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士官学校卒業研修・1

挿絵(By みてみん)



 不幸と言う物は幸せと違って連鎖する。

 魔王戦争から三百年後の世界。冬の寒さが幾分か緩み始めたその季節。

 そこは丘を迂回するように作られた曲がりくねった街道であった。

 天気の良い春の陽気の下、その街道を行く灰緑色の軍服を身にまとった集団の先頭を歩いていた中年の男がいきなり死んだ。

 それに続くように男のそばに居た中年の軍服の男が胸から血を流して倒れ、さらに士官候補生の軍衣に身を包んだ少女の頭が弾ける。



「て、敵襲! 敵襲!! 補給基地に届ける積み荷を守れ――。ぐああ!!」



 それを合図に三十人ほどの集団はどこからともなく飛んでくる弾丸の前に次々と翻弄され倒れて行く。一瞬で出来上がった地獄に誰もが対応出来ないでいた。

 そして誰もが思った。これはただの士官学校の卒業研修では無かったのかと。

 そう、彼らは軍服を着込んでいても中身は二線級部隊の寄せ集めでしか無かった。総勢百二十人――プルーセン共和国陸軍一個中隊に匹敵する戦力だが、 兵達の多くは徴兵適齢期を過ぎた老兵であり、それを指揮するのは実戦経験の無い士官候補生であった。


 そんな二選級の部隊を襲った奇襲はひとまずの成功を見せつつあった。むしろ大成功が確約されているとさえ言えた。

 何故なら彼らには奇襲から体勢を立て直すべく指揮を執る士官がそこに居ないからだ。士官候補生達は子供に戻って突然の攻撃に対応出来ず、体勢を立て直そうとした士官学校の教官はすでに凶弾に倒れ、息をする事をやめてしまっていた。


 そしてさらに運の悪いのが彼らの行軍陣形であった。

 彼らは戦闘を一切考慮しない縦列で行軍していたがために先頭から後方まで長蛇の列をなしていた。これは前を行く者の背後についていうだけと行軍には利している陣形だが、先頭と後方で距離が開きすぎる為、先頭集団が戦闘に突入しても後方は距離がありすぎてそれに参加できない欠点を持っていた。

 その欠点が如実に表れただけではなく、補給基地に届ける荷馬車の遅れもあって彼らは小隊毎の梯団に分裂してしまっていたため、先頭と後方では六百メートルもの距離を開いており、さらに丘陵地帯とあって容易に後方が先頭を援護できない立地にあった。


 そうして積み重なった悲劇により、先頭集団は訳も分からずにただ鉛の雨を浴びるしか無かった。



「また一人やられたな。第一小隊は助かるまい」



 悲惨な先頭集団から五、六十メートルほど離れた位置にある第二集団の馬車裏で年寄りのような白髪赤眼の青年がつぶやいた。

 折り襟式の最新型軍服を着込んだ彼は何げなしに腰に吊った片手剣を撫でる。それは指揮剣のように洗練された軍刀ではなく、華美な装飾の施された中世然とした古くささのあるものであり、控えめに言って近代的な軍服にまったく似合っていなかった。


 彼は振り向くと同じく第一集団の様子を伺っていた同期の士官候補生達の顔を伺う。

 一人は同期の中で次席卒業生確実と噂される秀才デバン・ココダケ。

 もう一人は黒髪の美少女エーリカ・フォン・クロダ。もっとも席次は後ろから数えた方が早い。



「ここで指を加えて見ていられるか! 逆襲を行う。教官や皆の敵討ちだ」

「待って、デバン! 相手がどれくらいいるかも分からないのよ。それにこっちは実地研修の一個小隊しか戦力が無いし、教官もついていないんだから! 最後尾のモルトケ教官の居る第三小隊との合流を待ちましょう」

「だが先頭の第一小隊は壊滅の危機だ。お前も共和国軍人なら仲間を救うために動くべきじゃないのか!」



 それにクロダは「でも……」と力ない言葉を続ける。

 対し、その口論に加わりもしなかった青年は背後で姿勢を低くする部下達を見やり、「小隊先任下士官!」と短く命令を発する。すると日焼けした壮年の曹長がおずおずと進み出てきた。



