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作戦発令・1

「三百年前に人を信じる愚かさを学んだだけだ。どれほど友と思っていても、どれほど忠誠を持っても裏切られる時は裏切られる。故に我は誰も信じない。それだけだ」



 そんな寂しげな言葉にクロダは言いようの無い距離感を感じていた。

 だがそんな日々も飛ぶように過ぎ去って十日。

 駐屯地となっている農場の母屋。そこには第六六六執行猶予大隊の大隊本部が置かれ、居間であったそこには大机が運び込まれてその周囲に各中隊長やその隷下の小隊長達が集まっていた。



「では定刻となったので作戦説明を始める」



 そう宣言をしたのは大隊副官を勤める優男のエルフの大尉であり、ひそひそと机に置かれた資料を読んでいた士官達が私語を止める。それを見計らうように上座に座るホビットのモルトケ少佐が椅子の上に立ち、一同を見渡した。



「大隊が結成されて今日で十一日。訓練ばかりで飽きて来たであろう諸君に朗報だ。いよいよ我らの実力を敵に見せつける日がやってきた」



 どこか楽しそうに話す小さな上官を前に士官達の多くが生唾を飲み下す。

 第六六六執行猶予大隊の士官は誰もが脛に傷のある者ばかりであり、ここで戦功を立てて原隊に復帰したいと思う者や、どんな厄介な仕事がやって来るのかと悲観するものと二分に分かれてしまう。

 しかしただ一人魔王だけは静かに教官の言葉を待っていた


「大尉。説明を」

「ハッ。それでは大隊長殿に代わり作戦の概要を説明する。北方総軍司令部より戦線後方における治安維持任務に出動するよう命令が下された」



 本来の部隊であれば北方総軍の下にノイエベルク以北のセプテントリオ戦区を担当する北方第一軍、以南のミディアム戦区を担当する北方第二軍に別れ、その下に師団が属する形になっているのだが、第六六六執行猶予大隊は直接北方総軍の指揮下に置かれており、命令も北方総軍から直接伝達される。

 これは第六六六執行猶予大隊がプロパガンダ――政治的部隊であり、一般部隊とこれを区別するためにより上位の命令系統下に置かれていたのだ。



「昨今、ノルテ自治区独立派魔族が我が軍の兵站線を脅かしている。

 この独立派魔族――パルチザンを掃討し、補給線の安全を確保しなければならない。

 なお、本作戦に動員される兵力は我ら第六六六執行猶予大隊を含め銃兵三個大隊及び第十一槍騎兵大隊が事にあたる。

 また、これらの部隊を所管する臨時編成部隊として第十一槍騎兵支隊が置かれ、この支隊司令部は第十一槍騎兵大隊の大隊本部を支隊司令部に昇格させる事に成っている。よって我らは同大隊の指揮下に編入される」



 プルーセン軍において支隊とは一時的に本来の指揮系統から独立して特別作戦に従事する部隊の事である。その作戦の性質上、銃兵だけではなく騎兵や法兵、工兵等様々な兵科の大隊を組み合わせる一兵科では対応しきれない状態を打開し、作戦遂行能力と戦闘力を底上げする事が出来るのだ。


 今回の作戦で言えば村人に紛れて破壊工作を行うパルチザンの掃討であり、いつ、どこに出没するか分からないパルチザンを狩るために機動力と偵察力に長ける槍騎兵とパルチザンの暮らす拠点――陣地制圧に不可欠な銃兵の組み合わせる事で機動力と陣地制圧能力を最大限発揮できる編制となている。


 もっともこの作戦は魔族融和のために作られた第六六六執行猶予大隊の存在をアピールするための作戦と言う向きもあり、本来であれば支隊司令部はこの大隊になるはずだったが、結成して十日しか経たない部隊では能力に疑問がある事から第十一槍騎兵大隊にその任を譲ったのだ。



