻想であり、現実との折衷が行われながら中尉、大尉へと昇進していくものだ。
もっともそれが出来ぬ少尉はことごとく名誉の戦死を研げてしまう。その上、部下を巻き込むのだから性質が悪い。
「分かりました。では全力でお支えいたします」
そうした新品少尉を使える軍人に導いてやるのも先任下士官の仕事であるとハフナーは奥歯を噛みしめながら言った。
鬼気迫るものを感じたクロダは若干の緊張を覚え、ゴクリと喉を鳴らす。
そうした緊張が徐々に高まり、やがて午前五時になるとそれはピークに達しようとしていた。
「ハフナーさん……!」
「はい、少尉殿。間もなく時間ですね」
クロダはせり上がる緊張のせいで胃を吐き出しそうな嘔吐感に襲われていた。
入念に周囲を偵察したが、麓のパルチザン達の多くは鍬やピッチフォークを手にしてはいるが、中には銃を装備している者も混じっているようだった。
(自分から提言しておいて何だけど、やっぱり無理だよ――!)
敵に包囲されていると言うだけでも十分絶望的なのにこれからその包囲を食い破らねばならないし、尚且つその先頭に立たねばならないのだ。
そう言えば――。と彼女は士官学校の卒業研修中にエリュシオンの降下龍兵に襲われたあの日を思い出す。確か部隊の先頭に居た主席卒業候補のあの娘を含め多くの者が戦死していた。あの二の舞に自分はなるのでは?
そうした恐怖に囚われた彼女の身体はみっともなく震戦に襲われた。
「少尉殿、時間です。少尉殿?」
クロダの身体が外聞もなく震える事で雑納の上に吊るした水筒や、銃剣とスコップがかちゃかちゃと笑いだす。
あー、こりゃいよいよダメかもしれないな、とハフナーは怒りから憐憫に似た想いを抱いた。
そもそも戦場において堂々としていられる精神の持ち主と言うのはそう多くは無い。そうした殺し合いの好きな精神異常者を除いて多くの者は恐怖を覚え、それが頭を埋め尽くしてしまう。
(恐怖に縛られて思考停止――。いよいよ使えない少尉だな)
溜息と共に彼女はクロダにどうすべきか具体的な献策を行おうと口を開くが、その前にクロダが「やりましょう」と呟いた。
「では、行きますよ。総員着剣」
「そ、総員着剣」
クロダは恐怖に引きつった顔でも彼女は普段通りの頼りない笑みを浮かべようと努力をしていた。
本当であれば逃げ出してしまいたかった。
だが自分にはそれが許されていない。何故なら自分は”軍人”であるのだから。
「攻撃を開始します」
クロダは両手で抱えていた魔導式小銃の撃鉄を安全位置から完全に引き起こす。
そえと同時に彼女は周囲の魔素を体内に取り込みだし、それに形と言える魔法式を組み上げて行く。
「【永久に燃え続ける柴よ、天の声と共に啓示を伝える赤色の光よ、行く手を指し示す声よ、我に力を貸し与え給え】」
魔導式小銃が薄らと輝きだす。ミスリルと言う魔法抵抗の少ない金属より鋳造された一級品の銃身。同じく植物においてもっとも魔法抵抗の少ないイチイの木より削り出された銃床。
現代の魔法杖は彼女が紡ぐ魔力を余さず薬室内に収められた銀の弾丸に魔法が付与していく。
「【炎よ】」
彼女は立ち上がるなり、さっと麓を見やる。すると敵と思われる武装集団がとある藁葺の家の周囲に散らばっているのが目に入り、そこに目がけて銃口を向ける。
そして魔法式の完成と共に引鉄を絞る。
白煙と火花、そして轟音が周囲に飛び散り、それらをかき分けるように弾丸が飛び出す。
それは迷いもなく藁葺屋根の家に突き刺さり、閃光と共に爆轟が起こる。
「命中! これより敵包囲網の突破を開始します。総員、軍人としての本分をまっとうし、最善を尽くしてください!」
斯くして彼女は命令を下した。
何人も死ぬであろう命令を。何人も殺すであろう命令を。
彼女は浪々と下した。
「『神は我らと共に』!」
「「「神は我らと共に!!」」」
「突撃用意! 目標、百メートル先の木立! 突撃にぃ進めッ!」
裂帛の気合と共に兵達が塹壕から身をさらし、クロダを先頭に丘を駆け下りて行く。両手に握る愛銃がどれほど重くても。肩を圧迫する背嚢がどれほど重くても。恐怖により強張る体がどれほど重くても。
そうして先頭を行く彼女の耳元に風を切り裂くような音と共に甲高い破裂音が飛び過ぎて行った。生理的な反応としてその方向を見やれば銃を構えた村人を確認できた。
