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ドア・レジスタンス  作者: 綾取り
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始動

 二〇五〇年、ここ十年は加速度的に科学技術が発展し『超高度文明成長期』などと呼ばれるようにまでなった。科学技術が世界を滅ぼすと主張する、レジスタンスと呼ばれる反科学技術団体が各地でデモを起こすも、文明発展には科学技術が先立つという思想が中心的となり、国際連合が直々にそういった団体を徹底的に弾圧していった。

 そんな暗い背景もある中、この年は画期的な発明品が誕生した。

 空間圧縮式移動扉。通称は――どこでもドア。

 量子力学の発展に伴い、二〇三四年にいわゆるテレポートの理論をアメリカが完成させ、それに基づき日本やスイス、フランスやアメリカなどがスイスのジュネーヴ郊外にWOSME(オスミー)(World Organization for Space Movement Equipment)を設け、各国の名立たる研究者たちが総力を挙げて二〇三七年から研究を続けていた。そして二〇五〇年、今年正式にWOSMEから「私たちが幼い頃より空想に描いていたものを実現させた」と喜びを交え、空間圧縮式移動扉、通称どこでもドアの完成発表がされた。

 どこでもドアの出現は世界に革命をもたらした。

 運送業は事実上仕事が無くなり、代わりにどこでもドアに必要なエネルギーを貯蔵する電力会社へと移り変わった。国家間の貿易も専らどこでもドアで行われ、物資などの輸送は一種類のエネルギーしか使用しないので、極めて便利な物資・資源移動手段として有効利用された。未だ必要なエネルギーの生成にかかるコストは従来とあまり変わらないが、これからの科学技術で実現すると予想されている低コスト化が期待されている。

 しかしその裏では不穏な空気が漂っていた。どこにでも瞬時に移動できることは、そのまま犯罪に利用されやすい特徴である。そのために個人が利用するには特別な申請と利用料、そして指紋認証にその他諸々、と様々なセキュリティが施されているが、それよりも注意すべきなのは他国からの要人暗殺の可能性である。科学技術が加速度的に発展している背景には、簡単に言えば様々な国家が競争状態にあるからであり、一触即発とも言える緊張の糸が世界に張り巡らされている事態に他ならない。

『はい。いつでも大丈夫です』

 それ故に、国家はSPにも似た護衛隊を早急に増員する必要性に迫られた。そしてそれに充てられた人材。それは――

 バンッ!

「あなたたちを空間圧縮式移動扉に関する国際取り決め、オスミー条約に反する勢力として逮捕します」

――皮肉にも、かつて国際連合に弾圧されたレジスタンスの生き残りであった。




「今日も訓練疲れたー」

 露骨な疲労の感を表情に出した少女が、静かな部屋のソファに倒れ込む。ぼすん、と音がしてから数秒経った後に、ふと彼女の耳へ男の声が届いた。

「おい、安良手(あらた)

「……(おん)()さんですか」

 少女が応えると、間を置かずに部屋のドアが開かれた。その奥にいたのは比較的軽装な軍服を身に纏った男だった。紛れもなく、先程の声の主であろう。

 少女はソファに倒れこんだまま顔だけをドアの方へ向ける。

「まだ着替えてないんですか? その服、好きなんですか?」

「馬鹿を言え。後処理に時間が掛かっただけだ」

「後処理?」

「逃走した奴らがいて、な。とりあえず全て捕まえたとは思うが、正確な人数は把握しきれていない分、逃げ延びた奴がいるかもしれん」

 (おん)()和俊(かずとし)。元大規模レジスタンス『アンバサダー』の副指揮者であり、現在は国家特別警備隊の幹部の一人である。世界中で起きた国際連合の過激弾圧運動を総称して『文明制裁(ザンクツオン)』と呼ぶが、この運動でアンバサダーもまた徹底的な弾圧を受け、最高指揮者は処罰された。獄中にいた恩納は政府の要人に腕を買われ、その口利きで出所させてもらったのだ。

「へー、恩納さんも大変なんですね」

「少なくともお前よりは、な」

「当然ですよー。この前入ったばかりなんですからー。色々教えて下さいね?」

「自分で覚えろ、と言いたい所だが、ここは何よりも即戦力を優先とする。それ故、出来るだけ早く組織に慣れてもらうために俺みたいな教育係がいるわけだからな」

「お願いしますよー、男なのに恩納の先生!」

「……」

 恩納の頭に「こいつ本気で殴りたい」という言葉が浮かんだ。

「そういえばまだきちんと自己紹介を聞いていなかったな。いいか?」

「あ、はい。全然構いませんよ」

「じゃあ頼む」

 恩納は玄関から歩いてゆっくりとソファに座り、代わりに少女が立って前方に数歩だけ歩いた後、恩納の方へと向き直る。

「安良手風音(かざね)、十六歳。元『スペツナズ』の前線戦闘員。即戦力にはなると思いますよ」

 『スペツナズ』とは、他のレジスタンスと協力関係を取り、精鋭部隊を率いてレジスタンス活動の援助などを行う特殊なレジスタンスとして知られる。ロシアの特殊任務部隊と意味は同じだが、組織としては全くの別物である。もちろん数々のレジスタンスと協力関係を持っていたことと、強力な部隊を保持していたことで、他のレジスタンスよりも一層厳しい弾圧がなされたと言われる。

「……家族は?」

 恩納が質問すると、安良手が若干たじろいだ。地雷だったか、と恩納は思ったが、すぐに安良手は先程までの余裕を取り戻した。

「母が一人います。父と兄も、いました」

「……そうか」

「あ、でも最近猫も入ってきたんですよー。これがまた可愛くて」

「それは聞いていない」

「ぶーぶー」

 恩納は深く溜息を吐く。あのスペツナズの戦闘員ならば即戦力は火を見るよりも明らかではあるが、この茶目っ気というのか、鬱陶しいというのか、そういう性格を恩納はあまり好まなかった。

