洪水作戦発令・2
本日連続更新二回目です。ご注意ください。
洪水作戦概要
北方総軍命令。
第十一槍騎兵支隊に下記の通り指示する。
一、第十一槍騎兵支隊は各管区に別れ、パルチザン掃討を実施すべし。
二、部隊展開後の指揮権は各大隊長が所管す。増援必要な時は支隊司令部の指示を仰ぐべし。
三、パルチザンの処遇に関しては逮捕後、支隊司令部に引き渡すべし。なお、逮捕が著しく困難な場合の処遇は各大隊長に一任す。
四、国際法に則り、民間人への不要な攻撃を厳に改め、専守防衛に徹すべし。
五、作戦期間は星歴一九一八年四月十八日より五月三十日までとす。以後は追って指示するものなり。
終
◇
森に囲まれた濃緑の平野に一筋の小川が流れている。その小川に沿うように広がる麦畑は今、天を突くように育つ青麦が午後の日差しを受けながら風にそよいでいた。
自然と共生する農村の一風景に囲まれた村――セプリス。
その村のすぐそばに自然を荒々しく削って作られた線路が小さく振動していた。
徐々に大きくなる震動にバラストが共鳴したようにカタカタと外界の者の到来を告げる。
遠方から汽笛が響き、それと同時に動輪を力強く回す連結棒の軋みや蒸気の漏れ出る賑やかな音かいが混ざって来る。
畑の向こう――木々の隙間から姿を現したのは黒光りする蒸気機関車であった。
蒸気の力を動力に変換した鉄の獣は黙々と排煙で空を汚しながらスピードを落として緩いカーブを曲がり、そのまま滑り込むようにその先にあるホームにたどり着いた。
だが鈍重な車体が停車しても動力車からは絶えず蒸気の漏れる音が響き、煙突からも相変わらず黒煙を吹きだしている。
と、その時、先頭の客車からコボルト族の男が飛び出し、手にしていた金色に輝く喇叭を吹き鳴らす。
するとそれにつられるように貨物車と見間違う車両に押し込められていた兵達が下士官の手によって文字通り叩きだされ、ホームに中隊毎に整列するよう怒鳴り出す。
そんな一気に賑やかになったホームを他所に先頭車両からは悠遊と士官達が下車し、自分達の隊の下に赴く。
そんな人影の中にワラキアとクロダは居た。彼らは兵隊でごった返すホームの中、自分達の小隊に赴くと小隊を取りまとめていたハフナーが背筋を伸ばし、右手の拳を側頭部に充てる共和国式の敬礼を行う。
それにワラキアとクロダが答礼すると彼女は周囲の喧噪に負けそうになりながら「第二中隊第二小隊、総員三十名、事故無し。現在総員三十名」と申告した。
「よろしい。第二小隊は別名あるまで待機せよ。その間、小隊の指揮を上級軍曹に任せる」
「はい、小隊長殿。指揮権頂きます」
再び互いに敬礼を交えてから二人が元来た道――先頭車両に向かうとそこに集まっていた大隊本部の面々がこの軍用列車を運行する鉄道連隊の将校と話し合っていた。
「――ではここまでの便乗に感謝する、少佐」
「うむ。我らはここまでしか共に出来ないが、第六六六執行猶予大隊の武運長久を祈っている。『神は我らと共に』」
「あぁ。『神は我らと共に』」
モルトケとこの列車の責任者らしい少佐との引継ぎを横目にワラキアは自身の上官であるミヒャエル・ボイス大尉の下に行き、第二小隊の点呼が完了した事を報告する。
「中隊長殿。第二小隊総員三十名事故無し」
「うむ」
それだけで彼の下から離れても良いだろうと思ったワラキアは敬礼をして踵を返そうとするが、その直前にボイスに呼び止められた。
「待て、ワラキア少尉」
「はい、なんでしょうか?」
「貴様、この作戦中、絶対に余計な事を言うな。絶対だぞ」
「失礼ながら大尉殿。余計な事とは一体どのような事でありましょうか?」
「必要以外に喋るなと言う事だ! 分かったか!?」
なぜそんな不毛な命令を――。
理不尽な命令に彼は目を細めるが、それを威嚇と受け取ったボイスは早口に「貴様は口を開けば問題発言をする」と焦ったように言い放つ。
「い、いいか? 作戦会議の時のような事だけは二度とするな。しないと誓うのであれば先の言葉を取り消すが――」
どうだ? と言われるもワラキアとしては何を言っているのかとしか思えなかった。
それに言っている事が先ほどとまったく違うし、どうして自分からそんな譲歩を見せるのかワラキアには謎であった。
「中隊長殿、言っている意味が理解しかねます」
「だから――! 変に意見具申をするな。オレの立場と言う物がある。そう、お前の言葉を庇いきれない事もあるから、その、あれだ。変な事を言うな、と言う事が言いたいんだ」
「はぁ……。善処致します」
要領をえん奴だ。これが上官で大丈夫か?
そんな疑念を抱いていると「第三小隊点呼完了! 総員二十八名事故無し」と別の小隊長がやって来て己の仕事を果たす。
するとボイスはワラキアとの話は終わりだと言わんばかりに背を向け別の任務に励みだした。
もっともそこで新しい命令を受けなくては行動も出来ないので無視されようとワラキアは黙ってボイスの仕事ぶりを拝見する事にした。
するとホームの外からやってくる人影に気づいた。
(あれは――。ラミア族か)
ズリズリと蛇のような胴がコンクリート打ちされたホームを這う。だがその上半身のすらりとした美しさを持つ人間族の女性――人蛇混同の魔族であるラミア族だ。
歳は二十も半ばほど。女として熟し、非常に甘美な肢体を有しているが、それは上半身だけ。
下半身は灰色がかった緑色の鱗に覆われ、その長さとて優に四、五メートルは越えようとしていた。
その上、起伏の激しい上半身を地味なブラウスに野暮ったいウールのジャケットに包むという色気の欠片も無い出で立ちと非常に勿体ないコーディネートであった。
その彼女に付き従うように二人のラミアもホームに現れ、珍しい種族の登場に点呼を取っていた兵達の視線が釘付けになる。
もっともワラキアもラミアをガン見していたが、それは彼女の肩に革のスリングで吊られた前装銃に注がれていた。
そして先頭を行くラミアの女性が腰まで届きそうな金の髪をかき上げ、軍人と見間違う綺麗な姿勢でモルトケと相対した。
「お初にお目にかかる。第六六六執行猶予大隊大隊長のヘルムート・フォン・モルトケ少佐である」
「こちらこそ初めまして。セプリス村の村長をしておりますエキドナと申します」
「エキドナ村長。事前通告通り我が大隊が当戦区においてパルチザン掃討作戦を実施する間、セプリス村にしばらく厄介になる」
「はい、御国のお役に立てる事を光栄に思えます」
花が咲くように優しい笑みを湛えるラミアに兵達から溜息が漏れる。なんと言っても女性軍人よりも男性軍人が多いのだから致し方ない事だが、モルトケは「貴様等! さっさと点呼をせんかッ! このバカ者!!」といつもの調子で兵を怒鳴るのであった。
ちょっとお話が短くてすいません。
また、作者の手違いにより感想欄がなろうユーザーしか感想が書けこめなかったのを修正しました。
また、異世界転移のガイドラインに基づき、主人公が異世界生まれのため異世界転移タグを外しました。
それではご意見、ご感想をお待ちしております。