(大丈夫。村人が使っているのは装填に時間のかかる前装銃のはず。わたしでも一分間に三、四発くらいしか撃てないから次の射撃まで二十秒近くインターバルがある。なら次の射撃までにあの木立まで走れるはず――)
余計な思考を増やす事で恐怖から目を背けようとするクロダだが、無慈悲にも次なる銃声によってそのささやかな希望は打ち砕かれた。
え? と思うと同時に背後から部下の悲鳴があがり、次なる射撃がクロダ達を襲いだす。
「走れ! 走れ! 止まるな!」
何時もなら消え入るような小声でしか話さないハフナーが大声で兵達を叱咤していく。
それは兵達が攻撃を恐れて足を止めないために。止まればそれこそ的撃ちだ。
だがクロダはその声を聞く余裕さえ失うほど恐怖に蝕まれていた。なんとか先ほどは自分を勇気づけられたが、銃弾が無数に飛び交う戦場においてその気は完全に霧散してしまった。
「後装銃!? どうして――!?」
軍の正式採用銃である後装銃が市場に出回る事はまずない。特にプルーセンにおいては民間人が銃を手に革命を成し遂げた歴史があるため軍と同等の装備を民間人が持つ事は許されていない。
もっともそれはプルーセンの事情であり、お節介な隣人――エリュシオンは甘い顔をしてウオニー獣人国家群経由でパルチザン達の需要に出血大サービスで応えていた。
「――あッ」
早く木立の影に隠れたいと言う焦りのせいか、クロダの足はもつれそのまま地を転がる。
「少尉殿! 立って!」
「――! 助けてください!!」
「少尉殿が居らねば話にならないんですよ」
兵士達の背中を押したハフナーは膝立ちとなってツンナール銃を敵に向ける。だが空と共に肉を切り裂こうとする弾丸が飛び交っていると言うのに彼女は中々撃てなかった。
(くそ、あいつ等、銃持っているけど村人でしょ。自治区とは言え、魔族とは言え、パルチザンとは言え、なんで自国民を撃たなくちゃならない)
ハフナーは軽く吸った息を少し吐き出して止める。彼女のスラリとした耳の脇を一発の銃弾が飛びすぎるが眉一つ動かさずに先ほど自分を狙ったコボルトの女に照準を合わせて引鉄を絞る。
轟音、白煙が周囲を覆う。弾丸は銃身に刻まれたライフリングに沿って回転しながら飛翔し、それはコボルトの女の右肩に突き刺さった。
「少尉、お早く」
「わ、分かりました」
先任下士官に担がれるようになんとか突撃目標であった木立にたどり着くとすでにゴブリン達が円陣を組んで全周警戒にあたっていた。
この後は後続の到着を援護する予定だ。それを繰り返し、駅に向かう事に成っている。
「第一、第二分隊は援護射撃。第三分隊はこの場に防御陣地を築け」
ハフナーはテキパキと兵達を動かし、自身の水筒を雑納から取り外してクロダに渡す。
「一口飲んでください」
「ありがと」
胃は先任下士官の好意を拒絶していたが、それでもクロダは無理矢理それに口をつける。
だがそうしている間にも浅い壕を掘ろうとスコップを地面に突き立てようとしたゴブリンが撃たれ、それに怒った仲間が応射しようとして倒れ――。悪戯に損害が増えるばかりの状況であった。
「上級軍曹殿! どうして我々は民間人を攻撃しなければならないのですか!? 我々は民間人保護のためにここにやってきたのではないのですか!?」
「お前一人になってもぎゃあぎゃあうるさいな。文句ばかり言わずに撃ち返せ」
だがそのゴブリンの言葉は部隊の総意と言っても良い意見であった。誰もが突然の襲撃に戸惑い、躊躇いを持っていた。
それ故に彼らの銃撃はどうしても散発的にしかならず、まとまった火力を発揮しえないでいた。
(このままじゃみんな死んじゃうかな)
そんな部下達の戸惑いをどこか他所の世界の出来事を見ているような気持でクロダは見ていた。
丘の上から後続が走り降りて来ても、それが横合いから銃撃を受けて何人もの落伍者を出していても、どこからか狙ってくる狙撃手が正確に部下の頭を撃ち抜いても、その部下を揺するハフナーを見ても。
彼女はただ虚ろにそれを見ていた。
ただクロダの中にあるのは部下を失う罪悪感ではなく、人並みの恐怖心だけであった。次はあの弾丸が自分を貫くかもしれない。そうした怯懦が彼女を支配する。
だがいつまでもそれに囚われていてはならぬ事を彼女は知っていた。
(戦わなくちゃ――)
相手が村人でも?
恐らく村人は昨日の虐殺に怒りを覚えて自分達を襲っている。そんな正統な復讐を掲げる彼らを撃つのか?