「ハッ。ここに!」

「我はこの時代の戦学を学んで日が浅い。故に助言を請いたい」

「ハッ。なんなりとお聞き下さい」

「まず、敵はなんだと思う? 野盗か?」

「はい、いいえ野盗ではないと考えます。軍服を着込んだ集団を襲うほど奴らは間抜けではありません。奴らが狙うのは護衛の居ない隊商が主ですから」



 青年は再び馬車の陰から前方を伺う。すでに先頭集団は壊滅的打撃を受けている。どうも丘の上に白煙が見えるところからあそこから狙い撃ちにされているらしい。



「我が隊のみで撃退は可能か?」

「はい、可能です。ただし第二小隊三十人全員が天に召す覚悟の上で、なおかつ星々の加護がなければ厳しいと思われます」

「理由は?」

「下士官はともかくこの輸送隊の主力は後備役第三〇二銃兵大隊第一中隊であり、その指揮官も臨時に指名された士官候補生殿であれば実戦経験が不足していると言わざるを得ません。それが理由であります」



 プルーセン共和国は国民皆兵制度を設ける国だ。もっとも国民皆兵と言っても国民全員が即座に兵士となるのではなく一定の年齢になれば徴兵されて現役の兵士として国に仕える。

 だがずっと軍に居ると今度は国の経済活動が鈍ってしまう。そのため徴兵されてから三年の兵役が終われば多くの者は軍を去って一般人として生活を送る。もっとも有事――戦争が勃発すればすぐに軍に戻る予備役に編入されるのだ。

 だがその予備役にも期間がある。肉体は年齢と共に老化し、動きが鈍くなるし、現役から永らく軍務に関わらないおかげで兵士としての感も鈍って来る。

 故に予備役を五年間経験した者は予備役の予備役――後備役に編入される。

 そのためこの場に居る兵の多くは単純計算で現役から五年以上もブランクのある者ばかりなのだ。



「実戦のブランクが空いた兵と実戦経験の無い指揮官――候補生か」

「はい。その上、敵は寡兵ながら中々連射性の高い武器――後装銃を装備しているようです。対しこちらは装填に時間のかかる旧式の前装銃ばかり。火力が不足しているかと」



 おまけに手渡された兵器も二線級の旧式銃ばかり……。

 もっともエルフの国――エリュシオン帝国と開戦して一年と半年。戦線は後方に下がるばかりであり、予備役兵もすでに召集されている現状、戦線後方における輸送任務などに一線級の兵力を割ける訳がない。その上、最新兵器も前線の兵に優先的に配布されるから後備役兵の武器が古くならざるを得なく、それ故に一層の戦力低下は避けられないのだ。



「なるほど。して、どうして寡兵と断定した?」

「ここは前線からおよそ四十キロは離れております。エルフ国との戦線は現在膠着状態のはずですので、ここまで大規模に敵が攻めて来るのならとっくに知れ渡っているというものです。故に敵は友軍の前線を浸透してきた少数部隊と考えます」

「分かった。ありがとう曹長」



 そしてワラキアはデバンに「攻勢は不可能だ。ここに防御陣を敷き、敵を迎え撃つ」と告げる。



「貴様! 第一小隊を見捨てる気か!?」

「デバンこそ冷静になれ。我の時代から『戦は高所を取るべし』と言われている。そんな敵に寡兵で攻めるのは愚の骨頂だ」

「フン。一気呵成の突撃を行えば敵の戦意も失せる! それに友軍がやられているのだぞ。助けに行かねばならぬだろ」



 ワラキアは「いや、無理だろ」と顔をあからさまに歪める。

 彼は助けを求めるように黒髪の少女を見るが、彼女も同じく突撃阻止派のようで、どうしようとアイコンタクトをしてきた。

 そもそもデバンは非常に野心的な男だ。元々貴族――伯爵家の出身である彼は軍功を立てて出世し、家名を轟かせたいと常々語っていた。

 そんな彼が次席に甘んじるのは主席が天才であるが故だった。その主席殿は今、先頭の第一小隊長をしており、あの地獄の中に居る。つまり主席卒業生の枠が空いているも同然なのだ。

