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尾張帰宅部部長旭智之  作者: 全州明
第二章 「尾張高校黒魔術同好会」
11/30

その三


           *


 南館三階、化学準備室前。智之たちは再び、人気のない廊下の真ん中で立ち尽くしていた。とはいえ竜ヶ崎雅人が停学になって以来火災報知機の音が校舎内を支配することもなくなり、南館は無事平穏を取り戻していた。放課後の終わりまでに帰ろうとしない部員も同じ理由でいなくなった。

 だというのに、智之は二人に押しつけられ、黒魔術同好会部室、化学準備室の戸に手を掛けさせられているのである。

「早く開けなさいよ」

「じゃあ君がやってくれ」

「大丈夫だって、オニクロはどうせ体育館だから」

「じゃあお前がやれ」

「「……」」

 そして、二人とも黙り込むのである。先程からこの手の押し問答を幾度となく繰り返しており、まもなく十五分が経過しようとしている。時折聞こえてくる叫び声やうめき声、そして何かが蠢きざわめく物音が、侵入を拒むのだから無理もない。

「それじゃあ今度こそ、……開けるぞ?」

 二人は返事をする代わりにごくりと固唾を呑んだ。

 智之は入口の戸と自分の間に少し距離を取って、さりげなく非常時に備えた。とは言ってもどうせ逃げ遅れた後ろの二人が邪魔で自分も道連れになるであろうことは想像に(かた)くないが。

 そうこうしているうちに、智之達があれほど開けるのに苦心していた戸が自分から開いた。いや、今まさに智之が手を掛けようとしていた取っ手に、扉の向こうから現れた巨大な左手が覆いかぶさっている。恐らくはこの手こそが❘

「……ここで何をしてる?」

 科学準備室入口に立ち塞がる巨影。それは地の底から響くような低声で三人を圧倒した。

「「「出たぁっーーーーーーーーーーーーーーーーーーーあぁっ!!」」」

 場所も相まっていろいろとデジャヴだ。

 真っ先に行動に出たのはやはり智之だった。恐怖心から来る震え、そして硬直を逃げに変換して素早く(きびす)を返す。が、案の定怖れをなして凍りついた二人に阻まれ失敗に終わる。そして、三人纏(まと)めて暗黒の領域(準備室内部)に引きずり込まれた。



 中は二重構造になっているようで、呻き声や唸り声等の怪しげなそれは全てオニクロの背後にある暗幕の向こうで行われているようだった。智之達のいるスペースは正方形に近く、正面が暗幕、両脇は実験器具の保管された棚で区切られている。見たところ天井から暗幕を垂らす際に邪魔になる棚を避けた結果出来た隙間のようだった。

「なんだ、良く見たら黒田先生じゃないですか」

「よく見なくても黒田だ」

「なんかデジャヴ」

「一瞬マジで悪魔かと……」

「あぁん?」

 薄闇の中浮かぶ黒田の顔は、どちらかと言うと鬼ヶ島のそれだった。

「ひぃいっ」

 田中利香は思わず透の腕に(すが)りつく。

「おっ、利香ちゃん。ついに俺の魅力に――――ぐおっふ!!」

 黒田からは見えない角度で巧みに肘鉄をかます。

「ん? どうした藤崎」

「あぁ言え、気にしないで上げて下さい。ちょっと咳き込んだだけですから」

「なんで田中が答えるんだ? まぁ別に良いが……」

「それよりも先生。ここは黒魔術同好会の部室ですよね、なぜここに?」

「あぁ、顧問が定年でそろそろ退職するらしいから代わったんだ」

「いたた……じゃあ今は顧問を三つも兼任してるってことっすか?」

 尾張高校は田中利香がそうであるように、決して少なくない数の生徒が把握し切れないほど部が多く、生徒、職員ともに兼部、兼任は珍しくない。そしてどちらも名前だけ貸している場合がほとんどだ。このような場合も含めると幽霊部員の数は全体の四割強に上ると言われている。……生徒会も相当に頭を悩ませているが、なにせ数が多すぎて対処のしようがない。

「いや、変わらず二つだ」

「へ?」

 透が間の抜けた声をあげる。あまり知られていないが、鬼の黒田は変なところでちゃんとしており、名前だけ貸すようなことは絶対にしない。よく体育館と南館三階を全力疾走で行き来しているのはそのためである。そのせいでまだ彼と関わりの無い新入生たちにまで恐怖の種を植え付けているわけなのだが。……ちなみに黒田は全力で走ると白目を剥くタイプだ。

