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呪われた婚約者



(この子は、どんな道を選ぶのだろうか)


 ゆりかごの中で柔らかい銀髪を寝息で揺らす小さな姫君とからひつぎの間に立ってぼんやりとそんなことを考えると、息苦しくて目眩すらしそうだった。


(マリーのようにグラ家の呪いを連綿と受け継ぐだろうか?)


 息苦しいのに、強く意識しないと呼吸ができない。

 それが泣いているせいだと気づくまで、随分と時間がかかった。







    * * *







 絢爛豪華な舞踏会の席のことだった。

 ゆったりとした音楽に紛れて、あちこちであれは誰かと囁き交わされる声の向こう側――確かに見慣れないご令嬢が白亜の壁に寄り添うように佇んでいた。

 歳は15、6才といったところか。この年頃のご令嬢は社交界デビューに緊張するあまり固い表情をしていることはよくあるが、幼ささえ滲むその顔に浮かぶのは、どうみても緊張や戸惑いではなく、舞踏会に不似合いな嫌悪感だけだった。

 鋭い輝きの銀髪プラチナブロンドは右耳の後ろできっちりとひとつに結われ淡紫の薔薇一輪と真珠で飾られている。その銀の髪を胸の前に流し、ぴしゃりと背筋を伸ばして佇むその姿は、まるで剣のようだった。

 ひそひそと囁き合う声と視線に挑むような、白銀の宝剣。


(どこのご令嬢にしろ、あの雰囲気は好みじゃないな)


 と、興味を失って顔を背けた時だった。

 どこからか「あれがあの(・・)グラ公爵家のご令嬢らしい」と囁き交わす声が耳に飛び込んできて、俄然興味を引き戻された。

 先日、グラ家の一人娘に婿入りしろと父に告げられたばかりだったからだ。

 そんなわけで改めて顎を掬い、そのご令嬢をしげしげと眺めた。

 上品な金糸の刺繍に縁取られ、ラベンダーのような淡紫を基調に白いレースとパールをふんだんにあしらったドレスはふんわりと優しい印象なのに、紫水晶アメジストのような深い色の瞳は猫のように鋭い。割れた鏡の欠片のように光すら寄せ付けずに鋭利な輝きを放つ銀髪が、なおいっそう鋭利な印象を強めている。


(やれやれ……病弱と聞いて少しだけ期待したんだけどなぁ……)


 整えるのに苦労するふわふわの猫毛をうっかり掻き乱してしまい、苦笑いで肩を落としす。

 伴侶など親が決めるのだから好みがどうのと言っても仕方のないことくらいは承知している。けれどついつい守ってあげたくなるような、私がいないと生きていけないような、そんな可憐なご令嬢が好みの私に、体が弱くてほとんど屋敷から出ることもないという噂のグラ公爵家のご令嬢との縁談が組まれたのだから、それがどんな可憐な姫君だろうかと僅かばかり期待に胸を躍らせるのを禁じ得なかったのだ。

 しかし、いくら眺めてみても、あの小柄で華奢な体躯に孤高に生きる猫のような鋭い眼光を湛えるご令嬢はそんないじらしさとは縁がなさそうだった。


(……まぁ、あんまり好みでも困るんだったかな)


 深々と肩を落としてから、父に言われた言葉を思い出して気を持ち直す。


「君がグラ公爵家のマルティナ嬢?」


 柔らかい金髪を撫でつけて整えてから、人慣れのする笑顔で努めて友好的フレンドリーに声をかけたつもりだ。

 だが彼女は眉を寄せ、仇敵でも見るような剣呑な目つきで睨み上げてきた。


「まずご自分から名乗るのが礼儀ではないのですか」

「……これは失礼」


 凛とした声も口調もやはり剣のように鋭利でうっかり苦笑がこぼれた。


「私はロラン・ドラクロワ」


 姿勢を正して名乗ると、一瞬その深い紫の瞳をくるりと丸めて、じっと私を凝視し、それからゆっくりと何かを諦めたように肩を落としながら力なく呟く。


「……では、あなたが私の夫となるのですか」

「らしいね」


 人馴れする笑顔で頷いたが、ひたとした半眼の冷視線が返された。


「マリーと呼んでも?」

「……どうぞ、お好きなように」

「じゃあ、早速だけどマリー」


 何か渋いものでも舐めたような表情だったが、気がつかないふりをして額面通りに受け取ると、眉間の皺がさらに険しくなった。それも一緒に気づかないことにして、笑みを深めて緩やかに手を差し出す。


「せっかくの舞踏会だ。未来の花婿と一曲どうだろう?」

「私の体が弱いことは知らない人がいないと思っていましたが自惚うぬぼれだったようですね」

「そう。じゃあ、庭の散歩くらいなら大丈夫だろう? ここの噴水、とても綺麗なんだよ」


 棘々しい返事をさらりと笑顔でかわし、断る隙を与えずに強引に手を取った。


 彼女は瞬きするほどの間に、爆ぜた火の粉から逃げるかのように手を引こうとし、引く前に躊躇(ためら)い、戸惑い、迷い――最後に渋い顔をして、エスコートに応じた。




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