「なお、本作戦の成否は夏季総反攻に向けて物資の備蓄を始めた各部隊にとって死活問題となりえる。つまり作戦の失敗は総反攻の失敗に直結するものと思え」



 エルフの大尉の言が終わるや、椅子の上に立っていたモルトケは言葉を引き継ぐ。



「優秀な副官のおかげで説明の手間が省けた。詳細に関しては貴様等の手元にある資料に書かれているが、我らの担当区はノイエベルクから北におよそ三十キロの地にあるセプリス村を中心にパルチザンの掃討を行う。

 多くは歴戦を潜り抜けて来た猛者である貴様等に今更言う言葉では無いが、パルチザンはお節介な隣人(・・)のせいで正規軍並の装備をしているそうだ。雑多な小火器と侮って初陣に泥を塗らぬように。

 あぁそうだ。今回の作戦だが、政府(うえ)の意向で我が隊に文屋が付いて来る事になった。

 風当りの強い連中が集まっている我が大隊にとって非常に厄介な連中だ」



 彼女の言葉にある者は苦笑をし、ある者は面白くなさそうに口を曲げて応じる。

 この部隊の多くは脛に傷のある者ばかりであり、何らかの負い目を持っている。だから世間の目が入って来るのが気に喰わないのだ。



「検閲が入るとはいえ人の口には戸が立てられない。部下の不祥事は上官の不徳の致すものだ。

 なお、我が大隊の不名誉な記事が世に出回った場合、その元となった中隊長を生かしておくつもりはない。魔族共の手綱を今一度締めなおしておけ!」



 もっとも指揮官達が恐れるのは魔族の暴走である。魔族が従軍すると言うのはこの戦争が初ではないが、それ以前に組織された魔族部隊と言うのはまさに厄介者以外の何物でも無かった。

 士気は低い。命令違反はする。略奪も強姦も行う。

 はっきり言えば兵役不適格者が多かった。軍とてはそうした綻びが全軍に伝染する事を恐れ、その解決策としてこの戦争では潜在的な厄介者を隔離して共和国軍を保全するために特務大隊を創設したのだ。

 それを母体にしている第六六六執行猶予大隊が同じ轍を踏まないはずがない。そうした危惧を大隊本部は抱いていた。



「では質問は?」

「我から」



 挙手をしたのはこの大隊の中枢とも言えるワラキアであった。

 だがモルトケが暗に質問を投げかけた相手は部隊統率の根幹たる中隊長達である。そもそも作戦伝達は軍隊らしい上意下達が基本であり、中隊長は小隊長に、大隊長は中隊長にと言う具合に間違いを許されない伝言ゲームよろしく命令と言うのは伝達される。

 そのため本来ならこの場に呼ばれる指揮官とは中隊長達だけであり、小隊指揮官は呼ばれる事は無い。しかし文屋が来るから部隊の規律を厳しくするようにと言う一言を直接伝えたいがために出席させていたのだ。

 故に空気を読まずに挙手するワラキアにエルフの大尉は頭を押さえた。まるで「これだから若い士官は――」と言うように。

 だが少尉に発言権は無いなどはいっさい言われておらず、彼の発言を拒否する事は出来なかった。



「ワラキア少尉、発言を許可する」

「パルチザンとは民衆に紛れて行動する破壊工作員であると記憶しておる――いますが、そのような連中にどう決戦を強いるのでしょうか?」



 その言葉にモルトケは思考が一度だけ途切れる。こいつ、なんと言った? 決戦? 隣に控える副官に目配せすると彼はそれを汲んで咳払いをした。



「少尉、君はいささか勘違いをしている。我らが行うのは受動的防御だ。敵は軍服を着ておらず、民衆に紛れ込まれたら見分けがつかない。

 よってパルチザンが我が軍の兵站部隊を攻撃した所を現行犯で攻撃し、殲滅させる。だから積極作戦は用いない」

「だが作戦書には本作戦の作戦実施期間と言う物が設けられている。それを達成するには能動的な攻撃が――」



 エルフの大尉の言葉にワラキアはさらに眉を潜める。

 そもそも彼は作戦書には作戦の実施期間が書かれているのだからその期日までに作戦を完了せねばならないと考えていた。

 だがエルフの大尉の言葉では敵が動かなければただの遠足になってしまう恐れがあった。

 それを指摘したのだが、エルフの大尉にしろモルトケにしろこのパルチザンの掃討はただの名目であり、その内実は魔族と人との共闘を文屋に取材させるというプロパガンダ目的の作戦である事を理解していた。


