セプリス村・2
連続更新二回目です。ご注意ください。
「あんたに言うのもお門違いなんだろうけどね、うちは軍に入って軍が守るのはいつだって国民であって、魔族じゃないって事を学んだよ。防空体制の構築だって人間が暮らす街が先で、終戦間際まで魔族の村は放っておかれたんだ。
やっぱり魔族を守ってくれる奴なんか一人も居ないんだよ。だからうちは軍を辞めてもこれは手放せなかった」
彼女は自慢げに肩に吊っていた前装銃を士官達に見せびらかす様に担ぎなおす。
それに多くの士官達が不快感を露わにひそひそと囁きだす。その中にクロダとワラキアの姿もあったのは言うまでもない。
「ねぇ、感じ悪くない?」
「仕方なかろう。お前達が魔族を蔑んできたように魔族は人間を恨んで過ごして来たんだろうよ」
「それ、どういう意味?」
「お前はつくづく――。まぁいい。我がこの地に居た頃、ラミア族はもっと南に暮らしていた。ちょうどミディスヴェルグの辺りだ」
クロダは士官学校で習った地図を記憶の海から引き揚げ、やと気づいた。
その周辺はミスリルの鉱山があり、旧魔王領を巡る第一次プルーセン=ウオニー戦争の勝利により獣人国家群から割譲された土地だ。
「つまり、ここで暮らしているラミアは強制移住されたって事?」
「さてな。だが我はこの地にラミアが住んでいるなど聞いたことが無い」
だが、少なくない確率でクロダの答えは正しいのだろうとワラキアは思っていた。
むしろ敗者から土地を奪い、支配し、隷属化させるのは戦勝国の常だ。
もしかするとこのラミアは我の事を恨んでいるのかもしれない。そう思うと彼はふっと口元を釣り上げた。
「嫌いじゃないな」
「は?」
「何でもない。それよりしかとスケッチを続けよ」
彼らは雑談を挟みながらも事前に配布された地図をマップケースから取り出し、用箋綴りを台に周辺地形のスケッチを行っていた。
それはワラキアだけではなく、モルトケ以外の誰もがその仕事に勤しんでいた。
と、言うのも士官たるもの周辺地形をつぶさに把握し、それを使った優位な作戦を立案するためだ。
軍の測量隊から緻密な白地図こそ彼らは与えられているが、そこにこの道は雨ですぐに泥濘と化して砲の運用に向かいと言ったような事は記載されていない。
そうしたちょっとした情報を地図に描き加えて野戦陣地構築のための情報を彼らは集めているのだ。
「で、あそこが村の北の集落だよ」
連れてこられたのは村の中央に建つ教会から北に進んだ所にある小高い丘であった。
その丘を隔てた集落の先には麦畑と思わしき畑があり、その先には永遠と続くような平野が広がっていた。
「ふむ。村の防備を固めるのなら、あの村の入り口あたりに野戦陣地を築きたいな」
「少佐殿。僭越ながら駅の防備も優先事項かと」
「頭が痛くなるな。分散するには戦力が足りんし、それを補う機動力も我が大隊には無いからな」
本来の任務はパルチザンの掃討であるが、それはパルチザンに襲われる友軍の救援と言う対症療法が主な作戦になる。
そもそも軍服を纏わずに民間人然としているパルチザンと普通の村人を見極める事は出来ない。出来るとすれば相手が自分に銃を向けているか、否かくらいしかない。
故に作戦はどうしても受動的に成らざるを得ないのだ。
だがその作戦の場合、パルチザンが活動せずに軍人をやり過ごす策を取られた場合、お手上げである。
もっともパルチザンとて人である限り様々な物資を浪費する。それは武器、弾薬であり、生活に欠かせない水や食料だ。
そうした物を奴らはどこで調達するか? もちろん襲った軍の物資で飢えをしのぐ事もできよう。しかしそれだけでは足りないし、収入が不安定すぎる。
だったら買うか奪うしかない。どこで? 活動拠点周辺の村に決まっている。
よってパルチザンの拠点になりうる村の防備を厳重に固めれば彼らの活動を縛る事が出来るのだ。これが陣地制圧力に秀でた銃兵の役割である。
