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断罪された悪役令嬢は契約で国を買い取る ~支配ではなく市場で無双します~  作者: 桐生ことは


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第4話 追放令嬢、王都を去る

 夜明け前の空は、薄く白んでいた。


 宿場町を出る馬車の車輪が、静かな音を立てて動き出す。

 街はまだ眠っており、見送る者の姿もない。


 ――それでいい。


 王都を去るとき、私は誰にも知らせなかった。

 涙も、別れの言葉も、必要ない。


「本当に……このままでよろしいのですか」


 御者台の後ろから、カイルの低い声がした。

 彼は手綱を握ったまま、ちらりとこちらを窺う。


「何を、ですか?」


「王都です」

「戻ろうと思えば、まだ――」


「戻りませんわ」


 私は即座に答えた。


「必要なものは、すべて置いてきました」

「……いえ、正確には」


 窓の外、遠ざかる街道を一瞥する。


「必要なものは、すべて“持ってきた”のです」


 カイルは、それ以上何も言わなかった。

 問いを重ねないのも、彼の美点だ。


 馬車の中には、静かな空気が流れる。

 けれど、その沈黙は重くない。


 私は膝の上の手帳を開く。

 昨日までに整理した契約と、今後の予定。


 ――次に向かうのは、辺境領ヴァルデン。

 王国の地図では端に小さく記されるだけの土地。


 資源あり。

 人材あり。

 だが、統治者なし。


(最初から完成している場所など、ありませんもの)


 成り上がりとは、積み上げること。

 そして――取捨選択だ。


 馬車が進むにつれ、街道は次第に荒れていく。

 舗装は剥がれ、雑草が顔を出し、道の両脇には放置された家屋が増えていった。


 王国の外縁。

 忘れ去られた場所。


 それでも。


「……人の気配は、ありますね」


 カイルが低く呟く。


「ええ」

「見捨てられても、生きている人はいますわ」


 私は、窓越しに遠くを見る。

 畑は荒れ、建物は崩れかけている。

 だが、煙は上がっていた。


 人は、いる。


 ――それで十分。


 やがて馬車は、古びた関所の前で止まった。

 兵士は二人。

 装備は古く、姿勢もだらしない。


「国外追放の身分証を」


 淡々とした声。

 義務としての確認。


 私は、事前に用意していた書類を差し出す。

 兵士は目を通し、特に興味もなさそうに返した。


「通っていい」

「……もう戻れませんよ」


「ええ」


 私は微笑む。


「承知していますわ」


 関所を越えた瞬間。

 空気が、変わった。


 重圧が、ふっと消える。

 まるで、首輪が外れたかのように。


(ここからは、完全に自由)


 王都の規範も、貴族社会の暗黙の了解もない。

 あるのは、現実と結果だけ。


 馬車が進み、しばらくして――。


「レティシア様」


 後方から、もう一つの声がした。

 グラントだ。


「……先ほどの町で、商人たちと話してきました」


「どうでした?」


「噂は、もう広がっています」

「“追放された令嬢が、辺境に向かっている”と」


 私は小さく頷く。


「結構ですわ」

「噂は、武器にもなります」


 無名である必要はない。

 ただし、恐れられる必要もない。


「それと……」


 グラントは、少し言い淀んでから続けた。


「王都の商会から、早くも問い合わせが来ています」

「契約内容の再確認を――」


 思わず、口元が緩む。


(早いですわね)


 だが、まだ足りない。

 “困る”段階には、至っていない。


「返事は、出さなくて結構です」

「向こうが“困り果ててから”で」


 グラントは、目を見開いた後、静かに笑った。


「……恐ろしいお方だ」


「褒め言葉として、受け取りますわ」


 日が高くなる頃、辺境の集落が見えてきた。

 粗末な家々。

 だが、確かに生活の痕跡がある。


 私は、馬車を降りた。


 冷たい風が、頬を撫でる。

 だが、不思議と寒くはない。


「ここが――」


 私は、地面を踏みしめる。


「私の、最初の領地ですわ」


 誰も拍手しない。

 誰も祝福しない。


 それでも。


 この場所には、未来がある。


 私は背筋を伸ばし、宣言するように言った。


「ここから始めます」

「王国が、二度と無視できなくなる場所を」


 カイルは、剣を胸に当てる。


「ご命令を」


「命令ではありません」


 私は首を横に振る。


「――提案です」

「一緒に、ここを“作り替えましょう”」


 彼は、迷いなく頷いた。


 辺境の風が、私の髪を揺らす。


 追放令嬢は、もう振り返らない。


 王都は遠く。

 だが、必ず――向こうから、頭を下げてくる。


 その日まで。


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