セプリス村・4
本日二回目の更新です。ご注意ください。
「まぁ待て。皆、村長よりワラキア少尉が献杯を頂いた。我が大隊の役割は魔族と人の橋渡しになる事でもある。
我らに求められているのはパルチザン掃討であるが、ひいては種族の未来を守るために結成されたと言っても過言ではない。
我らの変わらぬ友情を願って、再度の乾杯としたい。ワラキア少尉。音頭を取れ」
なぜ我が――? そんな疑問を浮かべつつ、彼はカップを高らかに掲げる。
もっともモルトケも現地民との間に立ちはだかる溝を憂慮しており、
この場でもっとも魔族よりの人物が彼が何かしらのきっかけを作るために乾杯を提案したのだ。
「では、乾杯」
「「乾杯」」
先ほどより幾分か小さくなった乾杯の響き。それこそ三百年経っても埋まらない隔たりが有ることを士官や自警団達は身を以て知る事になった。
もっとも兵は? と言われればその話ではない。
彼らが営地となった教会の周囲では今や祭りのようなにぎわいを見せていた。
「ここが留守教会で良かったでありますな、班長殿」
ドワーフ族の准曹長が教会前に出来たたき火を見ながらつぶやく。その隣に座る濁った瞳のハーフエルフの上級軍曹はスコップで一本の燃え木を器用にすくい上げ、口に加えていたタバコに火をつけて大きく息を吐き出し、盛大に咽せた。
「大丈夫ですか班長殿?」
「気にしないでくれ。ゲホッ」
もっともこのやり取りには違和感がある。なんと言っても共和国陸軍において上級軍曹の一個上の階級が准曹長なのだ。
二人はまるで階級が逆なのではと思う口調で語り合っていた。
もっとも一年前まで階級は逆であり、このドワーフはハフナーの部下であった。
「やっぱりタバコはダメだ。好きになれん。お前にやる」
「ではありがたく頂きます」
一口しか吸っていないタバコを押しつけられたドワーフは嬉しそうにそれを吸い、夜空に紫煙を吐き出す。彼はドワーフなだけ軍からの給食に付属していたタバコを全て吸いきっており、口元が寂しかったのだ。
「美味いか?」
「はい、いいえ班長殿。苦みばかりです。南洋産の物には及びません」
彼はそう言えば自分が入営してからこの方、駐屯地での班長をしていたハフナーが美味そうにタバコを吸っていた姿を見たことが無かった。むしろ嫌々一口だけ吸って「もう吸えない」からと愛煙の種族であるドワーフや喫煙者に残りをあげるばかりであり、それは彼女が自分のタバコを部下に譲る名目であった。
そんな部下想いの班長に鍛えられたドワーフも今や中隊先任下士官であり、彼もそれに倣おうと必死に軍務にあたっていた。
もっとも同時に彼女の存在がドラゴン以上に怖い存在である事も彼はそこで学んでいたが。
「不味くても吸うのか? やはりドワーフって連中は分からん」
「畏れながら申し上げれば自分はエルフや人間と言う奴が分かりませんな。こんな僻地のパルチザンに武器を供与したり、班長殿を拘禁した挙げ句降格させるなど」
エリュシオンと開戦し、初頭の大会戦において敗北したプルーセン軍首脳は半ばパニックに陥っていた。
その敗北の理由はツンナール銃の二倍の射程を誇るシヤスポー銃の採用やプルーセン軍の作戦方針の誤りなどの理由があったが、プルーセン陸軍参謀本部はそうした要因から目を背け、敵との内通が原因なのではと言う結論を出してしまったのだ。
もし、ツンナール銃をより新式の新型銃に換装していれば、参謀本部が作戦方針を誤らなければ――。そうした陸軍のミスを全て敵との内通者の仕業と罪を転嫁してしまった。
故に軍内のエルフやハーフエルフは軍籍を剥奪されて強制収容所に収監されてしまった。だが戦局の悪化により戦力として期待できるエルフを収容所で遊ばせておく余裕の無くなったプルーセン陸軍は彼らの再配備を決定し、スパイ容疑の減刑と引き換えに階級の降格、特務大隊と呼ばれる魔族部隊への志願を呼びかけたのだ。
もっとも収監された多くのエルフは内通を否定していた。それでも周囲から向けらえる裏切り者と言う罵倒から身の潔白を証明するため、共和国への忠誠を示すために彼らは魔族部隊へ進んで志願した。その一人がシャルロット・ハフナーであった。
「それを言うなら貴様とてこんな部隊に飛ばされるとはな。国も末だ」
「違いありませんね。この調子なら雪積もる星誕祭までに戦争は終わりそうですな」
「フフ。プルーセンの敗北でか? そうなれば軍人であるあたし等は職を失うな」
「それは困りましたな。軍にしがみつかなければ亜人はやってけません。辛いものであります」
ガハハと笑うドワーフにハフナーも小さく頷く。
所詮、軍にとって大事なのは人間族であり、亜人など準国民程度にしか思っていないのだろう。
もっともそれでも良いと思えるのはさらに下――魔族が居るからだ。そのおかげで亜人達は今の暮らしに安息感を抱けるのだ。
「……班長殿が憲兵に逮捕されて、自分達亜人の立場が如何に不安定なものが思い知りました。明日は我が身であります」
「そうだな。あたしもこの先、この耳のせいでまた軍籍を奪われるかもしれん。軍を辞める前に何か手に職をつけたいものだ。その点、ドワーフは良いな。どの工房も引き手数多だろ」
「それは工兵に属するドワーフだけであります。自分が鉄を打ったのはもう十年も前の事で、今は出来ません。軍を放り出されたら、何をして良いのやら……」
ドワーフがしんみりとタバコを燻らせ、夜空に漠然とした不安が吐き出される。
故に彼は理解してしまっていた。自分達亜人であさえ明日の見えない社会なのに、より不安定な立場の者達が居る事を。
「班長殿とて人間の横暴に思うところがあったはずです。それで、思ったのですが、魔族もそうなのではないかと」
亜人からも下と見られる魔族達のさらに下は存在しない。
もっとも虐げられる魔族が強い不安を怒りに変え、人の手から離れようとしている。もう誰にも虐げられ無いよう、自分達の国を得ようとしている。
そうした強い意志のある者は強い。いくら戦闘経験が乏しくとも意志に突き動かされる敵は強いと彼は経験上、知っていたのだ。
「亜人達とは違い、奴らは失う物さえありません。そもそも持っていないのです。
魔族は失う畑も、財産さえも無いのだとこの部隊に着任して初めて知りました。
そんな連中を相手するとなると激戦になる予感がします」
「奇遇だな。あたしもそう思う。あいつ等は何もないから簡単に命を捨てられる。そんな狂った連中さ」
そしてたき火の向こう。自由時間として村人達と酒を酌み交わす部下達を見ながらハフナーも同意した。
どうもやっと警戒心を解いてくれたらしい村のコボルト族達が第六六六執行猶予大隊のコボルト族に交流会をしているようだ。それにゴブリンやオークが混じり、楽しげにやっている。
もっともそこで騒ぐ亜人下士官はおらず、ただ自分達のように遠巻きにそれを眺めるばかりであった。
「そんな魔族を相手に何も無いからって志願した魔族兵士を戦わせるんだ。大勢死ぬぞ」
「はい、班長殿」
下士官も士官も今後の行く末に憂いを感じていた。それを感じないのは考える事をせずに上官の命令に従うだけの兵だけであった。
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