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セプリス村・3

「このうつけが!!」



 そうして小さい体から士官候補生達を震え上がらせた雷が落ちた。

 その場に居たクロダは反射的に背筋を伸ばし、他の士官は唖然と、案内役のエキドナ村長は目を白黒させてその怒鳴りを受け止める。



「貴様はクロダとまともに話もしとらんのか!?」

「は、はい。大隊長殿――!」

「部下との会話も無しにどのように交流を深めようと言う気だぁ? 貴様、こいつの事をどれほど知っている? 知っている事を全部行ってみろ」

「はい、大隊長殿。その、勇者の家系の者ですが、えぇ……。その、士官学校席次の席次も低い法兵少尉でして……」



 え? それくらいしか知らなかったのですか? とクロダは目を見開いてしまうほど驚いた。

 それはワラキアとて同じであり、いくら避けられていたとは言えここまでとはと唖然とした。

 それにモルトケは怒気すら忘れたようにため息を吐くしかなかった。



「こいつはな、確かに頭の出来は悪い。だが銃兵直援法兵学――近接法兵支援だけは主席とタメを張れるほど秀でていた。むしろ機関銃中隊並の戦力と発揮できる」

「しかしそのような事、人事の考課表では書かれておりませんでした。そ、それに大隊長殿は士官学校の教官職を拝していたではありませんか。ならばクロダ少尉の事を存じていても不思議ではありませんが、それが無い自分に言われましても――」

「確かに私の主観も入っている。だが部下との交流を持っていればこいつが士官学校の卒業研修においてエリュシオンの降下龍兵(ドラグイェーガー)対して圧倒的な火力投射を持って友軍の壊走を防いだ話くらい聞けていたのではないのか?

 別に中隊全員と意思疎通しろとは言わんが、士官くらいはそうした話が聞けるほどの繋がりを持たねばならんだろ。貴様、今まで何をやっていたのだ?」



 失望を明らかにしたモルトケの言葉にボイスは顔を青くして視線がうつむいていく。

 そして周囲から寄せられる視線もまた、同僚への冷たい視線であった。

 だが一人、エキドナだけは笑顔を即座に作り上げるとパンッと手を叩いた。



「そ、それより遅くなっちまったが、お昼にしないかい? うちでささやかながら飯を用意してるからさ。滅多に来ない客人なんだ。ぱぁっとやってって」



 カラカラと眩しい笑顔が輝けば先ほどの毒気が浄化されていくようであった。

 そもそもサラサラと春風に流れるような金の髪に紅玉のような瞳を向けられて男性士官はその笑顔に抵抗しようと言う思考がまず玉砕してしまう。

 確かに彼女の下半身は灰色がかった緑の鱗に覆われた蛇そのものであるが、くたびれたブラウスと地味なウールのジャケットを押し上げる豊満な胸が素朴な田舎女性像を作り出して士官達を捉えていく。

 だが――。



「お前等。何浮かれているんだぁ? これから夜までに寝床の確保と防衛網の策定をしなくちゃならんだろ。エキドナ殿。悪いが、そのご招待は夜に」

「あ、あぁ」



 しかし争いを欲しないはずのホビット族出身であるモルトケの声には殺意がこもっており、本当にホビットって平和好きなのかと彼らは士官学校を卒業したずば抜けた頭脳を無駄に使うのであった。


 ◇


 その夜。

 士官達は村長宅に集まり、昼の疲れを癒していた。



「それでは掃討戦の勝利とセプリス村の繁栄を願って、乾杯」

「「「乾杯」」」



 小さき大隊長に合わせ、部屋に居合わせた者達がコップを掲げる。

 テーブルにはセプリス村で絞められた鶏の香草焼きや冬の間に保存されていた野菜の酢漬けが並び、そこに軍の兵糧として配られた腸詰め肉や蒸かした馬鈴薯が色を添えていた。

 だがそんな軍民の共闘を思わせる食卓と裏腹に歓談に興じる二つのグループが出来上がってしまっていた。第六六六執行猶予大隊とセプリス村自警団である。

 その二つ混じって会話をしているのは大隊長と村長の組み合わせくらいであり、他の面々は内々に杯を交わす程度であった。



「これ、大丈夫なのかな?」



 その第六六六執行猶予大隊側のグループでワラキアに囁きかけるクロダ。

 そこに漂う空気こそ険悪は無いのだが、互いに壁を作っている状態で良いのかと疑問が湧いてしまう。



「外征ではよくある事だ。中央派遣の近衛騎士団の事を地方騎士団は後から来た新参者程度にしか思わんからな」

「何百年前の話をされても。それに、それだけじゃないような……」



 時折、人間や少数の亜人士官達が卑下した目で自警団を見ている。その自警団――セプリス村に住まうラミア族や人の身に狼の耳や尻尾の生えた犬顔の種族であるコボルト族に人の身に角を頂いたオーガ族といった魔族集団も人間達を見てはヒソヒソと何かを呟いていた。



「共同戦線……張れる訳ないか」

「そもそも共闘以前の問題だ。自警団の錬度がどれほどか知らぬが、どうせ農作業の片手間に銃を撃つだけの連中だろう。ただでさえ錬度不足の部隊に足枷を着けてどうする?」

「う、確かに」



 でも――。と彼女は反論を口にしたかった。確かにワラキアが言うとおり練度不足は否めない。

 だがパルチザンの掃討には現地民との共闘は不可欠である。

 何故か? それはパルチザンと村人を見分ける術が無いからだ。軍服ではなく、私服に身を包んだパルチザンが村に潜入した場合、日の浅い軍ではそれを判別出来ない。そんな村人も居たようにくらいしか思えない。