 だがそれを無視するワラキアの発言にいきなりエルフの大尉が怒気を露わにした。



「口を慎め! 少尉風情が!!」



 物事を分かって居ない新人が口を出すなとエルフの大尉が怒鳴りつける。もっとも彼がこの部隊に送り込まれたと理由はエルフであった事とその性格にあった。

 謂わば彼は短気であり、指揮能力に疑問ありと考課表に書かた事さえある。そんな厄介者が集められた第六六六執行猶予大隊において魔王は足と腕を組み、見下す様に息を吐き出した。



「……弱い犬ほど吠えると言うが、エルフもそうなのか?」

「貴様! 軍法会議にぶち込んでやろうかッ!!」



 大尉の形相が怒りに染まり、手近に置かれていたインク壺に手が伸びるが、その前にモルトケの軍靴がテーブルを叩いた。

 その衝撃にインク壺は転倒し、周囲に漆黒の液体が流れ出す。だが彼女はそれを無視してテーブルの上をコツコツと歩き出す。



「私は言ったはずだ。部下の不祥事は上官の不徳の致すところだ、と」



 そして立ち止まったのはワラキアの隣――中年の人間族であるミヒャエル・ボイス大尉の眼前であった。

 彼女のブーツは彼の前に用意された作戦書を踏みしめ、非常に冷たい瞳でボイスを射抜いた。ブラドはその目を知っている。よく彼女の逆鱗に触れていたからだ。



「ボイス大尉。貴様、何故ワラキア少尉を制止しない?」

「は、はい。少佐殿。それは――。その――」

「バカ者!! 返答が遅い! 士官学校の生徒でももっと早く答えられるぞ!!」

「も、申し訳ありません!」

「私の嫌いなものは愛する共和国に巣食う無能な士官だ。士官たるもの常に考え続けなければならない。それを放棄した者など虫唾が走る。生きている価値も無い」

「申し訳ありません――!」



 あ、この平謝りはモルトケ教官の一番嫌いなやり取りだ。ワラキアは己が上司の不運を嘆いていた。もっともその遠因となったのは彼なのだが――。



「貴様、共和国士官のくせに謝る以外に出来る事はないのかぁ?」

「し、小官の監督不行き届きにより、ワラキア少尉の発言を止める事が出来ず、申し訳なく思っております」

「後で大隊長室に来い、この愚か者。そしてワラキア。貴様は貴様でいつまで魔王様気取りなのかぁ?」

「はい、大隊長殿。以後気をつけます」

「貴様ぁ。士官学校でもそうであったが、自分が貴族様か何かと勘違いしているように思える」



 もっともブラド・ワラキアは魔王化するまでは王国貴族――それも公爵であったが……。



「このバカ者!! 以後気をつけるだぁ? その発言もその度に聞いたぞ。貴様も大隊長室に来い。分かったな?」

「はい、大隊長殿。ブラド・ワラキア少尉、後程大隊長室に出頭致します」



 誰もが呼吸をする事も忘れて事の成り行きを見守っていたが、モルトケが椅子に向けて踵を返した事によってようやく緊張の糸が緩んだ。

 もっとも誰もがホビット族とは内向的であり、農耕とタバコを愛し、争いを好まない種族と思っていたが、誰もがその認識を改めた。

 そもそも自分達の上司はあの小さい身体のどこにこれほどのエネルギーを蓄えているのか不思議にさえ思っていた。

本日も連続更新を予定しておりますのでご注意ください。

次の更新は二一時頃を予定しています。



それではご意見、ご感想をお待ちしております。

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