故に第六六六執行猶予大隊をふくめた三個銃兵大隊をもって周辺の村や町へ掃討用の部隊が送り込まれ、地域として敵の行動を阻害出来る。さらに部隊の中核となっている槍騎兵大隊が銃兵に不足しがちな機動力を補う事で迅速にパルチザンの襲撃を受けた友軍の救援が行えるのだ。
が、パルチザンが黙って村に買い物に来るとは限らない。
戦線後方の二線級部隊を排除しようと――村に武力攻撃をもくろむ事もあろう。
そうなれば第六六六執行猶予大隊とて戦闘に参加しなくてはならない時もある。そうした時の機動力不足が大隊本部にとって頭痛の種であった。
「だが上がやれと言ったのだ。それを遂行するのが我らの使命。
ともかくまずは防備を固めなくては話にならんな。それが整ったら山狩りだ。大尉、何か献策はあるか?」
「はい、少佐殿。では野戦陣地の構築は村の要衝――北、南、そして駅は押さえておきたいかと」
「そうだな。特に駅は重要な軍事拠点だから重点的な防備施さねばならんか。ならばオークの第一中隊と歩兵砲中隊の二個中隊で守備をさせて、北は……」
モルトケの低い視線が彼女の後を付いてきた将校達を吟味するように動いていく。そしてそれはクロダを捉えた事で収まる。
「そうだな。北は第二中隊に任せよう。南は第三小隊だな。念のため第三小隊に大隊直轄の機関銃中隊から一個小隊を付属させれば問題あるまい。残りの機関銃中隊に通信中隊、大隊本部は村の中央にあった教会を接収してそこに布陣しよう」
その言葉にスケッチを止めて第二中隊長のミヒャエル・ボイス大尉が「大隊長殿」とエルフの大尉と話し合っていたモルトケの間に入る。
「何故、自分の部隊に機関銃小隊が付属しないのでありましょうか?」
「……欲しいのか?」
「はい、そうであります。北西部は田畑が広がっていて守備するには開けすぎていて居ます。
敵はおそらくその間隙を縫って攻撃してくるものと思いますので、我が中隊単独での防備は難しいかと。それに、こう見晴らしが良くては脱走兵の捕縛に難があります。その抑止力のためにも機関銃か、歩兵砲を一個小隊でも構わないので割いて頂けると――」
ふぅ、とモルトケは大きくため息をつく。まるで失望したと言わんばかりに。
ワラキアとクロダは「可哀想に」と上司に同情していた。そもそもの話、いくら部下がゴブリンとは言え脱走を前提に話をするのは部下からの忠誠心(有るか分からないが)を裏切っている事に等しい。
そもそもワラキアはこの配置に何を疑問視するのかさえ分からなかった。
(確かにボイスの言うとおり北西部を守備するには寡兵だが、最重要拠点と言える駅に歩兵を直接支援する歩兵砲大隊が置かれている。あれの射程は確か二キロ半ほどだったか。なら十分北西方面へ援護射撃が出来る。それに第二中隊には第三中隊と違って法兵士官が居るからな)
最近では火砲の性能向上により法兵よりも安定的な火力投射が見込める特科兵の需要が高まってきているが、それでも人形戦術兵器こと法兵の威力は変わらない。ベテラン法兵であれば一人で一個中隊分の火力を発揮するとまで言われるほどだ。
そんな人形戦術兵器の端くれたるのがエーリカ・フォン・クロダ少尉であった。
(わたしが居るから機関銃を他の部隊に回すって事だよね?
確かにこの大隊に法兵はわたししか居ないってのもあるんだろうけど、士官学校じゃ銃兵直援砲兵学だけは誰にも負けなかった。それをモルトケ教官は期待してくれているのかな? なら頑張らなきゃ)
だが悲しいかな。そのテレパスが上官に届く事は無かった。
「ボイス大尉。私はこれから部下の考課表を読み上げなくてはならないのかね?」
「は、はい、大隊長殿。しかし火力不足なのは否めません。法兵こそいますが、彼女の考課は芳しくなく――」
「このバカ者!! まさか貴様は部下と口を聞いていないのかぁ!?」
「は、はい!」
「このうつけが!!」
そうして小さい体から士官候補生達を震え上がらせた雷が落ちるのであった。
第六六六執行猶予大隊配置予定図
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