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ピエロ

作者: 盧夏梯


女は足を止め、道端で暇を持て余している道化師に目をやった。

女の目には道化師が異質に見えた。

何故なら道化師の身体は丸みを帯び、滑らかな曲線を纏っていたからだ。

それに細く小さな顔に折れそうな手足が派手な衣装から見え隠れしている。

ねえピエロさん?

女は好奇心で道化師に声をかけた。

厚い化粧で形を変えた目元が動き、隠しきれない睫毛が上がる。

道化師の黒い目玉が女の顔を捉える。

公演についての質問だろうか?道化師は頭を働かせた。

何ですか?

道化師は柔らかな口調で女に訊いた。

女は道化師の優しそうな声に多少だが安心感を覚え、不躾に質問した。

貴女、何でピエロになったの?

私女のピエロって初めて見るの。

道化師は女の言葉の中に厭味の色がないか耳を凝らしたが、そのような様子はない。

どうやら天然の入り混じった女らしい。

道化師は一人納得し、にこっと愛想笑いを作った。

それは白い化粧の下から覗かれる不気味なものだった。

だが道化師は自分の顔は鏡を通さないと見えないので、そのことを知ることはない。

女はその気味の悪さに気付いたが、知らない、解らないフリをした。

そう、目の前の道化師のように。


私はね、子供の頃から人形になりたかったんですよ。

道化師はニコニコと悪趣味な笑みを携えて言った。

悪趣味だと感じるのは女だけかも知れない。

だが女は悪趣味だと感じた。

何故人形に?

女は道化師の目からやはり白く塗り固められた手先に視線を移した。

やはり手先も細く、すらりとしている。

女はこの道化師の不気味な化粧を落とし、この指に触れてみたいと思った。

レズではないが、どこか扇情的な指先だと思ったのだ。

貴方、何故という言葉はあまり使ってはいけませんよ。

やはり道化師は笑って言った。

今度の笑みは客から、生徒を相手にする先生のような笑みだ。

何故?を使う度に人の脳味噌は衰退していく。

何故は相手に答えを求める堕落した言葉。

そんなものを使っていたらちっとも脳は向上しない。

道化師は女を諭すように言った。

女は道化師の言葉の理屈っぽさに若干嫌悪したものの、確かに正しさが滲み出ていると納得した。

そしてこれからはなるべくだが、何故?を使わないようにしようと決めた。

道化師というのは人形と同じです、感情も表情も、そして中身もない空っぽの生き物なんです。

女は道化師の言葉の最後に弱々しさがあることに気付いた。

だがやはり気付かないフリをした。

話の続きが早く聞きたいからだ。

道化師の話は女の好奇心を満たすには十分過ぎる程だった。

道化師は自分とは決して向き合わない、自分を見ずに、他の誰か、他者を演じる生き物。

だから私は道化師になった。

道化師の顔にはもう笑みはなかった。

その顔は道化師ではなく、一人の人間だった。

だがやはりその事実に道化師は気付かない。

全て気付いたのは、話を聞いている女だけだ。

貴女、自分のことが嫌いなのね?

女は自分でも驚く程優しい声を出した。

道化師はまた笑う。

奇妙な顔で。

それは人間ではなく、空っぽの寂しい生き物の顔だった。

それはつまり女との会話の拒否を示す。

だが道化師は少し考えた。

声に出したい言葉があるからだ。

だがやはり勇気が湧かず、もう公演の時間ですので、私はこれでと女に向かって礼をし、通路の中へと歩き出した。

まるで闇に溶けていくようだと女は感じた。

それと同時にピエロのことを考えた。

あの人はあれからも仮面を被り、自分のことを偽り続けるのかと?

自分自身に対して仮面を被ることには無理がある。

女はそう考え、いつあの人が壊れるかしらと首を傾げた。


暗闇が飛び交う通路を歩きながら道化師は空を見上げた。

そして嫌いなのではない、自分自身も拒否しただけだ、と呟いた。

あと五分で公演は始まる。

いや、本物の公演は恐ろしい程昔から始まっているが。


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