理不尽なプロローグ
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異世界召喚。
異世界召喚とは、召喚される側の意見を通さず、召喚した側の利を得るためだけのものによって行われる行為であると少なくとも俺は、そう確信している。
大抵、召喚された人間は、チートやらなんやらと普通の人間にはそぐわぬ力を持っているのが小説などでよくあるパターンだ。
たとえば、実家が、なにかの武術の本家または分家の場合や、特異体質で、人間には不釣合いな特殊な能力を得てしまった場合。
または、召喚された場で、何か、神秘的存在の特殊な洗礼を受ける場合。
上げればさまざまだが、要するに召喚されたものは、圧倒的に強いか、普通の人間より武の成長の速度が速く、すぐに、強くなって、国の騎士よりも圧倒的につよくなる傾向がある。
しかし、それは小説の中でのことであり、現実にそんなご都合主義は決して存在しないのである。
現実は甘くない。それは、日本でも同じことだ。
適当に人生をぶらぶらと過ごして来た人間が良好な未来の方向に進むわけがない。
どっかの裕福な家庭で、親のコネを使える家に生まれたわけでもない。
俺は、何も力は持ってはいない。
いたって、そこらへんにいる普通な高校生であり、まだ、反抗期が抜けたばかりのような少年である。
俺は召喚した側の理不尽で此方《異世界》に強制的に呼ばれているが、普通に考えて、手を貸す理由がない。
そもそも、なぜ小説の中では、すぐに異世界と言う現実を受け入れられるのか理解できない。
恩を着せられたわけでもなく、これからの人生を保障してくれるわけでもない。
だからといって、元の世界に返してくれるわけでもない。
突然、こんな状況にした召喚側は何も悪くない、それがあたりまえみたいに話を進め、使えない彼をどう、処分するかの話になっている。
(ふざけるな・・・)
彼は怒気を含みながら下唇をかんだ。
勝手な都合で呼び出しておいて、使えないから、すぐに廃棄処分はないだろう。
当然のごとく、怒りがわいてくる。その怒りを、抑えることはできず、吐き出す。
「おかしいだろ!! 勝手にそっちの都合で呼び出されたのに、力がないから、はい、さようならはないだろうが!!」
その言葉を王に対する侮辱と受け止めた護衛の騎士らしき全身鎧を着た格好をした二人が、槍で彼の首元をクロスにして地面に押さえつける。
その行為に軽く首を絞められたようになった彼は咳き込みをした。
しかし、彼のことを気使いもせず、愚痴をもらす。
「知るか、愚か者。王にそのような口を聴くとは無礼な」
「そうだ、せめて命を残してもらえるだけでもありがたいと思え」
(なんだと!?・・・)
「ふざけんな!! 生かしておくだけありがたいと思えだと!? 俺の命はそんなに価値がないのか!?」
「あたりまえだ。貴様と我等とは価値が違いすぎる。貴様が死のうが何も問題はない」
騎士たちと、彼の話に飽きがさし始めた王は、彼を追い出せ、と騎士たちに命令した。
「目障りだ」
酷く冷たい言葉だった。
まるで、人を見下したような目。
いや、人としてさえ見られてはいなかったかもしれないほどだったと思う。
ひたすら頭の中にグルグルしていた思考を手放した彼は、いつのまにか城の外に放り出され、地面に倒れ付したままだった。
すぐに、地面から立ち上がり、これからを考えていた。
明日を迎えるために必要なもの。
本来なら、そんなことは現状に起こったことでパニックに陥り、考えられていないだろう。
しかし、先ほどの奴等の言葉は酷く彼の心に突き刺さっていた。
(命はそんなに軽いものじゃない・・・)
過去の経験から、一時の感情を爆発することはなく、随分冷静に物事を考えることができた彼は大きくため息をついた。
(とりあえず金と寝床だよな・・・)
彼はとぼとぼとにぎわっている商店街らしき所へ歩いた。
少し歩いて、着いた場所では、案の定、自分の考えてたとおりの風景が広がっていた。
野菜や肉など、客を集めるために声を張り上げる屋台のおばちゃん。
飲食店内へと誘いをかけている気のよさそうなお兄さん。
どこからか戦闘の形跡のある傷ついた鎧を身にまとった屈強でひげをはやしたおじさんたちが、知り合いらしき人に声をかけて、何かの肉でパーティーをやらないかと、楽しそうなものだった。
とても、さっきまでの暗い気持ちは吹っ飛んでいた。
この世界は多分、自分のいた日本より、生きる気持ちの高い人が多い。
それは、家族のためか、親友のためか、はたまた恋人か。常に生きるのに必死である。
日本ではあんな笑顔でワイワイしている光景はあまり見たことがなかった。
とてもまぶしかった。まさしく生きているように思えた。
へんな言い方かもしれないが、この世界と日本とを比べると、自分のいた世界の人間はみな腐っているように思えた。
それにどこか無性に懐かしく思えた。
つい、数時間前に自分の前に広がっていた光景そのものだった。
幼馴染の彼女との些細な喧嘩や、友達との日常会話。
毎日ご飯を作ってくれ、朝に毎日お越しに来てくれる母。
家族のために毎日欠かさず仕事に精を出す父。もちろん家族サービスも欠かさない。
小さいころ泣き虫な俺を慰め、今までも優しく接してくれていた姉。特にあの時に一番姉がさせになってくれていたと思う。
彼は走り出していた。
人気のない場所へと。
見つけたはしたが、自分でも良くわかっている。
其処にたどり着く前に泣いていたことに。
顔はグシャグシャになって、大粒の涙が、目から出てくる。
地面にキスをするようにして、泣いた。
現実を受け止めるには必要なことだ。
誰もいない。
頼れる人がいない。
知り合いがいない。
怖い。
苦しい。
悲しい。
寂しい。
まるですべての感情を追い出すようにずっと泣いていた。
ついさっきまで自分がいたつまらない日常は、とても幸せなことだったんだと気づいた。
数時間ほどだろうか、すでに泣いてはいなかった彼は大急ぎで仕事場を探そうとしていた。
金が無い。
寝床も取れない。
(この状況はやばい・・・)
本能的に体は先ほどの商店街へと走っていた。
それからひたすらに聞き込みを開始した。
飲食店などの仕事は多数あったが、前の世界の日本と同じで、なぜか月給制だった。
そこでは住み込みは無く、賄いもでない。
なので、今から働いたとしても生き抜くことはできない。
だが、ギルドは違った。
ギルドでは、基本的簡単に登録することができ、その日から仕事を請けることができようになる。
なので、すぐに給料を得ることができるのだ。
まず、この世界で生き抜くためそして、なによりここは異世界だ。
日本では起きないことが此処では起きる。
きっと、死に直面することだって少なからず多いはずだ。
立ち止まっている暇は無い。