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洪水作戦発令・1

「下らん」



 その憤りの先には今夜の祝杯を賭けて呑気に射撃練習に勤しむゴブリン達が映っていた。



「これでは無理だな。役に立たん」

「はい、小隊長殿。それは訓練期間が短すぎるからであります」



 ワラキアに「五日とか無理」と言う視線を投げ飛ばすハフナー。もっとも軍隊とは『無理』と言う言葉を言わせない組織であり、それを許してしまえばあらゆる命令に『無理』を突き立てて拒否が起こってしまう。

 しかしハフナーはあえて『無理』を口に(婉曲的だが)する事で自分を罰するであろう小隊長の反応を見ようとしていた。

 ここで自分の無能を責めるのなら通常の新米士官。ここで自分に逆らった事を責めるのならそれは魔王、もしくはお貴族様士官――所謂無能。

 その二つのうち前者なら実地での経験を積む事で成長する事が期待できるが、支配者として生まれ育って来た後者ではその原因が経験ではなく出自にあるから矯正が非常に難しい。もしくは不可能だ。

 故に彼女はここでワラキアと言う上官がどちらなのか知りたかった。もっとも両方を兼ねる目も当てられない者の可能性もあるが。



「その通りだ。訓練期間があまりに短い。こんな一般人に毛の生えた程度の連中が人を殺す覚悟を決めた連中と戦をするなど出来るわけが無い」



 肯定であった。ハフナーの予想を裏切ってそれは彼女の意見に同意してしまった。もしかして今まで出会って来た上官とはまったく別の人種なのではと言う思いさえ湧いて来る。



「怒らないんだね、ブラド……」

「怒る以前の問題だ。こんな事、三百年前でも常識だ」



 ワラキアが知る戦とは常に貴族が先頭に立ち、傭兵を交えた戦いの事だ。もちろん農奴を徴兵して兵団を作った事もあるが、総じて士気や錬度の低い者ばかりでゴブリン並みに使い勝手が悪かった。

 その差とは常に武芸の稽古を積む貴族やそれを生業とする傭兵と違ってその訓練を受けていない弱者こそが農奴であったからだ。


 故に高貴な者は戦争に参加する義務がある。

 そんな時代に生きたワラキアから見れば民衆を主として戦争をするなど狂気の沙汰だった。士官学校でそんな弱兵で戦が出来るかと講義中に怒鳴ってモルトケにキッチリ絞られた事も一度ではない。



「だから献策を述べたと言うのに……」

「作戦会議で何があったのよ」

「パルチザン掃討をすると言うので如何にパルチザン軍団を殲滅すべきか献策したのだ」



 クロダは嫌な予感を覚えつつ「どんな作戦?」と聞いた。



「パルチザンとは民に紛れた抵抗勢力の事であろう。ならば見せしめに数人串刺しの刑に処すか村を燃やして見せしめにする。さすれば戦意を砕かれて大人しくなるし、錬度の足りない我々でも十分作戦を遂行できると言ったのだ」

「うわ……。魔王こわ。なんでそんな事を真顔で言えるの?」



 さすがの魔王発言に当代の勇者はドン引きである。もちろんその策を話されたモルトケは今までの教育は全て無駄であったと嘆くほどであった。



「小隊長殿、よろしくありますか?」

「どうした」

「僭越ながら申し上げますが、そのような事をしてはいよいよパルチザンの敵愾心を煽るばかりかと」

「それがどうした? 短期間の安定した統治をもたらすには恐怖しか有りえんだろう。兵力の違いを見せれば一揆は消沈するものだぞ」

「はい、小隊長殿。少々話が変わるのですが、戦地にて気に喰わない上官を部下が戦闘に紛れて射殺するような例もあります。

 いくら軍規厳正な我が軍でもそうした事故(・・)は起こります。なんと言いますか、銃は安易に支配を覆す道具に成りえます」



 ふむ、と魔王は顎に手を当てて思案する。

 確かに己を封印するためにも銃は使われていた。それから爆発的に銃は普及し、今では戦場に無くてはならないアイテムへと昇華した。

 そしてその便利なアイテムは軍だけではなく民さえも所持しているのだから無茶な占領政策に反発した民が自分達に銃を向けて来る事も十分ありうる。

 だが農民などが持つ銃など高が知れている。銃を用いた一揆を防ぐためにも正規軍からの払い下げ品――中古や性能の劣るものしか市場に出回っていないはずだ。ならそれよりも高性能な軍用銃を持つ自分達の優位性は変わらない――。そうか、モルトケの言っていたお節介な隣人(・・)と言う者が武器をパルチザンに流しているのであったな。

