作戦発令・2
連続更新二回目ですのでご注意ください。
大隊本部の置かれた母屋から南に二百メートル。そこは元耕地に土嚢を盛って弾止めとした野外射撃場であった。
「良いか。無駄弾を許すほど共和国の台所事情はよろしくない。お前達が何気なく撃つ弾一発一発が国民の血税によって作られているんだ。一撃必殺の精神を忘れるな。よく狙って撃て」
銃声に負けそうな声で兵達を鼓舞するのは小隊先任下士官のシャルロット・ハフナー上級軍曹だ。
彼女は寝転がって射撃をする部下のゴブリン達の背後を歩いてはその射撃姿勢を一人一人チェックしていく。
「ボレスワフ上等兵、調子が良いようだな。今日の成績は久々に第三分隊が優勝か?」
「はい、上級軍曹殿! 他の分隊に負けはしません!」
「上級軍曹殿! 我らが分隊もまだ負けておりません!」
「相変わらずダヴィド上等兵もギャアギャアと威勢が良いな。だが他の分隊も気を抜くな。最下位の分隊は少ない給料から優勝分隊に酒を奢るんだからな」
それに応えるように射座に付く兵達がいつになく真剣にツンナール銃のサイトを覗きこむ。
その様子を観察していたクロダが苦笑いを浮かべながらよくやるなぁと感心していた。
「どうでしょうか少尉殿」
「うーん。ハフナーさんは知っているんだろうけど、分隊毎での競合は――」
「はい、少尉殿。原則禁じられております」
小隊内に不和を生む恐れがあるため分隊毎での競合は小隊長の許可が居る。そのような軍規がプルーセン軍にはあるのだが、もちろんワラキアはこの訓練内容を感知していない。
だが彼は訓練内容について先任下士官の好きにして良いと放任していた。
それはこの時代の軍に身を置いて日の浅いブラドが訓練計画を立てるより軍隊の全てを知り尽くしたベテランの先任下士官に任した方が効率的と判断したからだ。
そのためハフナーはいつになくのびのびと兵達をしごく事が出来た。
「あたしは小隊長殿より訓練について一任されているので競合行為の実施に関してもその許可を取り付けたものだと考えております」
「確かにブラドはハフナーさんに訓練を丸投げしてるけど……」
だからと言って堂々とルールを破って良いと言う事は無い。行うのなら小隊長であるワラキアに正式な申請書を提出するべきなのだ。
もっともクロダの知る魔王であれば二つ返事で競合を認めるであろうと彼女は思っていた。
「でもゴブリンがこう、従順に訓練をしているのはやっぱり奇妙ね」
「やり方次第であります。奴らは強欲ですので目の前に処女を置かれたユニコーンのように結果が見えているので、むしろ分かりやすくて助かります」
「それでも決まり事を破るゴブリンは出るんじゃない? 最下位になってもお金を出さないような」
「その時は先任下士官の出番であります」
意味深に微笑むハーフエルフにクロダは黒い物を感じた。
だが締めるべきを締め、緩めるべきを緩めるというのは良いやり方だと感心していた。
もっとも本来の軍隊の訓練とは基本的に兵をどれだけ締め上げられるかと言う点に重きを置かれていた。
その理由は緊張状態に常に身を置くことで戦場での困難な状況に対処できる強い精神力をつけさせるためだ。更に戦場に於ける上官の命令を反射的に実行できるようにするためと言う意図もあり、訓練は厳しく、失敗すれば鉄拳制裁が飛ぶのが常識であった。
「甘いとか言われない?」
「はい、少尉殿。その通りであります。下士官室でよく言われます。確かに従来のやり方でも問題ありませんが、奴らは暴力的に訴えるよりも利を使った方がよく従います。それに鉄拳制裁と言うのは手が痛くなるのであまり好きではありません」
その細い声にどこかで聞いた事があるフレーズが混じっている事にクロダは微苦笑を浮かべた。その意図を察しきれないハフナーは軟弱な下士官と思われたかな? と叱咤を覚悟する。だがクロダはそのような事など微塵も思っておらず、黙った先任下士官が何か言いたい事でもあるのかと彼女も沈黙を返した。
そんな妙な沈黙が広がりかけた瞬間、クロダは背後からの気配を感じて振り向く。すると母屋から作戦会議に出席していた魔王が出て来るところだった。
クロダはその魔王が心なしか会議前よりも気怠そうな足取りである事に気づいた。きっと会議で何かやらかして教官に怒られたのだろうとあたりをつけ、ざまぁ見ろと口元を綻ばした。
「――少尉殿、何か? あぁ、小隊長殿ですか。エルフでもやっと判別できるほどなのによく気づかれましたね」
「こういう感だけは冴えてて」
そして二人は近づいて来る魔王が気怠さだけでなく怒気を含んでいる事を感じた時、二人は逃げる間を失っていた。そして階級からワラキアに語り掛けられるのは、クロダしかいなかった。
「ぶ、ブラド? 作戦会議はどうだったの?」
「五日後に出立する。後で詳細を話す。上級軍曹、あと五日で兵を仕上げられるか?」
「はい、いいえ小隊長殿。訓練期間があまりに短いです。せめて新兵訓練にあと一ヶ月ほど時間がかかります」
「それを承知で言っている」
結成されて十日あまりの部隊は元々、特務大隊と呼ばれ、戦闘に従事してきた。だがその損耗はひどく、戦線を離れた時点で定員の六割が損耗していた。
そのためそれを埋めるように各部隊に散らばっていた魔族や亜人をかき集め、その上で新兵を放り込んで作られたのが第六六六執行猶予大隊だ。
もっともワラキアの指揮する第二中隊第二小隊は再編前で定数の半数以上が戦死してしまっており、ほぼ新兵のゴブリンを投げ込まれて作られた関係上、錬度が明らかに低い。
「小隊長殿、通常の新兵訓練でも半年かかるのを一月でやらせるつもりで訓練計画を立てたのですが」
「上は五日後に出立と言っている。どうもパルチザンの掃討――非正規軍が相手だから問題ないと思い込んでいる」
第六六六執行猶予大隊の初陣がパルチザン掃討と言うのは相手がいくら正規軍並の装備をしていてもそれを扱う者の技術が正規軍並では無いからだ。
つまり弱い兵でもそれより弱い――民間人に毛が生えた程度のパルチザンと戦う事で勝利を得てそれを喧伝したいと言う思惑もある。
「下らん」
その憤りの先には今夜の祝杯を賭けて呑気に射撃練習に勤しむゴブリン達が映っていた。
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