その五
そんなやり取りが十数回繰り返された後、ほどなくしてゆずかの事務所の先輩アイドル達がぞろぞろと出て来た。するとオニクロは普段からは想像もつかないほど肩を縮こまらせ、その集団にずんずんと近付いていく。
「いきなりかよっ!」
恐らく一番売れている先輩なのだろう、背後の後輩たちの視線を顧みず、一際目立つ衣装を着た一人が一歩前に出て来た。
しかしオニクロはその華やかな金魚の群れには目もくれず尚も進む。そして、
「あ、あぁ、あ、あの……握手してもらえませんか?」
その後を糞のようにひっそりと続くスタッフらしき人物の一人に手を差し伸べた。
「ん? オニクロ、緊張しておかしくなったのかしら」
田中利香は智之に小声で耳打ちする。
「いや、正常だ。よく見ろ」
「え?」
オニクロに声を掛けられ戸惑っている女性は、特にドレスアップはしておらず、着ている紺のTシャツは周りのスタッフと同じものだ。顔もキャップ帽に隠れ、よく見えない。
「あ、あの……どうして?」
小さな唇から、ガラスのように透き通った声が漏れる。
「あぁあ、あなたは、その❘ゆずかさんですよね。僕、ファンなんです」
落ち着いた暗めの茶髪に、薄いピンク色の肌。それがゆずかの売りである。そのどちらも隠されている今、オニクロは何を根拠にそう断言したのだろう。田中利香や透たちに至っては、未だに状況が理解できずに頭を悩ませている。
「え? あぁ、はい。どうも……」
おどおどと周りの視線を気にしながらも、ゆずかは握手に応じてくれた。オニクロの、黒ずんだ汗まみれの手を、両手でふんわりと包み込んで。
「よくわかんねぇけど、アイドルってすげぇ……」
呆然と感嘆の声を漏らす透。小さく頷いて同意する田中利香。そして、誇らしげな智之。
――――これでひとまず、一件落着かに思えた。
が、この後待ち受ける試練など、彼らはまだ、知る由もなかった。