 やっとモルトケの言っていた意味が分かり出した魔王は小さく溜息をつく。



「なんとも面倒な時代になったものか。あの頃は余程単純であったのだな」



 彼の生きた時代では農奴――民衆に力など無く、ただ貴族に支配されるだけであった。

 今の時代では民さえも銃を手にすれば貴族を殺す兵に成し得てしまう。

 厄介だ。厄介この上ない。もっともその簡易な暴力装置のおかげで彼が封印された後、王国は民主革命によって共和国へと名を変えた歴史がある。



「つまりどうしても真っ向からパルチザンと戦わねばならぬと言う事か。そして尚且つ民を殺してはならない、か。やはり分が悪いな」

「ねぇブラド。そんな事も分からないから教官殿から『バカ者!』って怒られるんだよ」

「あぁ、分からぬ。この時代の事はまだ分からぬ事ばかりよ」



 だが魔王はどこか楽しそうにそう言った。自分の常識が打ち砕かれると言うのに彼はその変革を受け入れ、楽しんでいた。



「戦争は変わった」



 魔王の赤い瞳が怪しく輝き、まるで吸い込まれるような錯覚を二人は覚えた。ハフナーは魔王に魅入られたかと思うほどそれは妖艶であった。



「だが兵を鍛えるのに五日は短いと言う事は変わらぬな」

「は、はい、小隊長殿」

「基礎だけでも叩き込んでおいてくれ。それと無理をするのだから褒美を出そう。後でクロダに酒保で何かを買わせておく」

「え? わたし?」



 わたわたと抗弁する勇者に魔王は無関心そうにそのやりとりを受け流す。

 なんとも不思議な上官だ。こんな種類は初めてだとハフナーは戸惑いを浮かべつつ「了解しました」と右手の握り拳を側頭部に充てる敬礼を行って応えた。

 命令されたのなら仕方がない。どんな横暴も命令の下に遂行するのが軍隊なのだから。



「それでは小隊長殿、少尉殿。あたしは訓練に――」



 と、今度はハフナーの方が早く母屋から出て来る人影を察知できた。あれは――第二中隊の中隊長ミヒャエル・ボイス大尉か。

 エルフと言う種は視力に優れ、索敵能力に長けている。その血を半分流す彼女にもそれは同じ事を言えた。



(あれ、どう見ても不機嫌だな)



 こちらを睨んでくる中肉中背の人間族の姿にこれは不味いなと警笛が鳴る。もっともどうする事も出来ないのだが。



「どうした? あぁ、ボイスか。我の後にモルトケから呼び出しを受けていたが、もう終わったのか」

「え? ボイス大尉も? あ、分かった。モルトケ教官の事だから連帯責任とかそういうのでボイス大尉も怒られたんでしょ」

「察しが良いな」

「怒られたばかりなのにどうしてそんなに堂々としていられるの? それよりボイス大尉に誤って来たら?」

「何故だ? 我は上官に意見具申をし、それが気に入らないと怒鳴られただけだぞ」



 いや、それを直接の上官であるボイスではなく直接モルトケに行ってしまったのが不味かったのかと遅まきながらにワラキアは理解した。



「あ、どっか行っちゃう」

「何がしたかったのだ?」



 文句があるのなら言いに来れば良いだろうに、そんな呟きにハフナーは眩暈を覚えた。



「あの、失礼ながら小隊長殿」

「なんだ?」

「恐らく中隊長殿はご立腹であられたのかと。失礼を承知で言えば大隊長殿に小隊長殿が御呼び出しされた件に関しまして中隊長殿は問責されていたはず」

「だろうな」

「……。蛇足ではありますが、中隊長殿はどうもこの部隊に左遷されて来られたようで」



 「左遷?」とクロダが反応する。確かに自分達の上官であるボイスは決して出来た人物とは言い切れない節のある男であった。

 そう言うのもいつも中隊長室に籠りっぱなしで部下との会話も必要最低限しか行わない。その理由が亜人嫌いと来たものだから部下達もそんな上官を快く思うはずがない。



「なんでも前任の中隊で夜間に部下が野外でタバコをふかしていたらしんです。で、タバコが燃える光を夜間偵察中のエリュシオン爆撃騎に見られて爆弾をお見舞いされたとか。

 それで中隊長であったボイス大尉殿は部下の監督責任を問われて軍事法廷かここへの転属かの二択を選ばされたとか」



 部下の不始末により第六六六執行猶予大隊のようなプロパガンダ部隊に飛ばされてしまった悲哀ある事件にワラキアとクロダは眉を潜めた。

 もっとも軍規で夜間の喫煙を禁ずる物は無いのだが、前線付近の部隊には敵に気づかれないようにするため夜間の灯火管制は徹底されるべきものだ。そんな常識さえ無いのか、あの人……。と言うように士官の二人は頭を痛めるのであった。

 それから五日後、ノルテ自治区後方地域安定化作戦――大洪水(ポートプ)作戦が発令された。

本日も連続更新を予定しております。更新予定は二一時頃! よろしくお願いします。



またご意見、ご感想をお待ちしております。

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