第38話 大司教の訪問
ヴァルデンの広場に、白い馬車が止まった。
王家の紋章ではない。
金糸で刺繍された、聖印。
大司教アルフォンス・レギナス。
宗教勢力の頂点が、直々に来た。
「歓迎いたします、大司教様」
私は、穏やかに礼を取る。
彼は、静かに私を見つめた。
「あなたが、レティシア殿ですか」
「ええ」
集会所に通す。
護衛は外で待機。
室内には、私とクラリッサ。
向こうはアルフォンスと、若い枢機卿見習いエリス。
大司教は、ゆっくりと口を開いた。
「奇跡が、揺らいでいます」
「存じています」
「触媒の供給が不安定です」
「ええ」
彼の視線が、鋭くなる。
「あなたなら、代替が可能だと聞きました」
単刀直入。
「可能です」
私は即答する。
クラリッサがわずかに息を呑む。
「ですが」
一拍置く。
「条件があります」
エリスの指が、僅かに震える。
「条件とは?」
「独占をやめること」
静寂。
アルフォンスの目が細くなる。
「奇跡は、信仰の象徴です」
「ええ」
私は頷く。
「ですが、供給が止まれば崩れる象徴は、脆い」
彼の沈黙は、否定ではない。
「私は、信仰を壊したいのではありません」
静かに続ける。
「依存を減らしたいのです」
「依存?」
「触媒供給を、公開市場へ」
「増幅装置の設計を、部分開示」
クラリッサが、資料を差し出す。
「効率は落ちます」
「ですが、安定します」
アルフォンスは、資料に目を通す。
持続型。
過剰増幅なし。
純度依存を減らす設計。
「奇跡の神秘が薄れます」
「いいえ」
私は、はっきり言う。
「奇跡が“人を救う仕組み”だと分かるだけです」
エリスが、思わず口を開く。
「ですが……信仰は」
「信仰は、強制できません」
私は、彼女を見る。
「不安定な奇跡を見せる方が、よほど信仰を傷つけます」
沈黙。
アルフォンスは、長く息を吐く。
「あなたは、信仰をどう考えている」
「尊重します」
即答。
「ですが、利用はしません」
王都では。
奇跡は、王権と結びついている。
権威。
象徴。
統治。
私は続ける。
「奇跡が政治の道具になるなら、いずれ壊れます」
アルフォンスの目に、影が落ちる。
それは、彼も知っていること。
「王太子殿下は、大規模儀式を計画しています」
大司教が、低く告げる。
「完全な奇跡を見せるために」
「危険です」
私は、即答する。
「触媒不足の状態で増幅を上げれば、暴走の可能性があります」
エリスの顔色が変わる。
「暴走……?」
「増幅過多は、制御不能になります」
奇跡は、光だ。
だが、光は熱も持つ。
「あなたは、それを止められるのか」
「止めます」
私は、静かに言う。
「壊れる前に」
長い沈黙。
アルフォンスは、ゆっくり立ち上がる。
「……部分公開と代替供給」
「正式な協議に入る」
完全な同意ではない。
だが。
対話は成立した。
馬車が去る。
クラリッサが、深く息を吐く。
「宗教の頂点と、あそこまで」
「思想は、敵ではありません」
私は、遠くを見る。
「独占が、敵です」
王都。
アルベルトは報告を受ける。
「大司教が、ヴァルデンと接触?」
不快感が滲む。
奇跡。
信仰。
王権。
それらが、揺れ始めている。
振り子は、もう中央を越えた。
次に来るのは。
衝突だ。