 だがそこに暮らす村人であれば? その者が招かざる客である事が分かろう。

 故にパルチザンの掃討は現地民との協力が不可欠なのだ。



「案ずるな。それくらい理解していない者はおるまい。だが先も言ったが、地方領主には地方領主の意地があるものだ」

「だから何百年前の話なの?」

「良いから話は最後まで聞け。そもそも王より領地を下賜されたのに余所の騎士団が我が者顔でやってきて見ろ。業腹だろうよ」



 クロダはうーんと唸りながらその例えを現実に当てはめる。確かにこの村を守るという矜持の下に立ち上がった自警団に対し、自分達はこの地になんの縁もない上に種族さえも違うのだ。

 その上、パルチザン掃討を謳っての任務ではあるが、内実は魔族と人の友和を図るための第六六六執行猶予大隊の実績を積ませるための作戦である。

 目の敵にされても仕方がないのだ。



「ここら辺ってゴブリンとか暮らしていないの? 同族からきっかけを作ってくれれば機会があるかも」

「ほぉ。普段頭を使わない割に良い答えだ。だが生憎、ゴブリン達はノール・エリュシオンのあたりに暮らす種だ。

 それに我の小隊のゴブリン共は皆、南の出だ。北の配置と言うのはおそらく脱走しても故郷に帰れなくするためだろうな」



 普段頭を――のあたりでクロダはカチンと来ていたが、それでも我慢する。そうした傍若無人な振る舞いは魔王様故だから怒っても仕方ないと我慢する事にした。

 もっとも彼女とてこの状況は不味いが、自分から魔族の輪に飛び込もうと言う気概はまったくなかった。

 だが談笑していた大隊長と村長がこちらにやってきた事で彼女は強制的に会話を楽しむことになる。



「おい、ワラキア少尉、それとクロダ少尉。この方はセプリス村の村長をなさっているエキドナ殿だ」



 わざとらしい紹介からモルトケが「何かプロパガンダ的な会話をして共闘関係をアピールせよ」と言っているのは自明の理。ワラキアはため息をついてエキドナに会釈をし、「ブラド・ワラキア少尉です」と他に何も言うことはないと無言で宣言してしまった。そして残ったのは、クロダだけであった。



「わたしはエーリカ・フォン・クロダ少尉です。エキドナ村長。お会いできて光栄です」

「クロダ少尉。話は聞いているよ。勇者の家系だとか」

「えぇ。身に余る評価であります」



 ふーんと値踏みするような――。いや、蛇が獲物を品定めするような紅い視線にさらされたせいか、クロダの胸の内が激しく暴れ出した。

 まさか興奮しているのか!? 同性のわたしが!?



「でも時代は変わったものだねぇ。まさか勇者様と魔王様が同じ部隊で上官部下の関係になるなんて。いや、もしかしてそれ以上の関係?」

「それは無いです」



 クロダのキッパリとした即答にエキドナは良い獲物を見つけたと薄い笑いを浮かべる。なんと言っても年下の恋路を見るのはいつの歳になっても愉快なのだから。

 からかわなくてはむしろ損であろう。



「そんな事言って。ワラキア少尉も彼女さんの事、どう思っているんだい?」

「なんとも思っておらん」



 無愛想な返事とはこれまた――。とエキドナの頬が緩む。こうも鉄壁であると逆にそうなのだと確信さえ持ててしまう。



「それじゃどう思っているんですか?」

「だから何とも思っておらん」

「そう意固地にならなくてもー」

「しつこい奴だな」



 ワラキアはうんざりと言わんばかりにコップに注がれていたワインを一気に飲み干し、テーブルに置かれた瓶を手に取る。



「まぁまぁ。クロダ少尉には悪いですが、魔族として魔王様にどうか献杯させておくれよ」

「……それで気が済むのなら好きにせよ」



 スルリとエキドナの冷たい指がワラキアの指と絡み合い、流れるように瓶が彼女の手に渡る。その行為に眉を潜めたワラキアだが、それ以上の反応を示す事無くコップを差しだし、そこに深紅の酒を求める。

 それに応じたエキドナが並々とコップに芳醇な香り立つワインを注ぎ、うっとりとする笑みを浮かべた。まるで雲から顔を出す陽光のように柔らかく、輝かしい笑み。

 だが魔王はそれを一瞥しただけで注がれたワインに口にしようとしてモルトケに止められた。



「まぁ待て。皆、村長よりワラキア少尉が献杯を頂いた。我が大隊の役割は魔族と人の橋渡しになる事でもある。

 我らに求められているのはパルチザン掃討であるが、ひいては種族の未来を守るために結成されたと言っても過言ではない。

 我らの変わらぬ友情を願って、再度の乾杯としたい。ワラキア少尉。音頭を取れ」



 なぜ我が――? そんな疑問を浮かべつつ、彼はカップを高らかに掲げる。

 もっともモルトケも現地民との間に立ちはだかる溝を憂慮しており、

 この場でもっとも魔族よりの人物が彼が何かしらのきっかけを作るために乾杯を提案したのだ。



「では、乾杯」

「「乾杯」」


 先ほどより幾分か小さくなった乾杯の響き。それこそ三百年経っても埋まらない隔たりが有ることを士官や自警団達は身を以て知る事になった。

本日も連続更新を予定! 更新予定は二一時頃です!!



それではご意見、ご感想をお待ちしております。

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