「活動内容に変わりはないが、名目上は一応〝科学・黒魔術同好会〟に統合したんだ。おかげで部活動費が減ったと部員たちが嘆いているが知ったこっちゃない」

「どう違うの?」

「多分顧問としての仕事あれこれが一括で済ませられるんだろう。活動記録とかな」

 今更感が否めないが、いい加減尾張高校の部活動費について説明しておこうと思う。

 何度も言っているように、私立尾張高校は部活動に重きを置く進学校である。そしてその数は一部の生徒が把握し切れないほどに多く、その種類も多岐にわたる。

 私立高校と言えどさすがに全ての部活動費を負担し切れず、尾張高校には学校側が負担する部費とは別に各部部員から徴収される部費(徴収費)が存在する。透たちが日頃ブヒブヒ言っている方もこの徴収費のことである。

「それで、――――一体何の用だ?」

「実は、竜ヶ崎雅人を黒魔術同好会に再入部させていただきたいのですが……」

 言いながら、智之はゆずかのブロマイド写真をさりげなく顔の高さまで掲げる。

 が、それを見たオニクロは、あろうことか鼻で笑って見せた。

「何っ!? ゆずかのブロマイドが効かない?」

 深刻な面持ちで思考を巡らせる智之。しかし、思い当たる節はない。少なくとも去年一年間はこの手で突破してきたのだ。どうにかならないことなど無かった。

「ふん、甘い。甘いぞ、智之」

 言いながら、オニクロが背中にかけていたカバンから生まれたての愛娘を扱うようにして取り出したもの、それは――――

「写真集、だとっ!?」

 透は目を見開いて戦慄した。驚愕の色に染まる二人の前には、ボディラインを意識したポーズをとるゆずか。その背後は、ゆずか一色のグラビア写真で埋め尽くされていた。

「どうせお前ら、竜ヶ崎に頼まれて来たんだろう? ……あの野郎、俺がここの顧問だと分かった途端逃げ帰りやがった」

「でしょうね」

「だがしかしっ!! もう俺にその手は効かん! すくない給料をコツコツコツコツコツコツコツコツ貯めてやぁーーっと手に入れたこの〝ゆずか☆すぺしゃる〟に、ブロマイドなんぞで対抗できると思うなぁ!!」

 オニクロが〝ゆずか☆すぺしゃる〟を愛おしそうに頬擦りすると、智之は何故かドアごと吹き飛んで廊下の壁に叩きつけられた。

「ぐはぁっ!!」

 背中を強く打ち付け、血を吐く智之。背後の壁はドーム状に陥没してひび割れ、どこぞのバトル漫画のようになっている。

「智之ぃっ! くそっ、足が、足が動かねぇ……」

 透は智之に駆け寄ろうとするが、〝ゆずか☆すぺしゃる〟に恐れ(おのの)いた両足は我を忘れて痙攣し、まるで言う事を聞かない。

「畜生。何か、何かないのか? 〝ゆずか☆すぺしゃる〟に打ち勝てる、必殺の手立ては……」

 智之は、背中を壁にうずめたまま辺りを模索する。やがて、オニクロの手に握られたその写真集、〝ゆずか☆すぺしゃる〟のある一文が目に止まる。


『必見‼ ゆずか流! きゅんとする手の握り方!?』


「何?」

 手の甲で血を拭い、瓦礫の中からゆっくりと身を起こす智之に、オニクロは驚きの色を隠せない。

「馬鹿な! これを超える存在など、あるはずが無いっ!!」

「……黒田先生」

 智之の、吐息と共に放たれた低声に、オニクロは息を呑む。

「僕らなら、先生をゆずかと握手させることが出来ます」

「ぐぅぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーぁぁっ!!」

 智之の言葉から生まれた謎の暴風は一瞬にしてオニクロのヒットポイントを掠め取った。

「くっ! ……お前の勝ちだ、智之。俺をその、聖域(サンクチュアリ)とやらに連れて行ってくれ」

 オニクロは智之の前に屈し、膝立ちで懇願する。

「何これ」

 唯一ノーダメージの田中利香は、突如目の前で繰り広げられた寸劇に、ぽつりと冷やかな声を漏らした。

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