抵抗1
土を被せ終わってしまうと、あとはもう茫然とするしかなかった。
この日が来る覚悟も、決めていたはずなのに。
マリーの命が尽きるまでに一生分の愛情と幸福を凝縮して注ごうと心に誓っていたのに。
なのに今もまだ、こんなにも無尽蔵の感情を持て余し、途方に暮れている。
* * *
マリーはそれからも時々、私に寄り添い独白するようにぽつり、ぽつりと、必ず女児が生まれるとか、子の父にはこの呪いのことを話せるようになるだとか、語った。
痛みを堪えるように喉を詰まらせたり、ごめんなさいと言いながら、何日もかけてゆっくりと。
「………ロラン、ありがとう」
懺悔のようなそれらの告白の後には必ず、マリーは私の首筋に抱きついてそう囁いた。胸の痛みを押さえている私にぴたりと額を合わせて、必ず微笑んだ。
「ねぇ、ロラン。私はずっとこの部屋で、誰も好きにならず、なにも好きにならず死ぬまでひとりぼっちでいればよかったの? 私が世界を恨んで生き長らえれば、それが幸せだったと思う?」
ゆっくりと、首を振る。
「あなたには理解できないかもしれない。だけど、私はあなたのそばであなたと一緒に生きることができる。あなたを好きなだけ愛していいし、あなたが私を愛してくれる。どれほど短い時間であっても、それは悪魔に魂を売り渡してでも手に入れたい幸福だった」
「……足りない。そんな普通の幸せでは、全然足りないよ」
縋るようにマリーを抱きしめることで必死に痛みを押さえ込んだ。
「君にこれまでの16年分の幸福をあげなきゃいけないのに」
「これから先の一生分まで? 忙しくて倒れそうだわ」
そういうことをさらりと言ってしまえるマリーに愕然してしまうと、彼女は申し訳程度にほほえみを浮かべた。
「……ごめんなさい」
「マリーが謝るとよけいに腹が立つんだけど」
どこに向けていいのかわからない苛立ちが表立ってしまったが、マリーは口元を綻ばせた。
「ふふふふ、ロランって意外と激情家よね」
「そうかな?」
「だって、あのお父様に楯突くんだもの」
「自殺しようとした君に言われたくないよ」
「必死だったんだもの。婚約者には魔女は手を出さないけど、白紙になったらあなたを殺すかもしれないって――」
言っているうちに恥ずかしくなってきたらしく、マリーは俯いた。
柔らかく光を弾く銀色の髪から耳まで赤い耳が覗いているのがかわいらしくて、くしゃくしゃっと髪をかき混ぜる。
「あ、ちょっとやめて!」
くすぐったそうに肩を竦めたので、ちょっとばかり悪戯したくなってそのまま耳をくすぐってみる。
「もうっ!」
必死に笑いを堪えて怒って見せたマリーが、恨みがましく見上げてきたかと思うと、いきなり脇腹に手が伸びてきた。
少しくらいくすぐられるのは平気なのに、不意打ちを食らったせいか、妙にくすぐったかった。「やられたらやり返せ」が信条かどうかはわからなけれど、とにかく意地になってくすぐってくるマリーと攻防を繰り広げること、しばし――
お互いに笑い疲れて、同じタイミングで息をついた。
目を上げると視線がぶつかって、あとはもうなんだかよくわからないけれど、ぬくもりが心にまで染み込んで、寄り添った。
一緒に笑えあえる幸福を噛みしめ――けれど、その熱が冷めてくると、再びしんとした刺すように冷たい空気が胸を満たした。
心細くて、泣き出したくなって、マリーを抱きしめる腕に力を込める。
「マリー……魔女を倒すとか、なにか呪いを解く方法はないのかな?」
「居場所すらわからないのにどうやって?」
腕の中から見上げてくるマリーはまるで駄々をこねる子供に手を焼いている母親みたいな目をしていた。ちくちくと刺すような痛みに、つい苛立ってしまう。
「草の根分けても探し出せばいいじゃないか」
「やってみるといいわよ。この呪いがどれほど凶悪かを実感できるから」
マリーの言葉は相変わらず辛辣だった。
しかし実際に行動に移そうとした私は、マリーの言うとおりこの呪いの強さを痛感せざるを得なかった。
呪いの話ができるのは、呪いの当事者であるマリーとグラ公爵ダンケルと、そして私の3人だけ。しかも公爵は何も語らず、一切の関与を拒否した。
状況によっては魔女とか呪いという単語を口にすることはできるのに、誰かに魔女の捜索を命じようとでもすれば、途端に喉にリンゴでも丸ごと詰まらせたんじゃないかという息苦しさに一切声が出なくなったりする。
なのに、マリーはあの時「この呪いから解放して」と言った――ということは、だ。
この呪いは、特定の単語を口に出せないとか一定の基準があるとか、そういう機械的なものではないのかもしれない。
魔女に都合の悪いことを言おうとすると途端にしゃべれなくなる。
魔女が容認すれば、呪われているとすら言うことができる。
つまり――私達は常に魔女に監視されている?
それは、まるで操り人形のなったような気分のする、背筋の凍る疑惑だった。