「面倒臭いな……はあ」

 恩納はまた溜息を吐く。最近はもう癖になりつつあるが、それも仕方無いと思う程に憂鬱な気分が続いているのだ。昨日はオスミー条約に反する勢力を縛り上げ、今日はその取り逃がしの始末と新人教育の始動。明日からもまた何度も溜息を吐くことになるだろうと思うと、また恩納は溜息を吐いた。




 オスミー条約に関する国際取り決め。WOSMEがどこでもドアを開発したことに端を発した世界エネルギー改革は、科学の発展という点でこれから大いに世界へ貢献することになるだろう。それに関して国際連合が常任理事国とその他数十の国の調印を受け『オスミー条約』というものと『オスミー条約に関する国際取り決め』というオスミー条約の細則のようなものを国家間に締結させた。そのオスミー条約に関する国際取り決めの中に「空間圧縮式移動扉を所持する国家は、空間圧縮式移動扉の所持数に応じた特殊な警護部隊を創設し、政府に従属させること」とある。ちなみにその警護部隊は自衛隊と同じ扱いとされる。それを受け、日本では東京都の皇居近くに国家特別警備隊駐屯所を設け、そこに国家特別警備隊を組織した。

 国家特別警備隊駐屯所内、第二宿舎。

「くぁ」

 国家特別警備隊、略して特警隊はその性質上普段はあまり仕事が無い。そのため給料もさして多くはないのだが、その額からは想像がつかないほどの結構な腕を持つ人材が豊富である。

「おー、おはだぜ新入りー」

「おはだぜーおはだぜー」

「馬鹿の相手はやめろ、安良手」

 起床した安良手が食堂に向かうと、椅子に座った軽そうな男が挨拶をする。その頭は寝癖かと思うほどに、ちょろんちょろんと金髪が飛び跳ねている。安良手がノリに乗じて挨拶をしていると、恩納が横から忠告を挟んでくる。

「ところでこの人誰です?」

「こいつか? こいつは――」

「ちょ、俺のことなんだから俺に紹介させてくれよ」

「……早くしろ」

 男のおどけたような仕草を交えた言葉に、恩納は眉を顰めつつ紹介を促した。

「んじゃお言葉に甘えて」

 ほんの少し間を開けてから、

「俺はコックス=アーノルド。アーニーって呼んでくれて構わないぜ。ちなみに在日米国人。ちなみにちなみに銃撃戦は任せとけ、銃は俺の彼女だ! はっはっはっは」

「……まあ、こういう馬鹿だからよろしくしてやってくれ」

「恩納さん、ひでっすよなあ」

「ひ、ひでっすよな?」

「ひどいよねーってことですよ」

 疑問を呈した安良手の後ろから、唐突に女性の声が発せられる。安良手が振り向くと、長い黒髪を腰にまで垂らした清楚な空気が漂う、形容するなら大和撫子のような女性がいた。

「ああ、西影さん」

「恩納さん、おはようございます」

「こちら、一昨日に入ったばかりの新人です」

「そうですか……」

 女性は恩納の近くまで寄ると、横に屹立した。長い黒髪をなびかせて、食堂にはおよそ不釣り合いな雰囲気を漂わせる。そしてその凛とした双眸で、安良手を鋭いながらも優しさを以て見つめる。

「安良手さん、でしたね。私は西影(ゆわえ)と言います。諜報隊の隊長を務めております。そして――」

 女性は不意にポケットから出したゴムを着けて、その麗しい髪を後ろ一本に纏める。

「前線戦闘隊員も兼任しております。以後、お見知りおきを」

 隣に立つ恩納は、彼女の言動にほんの僅かに胸を張る。

「彼女は本当にすごいんだ。諜報隊の隊長に前線戦闘隊員などと、ほぼ真逆のことを卒無くこなす。これを、彼女を知らないヤツに言うと皆一様に返してくる。あり得ない、とな」

 恩納はまるで自分のことのように、彼女の武勇伝をすらすらと語る。その顔には気難しい彼には珍しく、誇らしげな笑みが浮かんでいた。

 その横でアーノルドは首と両手を振って呆れを表現する。

「まーた始まった、恩納さんの西影さん自慢。ラヴラヴー」

「コックス=アーノルド。後で宿舎管理室まで来い」

「うへ、またかよー」

「お前が茶化すからだ」

 恩納とアーノルドの応酬は、静かな食堂へ少しの賑わいをもたらした。




「さて、安良手。今から訓練を行う」

「はーい」

 第三訓練場。基本的には、どんな訓練もできるように、全ての訓練場にあらゆる設備がある。

「そうだな、慣れてきた頃だろうしそろそろ体力測定を――」

 不意に、ぷるる、ぷるる、と恩納の胸ポケットから着信音が響いた。

「……もしもし」

 彼はすまないという仕草をしてから、安良手に背を向けて話し込む。

「なに? それは緊急なのか?」

「?」

 恩納の声が焦りを帯び始める。

「……分かった。すぐ行く」

 恩納は苛立ちにも似た焦りを表情に浮かべつつ、携帯を切る。

「どうしたんです?」

 対照的に、状況の分かっていない安良手は呑気なものである。

「……できるだけ避けたいが、無理だな」

「?」

 恩納は数秒ほど考えこむと、すぐに行動を始めた。

「安良手! 出動だ。皇居近くに、どこでもドアを使って密入国しようとする奴が現れるとの情報だ。急ですまないが、ついてこれるか」

「もっちろん」

 安良手は喜ぶようにして、サムズアップをする。

「……よし、行くぞ」


勢いで書いたものなので、続くかどうかはわかりません。

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