その二
「なんであんたがここにいるのよ!」
立ち入り禁止の屋上にて。田中利香は大層驚いた様子で声を荒げる。
「透から聞いてきた」
「そうじゃなくて、どうやってここに入って来たのかって聞いてるの! 鍵かかかってたはずでしょ?」
「あぁ、あの扉か。ドアノブ回したら開いたぞ」
「なんでよっ‼」
ちなみに田中利香たちは普段扉の横にある窓から侵入している。高い位置にあるため、かなりの重労働を要するのである。それが今、徒労へと成り変わった。
「それより臨時のミーティングをすることになった。すぐに二年一組に来てくれ。剛田久美は、……一緒じゃないのか?」
智之がその名を口にすると、田中利香はすかさず背後の人影を隠し口を開く。
「あぁあ、あの子なら確か休みだったと思うわよ?」
「そうか、道理で見当たらなかったわけだな。さ、行こう」
「へ? ど、どこへ?」
「何を言っているんだ。さっき臨時のミーティングがあるといっただろう」
「あ、あぁあっ! そ、そう言えばそうだったわね。あはは……さ、先行ってて」
「どうした、顔色が悪いな」
「え、そう? ぜぇーんぜん、元気だけど……」
言いながら、田中利香はクロールともストレッチともつかない謎の体操をする。
「そうか? ……まぁいい、それじゃあ先に行っているぞ。なるべく早く来てくれ」
「あ、あぁ、うん。すぐ行く――――」
智之が扉の向こうへ消えて行ったのを見届けると、田中利香は安堵の溜め息をついた。
「もう、行きましたか?」
背中からおどおどおした可愛げな声がする。
「えぇ、もう隠れてなくて大丈夫よ」
「ふぅ。心臓が止まるかと思いました」
田中利香の背からすっと離れ、剛田久美は小さく安堵の息を吐く。そんな何気ない仕草でさえ今は愛らしい。特に一挙手一投足ごとに揺れ動く二つ結びの毛先と胸元に、田中利香は忌々しげに唇を噛む。
「あれは脂肪、あれは脂肪。……それと急に痩せたから皮が余っただけよ」
「利香さん、どうかしたんですか?」
俯いてぼそぼそと呪詛のように何かを呟く田中利香に、剛田久美は首を傾げる。そのせいで肩から流れ落ちた艶やかな毛先が利香の視界に入り、より現実を突きつけることになっているとも気付かずに。




