その一
第三章 「尾張高校ダンス部」
――――踊らないダンス部など存在しない。
なぜなら、踊る気のないダンス部など、ダンス部ではないからだ。というのはダンス部部長、道祖優花の格言である。
が、踊れないダンス部なら存在した。過去形になっている時点でもうお気付きだろうとは思うが、その部員は現在帰宅部であり、放課後の始まりから終わりである午後五時の、五分前の間、南館四階で起こるポルターガイストや立ち入り禁止のはずの屋上から響く足音等の怪奇現象の数々は、全てこの元ダンス部部員が原因である。だがその事実を知る者は、あまりいない。
*
「――――ねぇ。なんか最近、剛田久美? ……って人が、問題になってるんだって?」
放課後。二年一組教室にて、智之の前の席の机でふんぞり返るこの少女は、無論田中利香である。――――龍ヶ崎雅人による火災騒動が成りを潜めたその日から、彼女は帰宅部の抱える次なる問題を嗅ぎ回っていたのだ。そして今日、見つけた。……見つけてしまった。
「さ、さぁ、知らないなぁ。ていうか、その人って確か、ダンス部じゃなかったっけ?」
透は額に嫌な汗を掻きながら身を引く。というのも透は前回のあれこれによってお小遣い(電車賃が思いの他高かった)やクラスメイトの信用(竜ケ崎の中二病仲間だと思われた)を失い、辟易していた。というかうんざりしていた。ので、もう二度とやらないと先日決意したばかりなのである。が、
「いや、ついこの前辞めてうちに入ってきた」
智之の知ったことではない。
「そう。――――なら、あたしたちの出番ね」
とにもかくにも時既に遅し。智之の声を聞いた田中利香は、汗ばんだ口元を下衆に歪める。その時だった。教室の扉がそろそろと開き、野太い声が響いたのは。
「あぁ、あの、相談があるんですが……」
「剛田さん、その……また太りました?」
「暑さで膨張してるだけっ!!」
洋梨にツインテールを生やしたような女子生徒が声を荒げる。ちなみに智之達の教室、二年一組は現在少々肌寒いくらい冷房がきいている。
「現在室温、二十五度なんですけど……」
透がエアコンのリモコンを片手にそれを伝える。
「えっ、そんなにぃ!? 通りで熱いと思った! 四捨五入したら三十度じゃない!!」
普通室温は一桁台で四捨五入したりしない。
「……そっすね」
「――――それで、悩みってなんですか?」
せっかちな田中利香が急かすように尋ねる。
「その……痩せたいんです。私」
――――自覚あったんだ。
声にこそ出さなかったが、その場の全員がそう思った。