表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
尾張帰宅部部長旭智之  作者: 全州明
第二章 「尾張高校黒魔術同好会」
15/30

その七

 夕闇の彼方から迷い込んだ暗黒雲が、教室を異界に変えた。微動だにしない二人の間に、かつてないほどの殺気と異形の混沌が漂い始める。

「ほぉ。……お前も結界が張れるのか、面白い。――――出でよっ! 現実逃避(リアル・エスケープ)!!」

 竜ヶ崎雅人(ダーク・エンペラー)が呪文を唱えると、四本の鉤爪を携えた魔器が顕現する。

「右腕っ!!」

 それは魔法陣や包帯のある左腕ではなく、パーカーの右袖と結合した。

「驚いたか。この魔法陣や包帯は、魔器を強化するためのものではないのだ!!」

「なんだとっ!? ……だがこちらの部器に敵うかな? 帰宅命令(ゴーホーム・ソード)!!」

 智之が振るった左腕から漆黒の砂嵐が巻き起こったかと思うと、砂塵(さじん)が凝縮して細身の大剣が現れた。尚も晴れない砂嵐が、竜ヶ崎雅人を苦しめる。

「くっ! ……何と言う部力。黒魔術防壁(マッドネス・ウォール)!!」

 怪しげに光る防護壁が竜ヶ崎を囲むようにして展開され、砂嵐は分断される。

「帰宅帰路(ゴ―ホーム・スラッシュ)!!」

 帰宅命令(ゴーホーム・ソード)が横なぎに振るわれ、竜ヶ崎雅人はそれを上体を反らすことですれすれで躱す。直後にその鼻先で嘲笑うかのように漆黒の砂塵が(ほとばし)った。

「ぐぁっ!!」

 さすがに体勢を崩し仰向けに倒れ込む竜ヶ崎雅人。しかしすぐに立て直し、智之に向けて現実逃避(リアル・エスケープ)を突き出し飛びかかった。

「隠居暮らし(リアル・ハイド)!!」

 智之はそれを即座に切りつける。しかし空を切るように手ごたえが無かった。

「かかったな」

 斜めに両断されたままの竜ヶ崎が喋る。その声は、智之の前後双方で響いた。

「……? そこかっ!」

 振り返りざまに切りかかる智之。現実逃避(リアル・エスケープ)四爪(しづめ)がそれを受け止め、二人の頬を臙脂色(えんじいろ)の火花が飛び交う。

「中々やるようだな。生徒A」

「引くなら今のうちだぞ。竜ヶ崎雅人!」

 智之がその名を口にした途端、竜ヶ崎の眉間に(しわ)が寄る。

「俺の名前は、ダーク・エンペラーだっ!!」

 バッと背後に飛び去って距離を取ると、竜ヶ崎雅人(ダーク・エンペラー)は頭上に展開させた魔法陣に叫ぶ。

「狂喜の群衆(マッドネス・マジョリティ)!!」

「なっ」

 瞬間紫の(ひずみ)が教室全体を包み込み、時空間にずれが生じた。

「時計の針が……」

 一秒が永遠にも感じられるのは、気のせいではないだろう。今にも沈みそうだった夕陽も、すんでのところで立ち止まったまま変化が無い。

「その通りだっ! これこそが狂喜の群衆(マッドネス・マジョリティ)の効果。今、お前の時間は俺の一千倍にまで引き延ばされている。お前の負けだ生徒A!! 俺をその名で呼んだことを後悔するがいい」

 じわじわと距離を詰めてくる竜ヶ崎雅人。隙だらけのその足取りを、智之はどうすることもできない。諦めかけたその時、智之の眼前を一粒の黒砂が平然と横切った。

「はっ、そうか! 帰宅急行(ゴーホーム・トルネード)!!」

 智之がのそのそのたうつ指で何とか帰宅命令(ゴーホーム・ソード)を正面に持ち直すと、(にわ)かにその周囲を黒き砂塵が砂嵐となって旋回し始め、帰宅命令(ゴーホーム・ソード)は黒光りするドリルへと姿を変えた。

「無駄だ。今となってはお前の攻撃など通用しない」

「……それはどうだろうな」

 せせら笑う智之。

帰宅開始(ゴーホーム・スマッシュ)!!」

「何!?」

 帰宅命令(ゴーホーム・ソード)からドリルの部分、すなわち先端の砂塵だけが飛び出し、平常時の高スピードで竜ヶ崎に迫る。

「隠居暮らし(リアル・ハイド)」

 口ずさまれたそれによってまたしても躱されたかに思えた。――――が、帰宅命令(ゴーホーム・ソード)は確かに竜ヶ崎雅人を捉え、その腹部を貫いていた。ドリルがではなく、本体が。

「あああぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーぁぁっ!! な、何故だぁっ!?」

 狂喜の群衆(マッドネス・マジョリティ)の効果によって、帰宅命令(ゴーホーム・ソード)はまだ先程とさして変わらない位置にあった。竜ヶ崎雅人は、あろうことかそこへ顕現してしまったのである。

「貴様のその隠居暮らし(リアル・ハイド)はあくまで緊急回避。前方近辺への直線的移動しかできない。違うか?」

「どこで、それを……」

 血反吐を吐きながら竜ヶ崎が肯定する。

「背後を取られて俺が振り返ったとき、お前も同じような体勢だった。それで確信したのさ」

「なん、だと……?」

 竜ヶ崎雅人は帰宅命令(ゴーホーム・ソード)に串刺しとなったまま四肢を投げ出し、力尽きたようにぐったりと脱力した。

帰宅完了(ゴーホーム・エンド)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