 故に彼はここで一活躍をして繰り上げ主席ではなく、名実共に優秀な軍人になるチャンスを手に入れておきたかった。



「突撃だ。先頭集団の救助を行う」

「辞めておけ。もう助からん」

「うるさい! それとも臆したか? 魔王もこれでは……。フン。笑わせる。どうりで足を引っ張るエルフや獣人が居ても勇者様が封印出来た訳だ。こんな腰抜けが魔王だったのだからな!!」



 その嘲笑に今度はエーリカが「デバン!」と声を荒げる。すると今度は攻撃の矛先が魔王から彼女に移る。



「お前もなんだ! 勇者の血を引く共和国軍士官であろう! それともクロダの血は三百年で薄まったと言うのか? まぁお前の席次からしてそうだような。なんと行ってもケツから数えた方が早いし、『フォン』と名乗っても所詮は平民。やはり貴様のような奴に兵を率いる事など出来る訳が無いんだ」



 勇者の血を引く彼女は閉口し、後ずさる。

 そんな候補生達のやりとりを前に困惑するのが後備役の兵達だった。

 彼らの年齢であればすでに候補生より少し年下の子供が居てもおかしくない者ばかりであり、そんな子供が自分達の上官であることに大きな不安を抱えていた。



「候補生殿。今後の施策をお聞きしたいのであります」

「先任! そんなこと、聞かずに分かるであろう! 総員、着剣!」



 その命令に諦観込めた声音で先任曹長が復唱する。すると兵達は渋々と腰に吊られた腕ほどの長さのある三角錐状の銃剣を抜き放つ。その根元にはソケット式と呼ばれる銃身よりも一回り大きな円になっており、それを銃身に差し込み、捻るようにして固定する。中には「おぉ神よ」と呟く者さえ居た。

 そんな彼らを見ていた魔王は三百年前に率いていたゴブリンの方がまだ士気が高かったなと嘆息する。



「なんだワラキア? まさか小隊長たる俺に逆らうのか?」

「軍令と言うのなら従おう。だが突撃に関して懐疑を覚えていた事を忘れるな」

「フン。お前こそ敢闘精神欠如と研修が終わったら教官に報告してやるから覚悟しろ」



 二人のやりとりにクロダは「ちょっと!」と止めに入るが、今度はワラキアに彼女は止められた。



「この時代、この国、この軍隊において上官の命令は絶対なのであろう。で、あるならば同じ士官候補生とは言え、我等が属する第二小隊の長であるデバンの命令に従うべきだ。違うか?」

「で、でも――! わたし達はまだ候補生で、これも卒業研修の一環として物資を前線に届けるだけの任務じゃない! 戦闘を行うのなら教官の命令を待つべきじゃないの!?

 ここでいたずらに兵を消耗しない事も士官として大切な義務のはず。それを履行するなら――」

「別に良いではないか。確かに無謀な攻撃に関して軍人としての忠告をした」



 その言葉にデバンの顔に憤怒の色が浮かぶ。だがワラキアはそれを無視し、非常に愉し気な、薄らと頬を上げた嫌な笑みを浮かべ――。



だが嫌いじゃない(・・・・・・・)。血みどろの闘争も、絶望的な戦闘も、阿鼻叫喚の戦場も嫌いでは無い。我を誰だと思っている? 人間国からもエルフ国からも、ドワーフや獣人共からも憎まれて来た魔王だぞ。く、フハハ」



 その笑みに誇り高き共和国軍軍人らしさは微塵とも含まれていなかった。その凄惨な笑みに部下はおろか同期の二人さえも恐怖を感じた。



「デバン! 号令を!」

「お、おう。小隊二列横隊をなせ! 突撃用意!!」



 動揺の色が滲んだ号令に兵達が慌てて馬車の前面に広がり、二列の陣形を組む。

 眼前には悲鳴を上げ、抵抗らしい抵抗をしめせずにいる友軍と、それを嬉々と打ち下ろす丘上の敵。

 遠くから香る硝煙と血の臭いに彼らの心拍数が急上昇する。



「行くぞ! 奴らに我らの実力を見せてやれ! 『神は我らと共に』!」

「「「神は我らと共に!!」」」

「攻撃目標、前方の丘上の敵! 突撃にぃ! 進め!! 行け(ロス)行け(ロス)行け(ロス)



 そうして正体不明の敵との戦闘が幕を上げた。その開演を楽しむように魔王の口元が楽しげに歪む。

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