第1話 記憶
ずっと読む専門だったのですが、思い余って書いてしまいました。
初心者なので至らない所だらけだと思いますが、優しくご指導して頂けると幸いです。
よろしくお願いします。
初っ端からR15です…
ゴツゴツとした筋張った大きな手が少女の細い首をグルっと包んで上から圧をかけてゆく。
少女の苦しむ顔を観察する手の主の男は、ニヤニヤと笑いながら加えた圧迫を度々緩めたりして必死に生き足掻こうとする少女を玩具かなにかのようにして遊んでいた。
少女はお腹に伸し掛かられて起き上がれない身体をどうにかしようと四肢を使って暴れるものの、幼子の抵抗など歯牙にもかけず男はお仕置きとばかりに首の圧迫をさらに強めて少女を静かにさせた。
そうして何度も弄ばれ、とうとう男が本腰を入れて首を絞めれば少女はあまりの苦しさに眼を見開いてハクハクと空気を求める。そんな様子が余程面白かったのか、男は甲高い笑い声を上げてまた圧迫を少し加えた。
少女の瞳が上を向き意識がブラックアウトしかけたその瞬間、死の間際ギリギリといったところだろうか。男には見えない少女の脳内でフラッシュを焚かれたような白い光が弾けた。
早送りなんて目じゃない高速スピードで膨大な情報が頭に累積されてゆく。憶えのない筈なのに、どこか懐かしい記憶があっという間に蓄積され——最後の最後のシーンがカチリと今の状態と当て嵌まった。
(そうだ、私は前もこうして死んだ。)
少女が蓄積した記憶は御剣 百合という名の一人の女性の22年間の人生だった。古い考えの家で育った女性は、男尊女卑甚だしい頭の固い家を早くから飛び出し奨学金やバイトで大学まで通う苦学生で、就職も無事決まり卒論も描き終えて入社式前の研修まであと数日といった頃にしつこく言い寄られていたストーカー男に絞殺されて死んだのだ。
少女はその蓄積された御剣 百合の記憶を当たり前のように自分の事だと理解していた。前世の記憶なのだと。
少女は力の入らない右手をどうにか持ち上げて男の顔へ伸ばすと、無駄な足掻きと思ったのか男は馬鹿にしたようにケラケラと笑って油断しまくっていた。
震える小さな手が男の顔の目前に迫った途端に少女は眼窩目掛けて素早く指を2本突き刺し、抉った。
「ぎっ……ぁぁぁあああああ!!!」
突然の痛みに悶え、男が自分の顔を両手で覆い横に転がったお陰で少女の首と胴体が解放される。
「ッグ、ゴホッ!ゴホォッ!…ッゥ、」
込み上げるように咽せ、止まらない咳と格闘しながら重たい身体を動かしジリジリと男から距離をとる少女。
「ぐうぅ、ああぁあ!ふざげるな!…クソッ!クソッ!殺してやる…殺す殺す殺す殺ず!」
突きが甘かったようで、思ったより元気な男が眼から血を流しながら腰に下げてたレイピアを振り回していた。
的外れな攻撃を見て取り敢えず視力は奪えた事に安堵の息を零し、少女は咳を堪え音を立てぬよう男の背後へ移動する。
アホのように只管前方へレイピアを振り回して威嚇する男の右手に少女は掌底を放ち獲物を落とさせると、位置を把握した男が少女へ向かって手を伸ばしてきた。その手の甲を弾いた少女は、その手を掴み背中へ捩じり上げ関節を極めようとするも、力技で逃げられてしまった。
(あ、そうか。膂力もリーチも違うんだ。)
「殺じてやるっ!!殺じでやるからなぁあっ!」
威嚇なのか大きな声を出して今度は両腕をブンブンと振り回す男を尻目に、少女は床に落ちたレイピアをそっと拾い上げ、低い姿勢のまま男のアキレス腱を切り裂く。
「っがぁあああああぁああああ!」
思いのか腱が硬くて切り込みは十分ではなかったが、予想通り倒れこんでくれたので少女は未だ汚く悪態を吐く男の頭部へソッと近付き頸目掛けてレイピアを振り落とす。
「がっっ!」
ズッ…ドシャッ
「はぁ…はぁ…はぁ…ゴホッ、はぁ…」
頸を通って口からレイピアの先端を生やしたまま床へ崩れた男のピクピクとした痙攣が止まったと同時に、少女も膝から崩れ落ちて荒い呼吸と共に堪えていた咳を溢した。
ふと少女が己の右手に視線を落とすと、白くて小さな手が血で真っ赤に染まっているのが目に入った。途端に胸焼けしたような気分の悪さに胃の物が込み上がってくる。
眼球を抉ったり肉を断った時の感触が気持ち悪くはあったが、人を殺めるという倫理に反する行為への後悔や葛藤という物は特になく己を虐げてきた者から解放された喜びが勝った。
以前の、道徳心や倫理観の強い日本人の百合だった頃の自分では有り得ない感情に…リリスは価値観を変えざるを得なかった10年間を呆然と振り返って一粒だけ涙を溢した。