抵抗2
操られてなるものかと思った。
なにか手がかりはないかと奔走し、誰かに呪いのことを知らしめようとしてみたり。
けれど顕著な成果は得られず、少しだけマリーのお腹は膨らんでいき、それを感じる度に焦りと不安が弾けそうなほど膨らんでいく。
「……あのね、ロラン。この呪いはグラ一族が甘んじて受けるべき罰なんですって」
「罰?」
許容量を越えて破裂しそうな緊張感から、ぴりぴりと気が立っていた。
書斎でグラ家に関する本や家人達の日記などを読み漁っている私に、マリーは申し訳なさそうにお茶を淹れながら、こくんと頷いた。
清涼感のある独特のこの香りは、ミントティーだろうか。
「曾祖父が魔女との契約を破ったんですって。だから怒った魔女が一族を未来永劫苦しめるようにこの呪いをかけたって言われているのよ」
「契約?」
「詳しいことはわからないわ。何も残っていないし、父は何も話してくれないし。ただ、昔父によく言われたのよ。これは罰なんだって。そしてそれを子供に伝承していくように定められているんだって」
マリーの曾祖父ギルベインの妻にして曾祖母エスメラルダは第二王女という高貴な身分の女性だった。しかし、当時のグラ家は公爵号は持っていても第二王女の降嫁先に選定されるほどの地位や発言力は持っていなかったらしい。
その状況と伝承されてきた呪いから推測されるのは、ギルベインはエスメラルダ本人、あるいは権力か栄誉か、そういったなにかを手に入れるために魔女と契約を交わして願いを叶えさせたのに、その対価を差し出さなかった。この呪いはその報いである、と。
「それならその責任はギルベイン本人が負えばいいじゃないか」
「もちろん、曾祖父は魔女に殺されたんだと思うわ」
そう言って、マリーは貴族名鑑をたぐり寄せるとぱらぱらとめくった。
扱い慣れた様子と目的の頁がどこにあるのか見当がついている様子から、マリーが何度もこれを見ていることが伺い知れた。
マリーだけではなく、きっとグラ家の人間は一度はこうして魔女のことを調べ、抵抗しようとしてきたのだ。
ダンケルも、きっと――。
そういう思考をめぐらせていた一瞬のうちに、マリーは目的の項目を見つけて指さした。
ギルベインとエスメラルダは幼い娘ヘルミーナを連れて3人で旅行中に事故に遭い、消息不明と記載されている。
そして生き残り成長したヘルミーナと、ヘルミーナが生んだ娘アンネはともに出産に際して死亡……。
「けれどね、曾祖父はきっと、それだけでは足りないほど魔女を怒らせたのよ」
アンネの娘であるマルティナは、自分の名前を見つめて諦めの混じった声でぽつりとそう呟いた。
魔女は娘を生んで死ぬように定め、グラ家を延々と呪い続ける。
マリーも、私達の娘も、その娘も――ずっと。
焦りが、キリキリと胸を軋ませた。
「……だからロラン、そばにいて」
マリーはお腹を押さえ、腕の中にそっと寄り添って静かにそう願った。
「あるかどうかわからない解決策を探すあなたを、昔と同じようにひとりで無為に過ごすして待つより、一秒でも長くそばにいてくれたほうが、私は幸せよ?」
マリーを抱き寄せるとうっすらと膨らみ始めた腹の存在を感じ、どうしようもない黒い霧が胸を満たす。
切なさを振り切るようにマリーを手放すと、再び机に向かった。
「……足掻いていなければ、気が狂いそうだよ」
「………ロラン………」
マリーは、そんな私の背中をじっと見守っていた。
◇◆◇
机に伏して眠っていたようだ。
ふんわりとぬくもりに包まれる心地よさに、罪悪感を感じてうっすらと目覚めた。
「ごめんなさい、起こしてしまった?」
頭の中はぼんやりと霞がかかったようで、髪もかきむしったり寝癖がついたりでボサボサで、目の下には隈ができているという酷い様相の私を、毛布をかけようとしていたマリーが苦笑いで眺めている。
「ちゃんとベッドで休まないと、あなたが先に倒れてしまうわよ」
笑っているマリーを見ていると胸が痛くなるばかりで、鉛のように重い溜息をついた。
寝る間も惜しんでひたすらに調べものをし、些細な手がかりでも掴めそうなら走っていくということを続けていた。
その憶測の裏付けになるもの、あるいは魔女とどうやって出会ったのか、なんでもいいからなにか呪いを解くことに繋がるものはないのかと。
けれど、資料はなにも残っていなかった。
口頭で伝えることができないのと同様に、魔女は書いて伝えること書き残すことも徹底的に禁じていた。
八方塞がりだった。
誰の手も借りず、ひとりでどこにいるかわからない魔女をあてずっぽうに(しかもこちらの動向はお見通しと思っていい)探し回ることには意味はない。
それがわかっていても、諦められなかった。
諦めたくなかった。
なにもせずにマリーが死ぬ日を待っているだけなんて、耐えられなかった。
「……それで君が救われるなら、本望だよ」
代われるものなら、代わりに死んでもよかった。
マリーを殺したという罪の意識を背負って生きるくらいなら、いっそ代わりに死ぬか、あるいは一緒に死んでしまったほうがどれだけマシだろうか。
「ねぇ、ロラン」
冗談だと思ったのかふふっと小さく笑ったマリーが笑いを納めたかと思うと、ひたと真剣な目をして私を見つめ、こけた頬にあたたかな手を乗せた。
「あなたは私を幸せにしてくれるんじゃなかったの? あなたの背中だけ見てても、私全然幸せじゃないわ」
ぐさり、と胸に刺さった。
「私やあなたがもがいて苦しむことこそが、魔女の狙い。そしてあなたは魔女の思い通りに苦しんでるのよ?」
「じゃあ、どうすればいいっていうんだよ?」
苛立ちから八つ当たり気味に言い捨てると、マリーは微笑んだ。
「私は毎日あなたと一緒に庭を散歩したり、一緒においしいものを食べて、一緒に笑っていたい。それはたとえあと5ヶ月の儚い夢の時間であっても、一生分の幸せになる」
ふんわりと笑って、頭を抱え込むようにして抱きしめられる。
「だから、ね? もう休んで」
背中にまわされた手で、こどもをあやすみたいに優しく撫でられる。
「……お願いだから。私のそばにいて……」
涙に濡れた声だった。
頭は痺れたようになにも考えられず、ただ目頭が熱いと思った。
喉の奥がひきつって痛い。
胸が詰まったように、痛かった。
頭の中はぐちゃぐちゃで、どうしたらいいのかわからない。
ささやかな幸せしか望まないマリーに、溺れるほどの幸せに生きてほしいと願うのは、欲張りなのだろうか?
夢に描くことしかできない願いだろうか?




