第7話 追放令嬢は、命令しない
ミレーヌが集落に姿を見せるようになってから、空気が少しずつ変わり始めた。
人々は、最初こそ距離を取っていた。
辺境に長く住む者ほど、“異質”を警戒する。
だが、彼女が魔導式を描き、壊れた農具を修復し、井戸の水量を安定させたことで――
視線は、疑いから驚きへと変わっていった。
「……本当に、直った」
「魔導士って、すごいな……」
そんな声が、あちこちから聞こえる。
ミレーヌ本人は、それを気にする様子もなく、淡々と作業を続けていた。
誰に褒められても、反応は薄い。
だが、拒絶もしない。
(いい傾向ですわ)
才能ある者は、孤立しやすい。
だが、孤立させたままでは意味がない。
私は、集落の広場に簡易的な集会所を設けることにした。
資材は、放置されていた倉庫から回収。
労力は、希望者のみ。
「……本当に、命令しなくていいのか?」
作業を眺めながら、カイルが低く尋ねてきた。
「ええ」
「来たい者だけで、十分です」
彼は、少しだけ困惑したように眉を寄せる。
「ですが、そうすると……」
「動かない者も、出てきます」
「それで構いませんわ」
私は、即答した。
「人は、納得しなければ動きません」
「無理に動かせば、必ず歪みが出ます」
辺境の人々は、命令されることに慣れている。
だが、それは“従っている”のではない。
――諦めているだけだ。
「私は、命令ではなく」
「選択肢を提示します」
広場に集まった人々に向けて、私は声を張る。
「作業に参加した方には、報酬をお渡しします」
「金銭だけでなく、食料、道具、住居の修繕も含めて」
ざわめき。
「ただし、義務ではありません」
「参加しないことで、不利益もありません」
人々の表情が、戸惑いに変わる。
――選ばされることに、慣れていないのだ。
「……本当に、それで?」
若い女性が、恐る恐る問いかける。
「ええ」
私は、頷く。
「あなた方の時間は、あなた方のものです」
「使い道は、自分で決めてください」
沈黙。
そして――。
一人、また一人と、手を挙げる者が現れた。
理由は様々だ。
報酬が欲しい者。
興味がある者。
ただ、何かを変えたい者。
それでいい。
(十分ですわ)
数ではない。
“最初に動く人間”こそが、流れを作る。
作業が始まると、ミレーヌが自然と中心に入った。
彼女は指示を出さない。
だが、質問には的確に答える。
「……この魔導式、ここを変えた方がいい」
「素材、少し粗い」
言葉は少ない。
だが、内容は的確だ。
人々は、彼女の言葉を信じた。
なぜなら、結果がすぐに出るから。
夕方。
集会所の骨組みが完成した。
粗末だが、確かな形。
「……できたな」
誰かが呟く。
その声には、微かな誇りが滲んでいた。
私は、その様子を少し離れた場所から見ていた。
「レティシア様」
グラントが、静かに声をかけてくる。
「人が……変わっています」
「ええ」
私は、視線を外さずに答える。
「“自分で選んだ”結果ですもの」
その夜。
集会所に灯りがともる。
人々が集まり、簡単な食事を分け合う。
笑い声が、ほんの少しだけ増えた。
私は、立ち上がり、静かに言った。
「今日は、ありがとうございました」
「これからも、こうした場を増やしていきます」
「強制は、しません」
「ですが――」
一拍、置く。
「ここで生まれた成果は」
「参加した皆さんのものです」
人々は、互いの顔を見合わせる。
そして、ゆっくりと頷いた。
その視線には、もう警戒はない。
代わりにあるのは――期待だ。
カイルが、私の横で小さく息を吐いた。
「……不思議な方です」
「人を、縛らない」
「縛る必要がありませんわ」
私は、静かに答える。
「人は、居場所があれば」
「自然と、戻ってきます」
夜風が、集落を撫でる。
辺境は、まだ貧しい。
だが――確実に、変わり始めている。
命令しない追放令嬢のもとで。
人々は、初めて――
“自分の意思で働く”という感覚を、思い出し始めていた。