そんな事、まるで魔王の所業ではないか。
でも当の魔王たるブラドであれば「嫌いじゃない」と言いながら無慈悲な攻撃を行うだろう。でもそれは同時に「好きでも無い」事だ。
つまり彼にとってどうでもよい事なのだろう。だって彼は何も感じないのだから。
そうした感情を彼は三百年も前の刑場に置いてきてしまった哀れな魔王。
彼には何かを守る理由も、戦う理由さえも無い。そして彼は何かを躊躇う理由さえ持ちえていないのだ。
それほど魔王は空っぽで、虚無に満ちている。クロダはそれが怖かった。まるで深淵のように何も無い彼が恐ろしかった。そして同時に悲しかった。その理由を彼女は自分でも理解していなかったが、魔王とはなんと哀れな生き物だろうと悲しくて仕方なかったのだ。
また、それと同じくそんな彼に嫌悪感を抱いていた。それが勇者の血筋故では無く、同族に対する嫌悪感である事も彼女は知っていた。
(ま、何にせよ今、この状況をなんとかしないとダメだよね。”勇者”としては許されなくても”軍人”としてなら許される行動をせねば)
クロダは水筒に栓を閉め、腰のポーチから火薬と一般的な魔法触媒であるミスリルの封入されたカートリッジを取り出し、それを覆っていた油紙を噛みきり、銃身内にそれを注ぐ。
「ハフナーさん、敵の狙撃兵の場所は分かりますか?」
「――! 探します」
突然の復活にハフナーは驚きこそ浮かべたが、それでも言われた通りにエルフの血によって得られた優れた視力で周囲を索敵する。
そうしている間にクロダは弾丸を銃口に押し込み、込め矢でそれを突く。そして最後に発火用の呪符を火皿に押し込む。
「居ました。三時方向。距離およそ七十。あの手押し車の止まっている二階建ての家の二階、右端の窓から撃っています」
「分かりました。これより近接法撃支援を再開します」
そう言うや彼女は撃鉄を完全に引き起こし、周囲の魔素を体内に集め出す。
「【原初の闇を焼尽せし破壊の先駆者、混沌を貫き昼と夜を分かつ尖兵。汝光よ。開闢以前の創造を今、ここに――】」
彼女の家が代々受け継ぐ力である特性【勇者】の補正と相まって彼女に膨大な魔素が収束し、それが余さず薬室に内包された銀の弾丸に付与されていく。
そして――。
「【光あれ】」
引鉄が絞られ、バネの力を解放した撃鉄が発火の呪符を発動させる。
轟音、白煙、そして火花が散り、そこを突き抜けるように一筋の光が家に向かって駆けて行く。
それは着弾と共に眩い閃光となり、光は劫火となって家を包み込んだ。
先ほどの火魔法が爆裂であればこれは火炎。爆風による殺傷ではなく火そのものでの殺傷を狙った術式により狙撃手はもとより誰かの暮らしの拠点となっていた家が炎上する。
それに驚いたのか、それとも彼我の火力の差に慄いたのかこちらを銃撃してきていた者達が這う這うの体で逃げ出した。
「再装填します。援護を」
「え? あ、はい、少尉殿。敵は壊走しているようですし、この分なら後続と安全に合流出来ると思われますが?」
「うーん。でも念のためにね。戦闘教範にも最低限二射以上の効力射を以て戦果確認すべしって書いてあったし」
「は、はい、少尉殿。しかしすでに戦果は目に見えて効果ありと認めます。それに、相手はこちらに銃を向けているとは言え、元はただの村人です。そのような者に光あれで再攻撃する必要など無いかと」
光あれは火災による殺傷を行う魔法であり、戦時国際法等にある『敵兵に不必要な苦痛を与える魔法』に該当するのではないかと議論される魔法だ。それを平然と放ち、再度それを放とうとしているのだからハフナーは少尉の正気を疑った。
「でも制圧力の高い魔法ならこれが一番だから」
「それは分かりますが、その、村人を燃やすなど勇者のする事ではないかと」
「……? 確かに民を守るための”勇者”としては、間違ってるんでしょうね」
しみじみとクロダは言うが、それでも彼女はポーチから新たなカートリッジを抜いていた。
「ですが国民を守る”軍人”としての行動では間違いがありませんよ」
やっと彼女は普段通りの頼りない笑みを浮かべ、担任に答えを聞く生徒のように言った。
「わたしは”軍人”として後続を支援するよう任務を受けています。その任務に従って攻撃しているにすぎませんよ」
少し困ったように笑う勇者にハフナーは彼女が何を考えているのか理解した。
きっと何も考えていないのだ。
先輩こいつまたヒドイン出しましたよ、やっぱ好きなんすね~。
また、本日は他に第五回ネット小説大賞の一次選考を通過した戦火の猟兵も更新するので良ければそちらもどうぞ。
それではご意見、ご感想お待ちしております。




