第18話 王国の焦り
王都、王城――財務局会議室。
机の上に並ぶのは、数字だ。
物流量。
触媒供給量。
医療用結晶の流通記録。
「……もう一度言え」
アルベルト王太子の声は、低く抑えられていた。
報告官が、冷や汗を拭いながら繰り返す。
「ヴァルデン経由の供給が、現在全体の二割を占めています」
「特に医療触媒は、三割に迫る勢いで……」
室内が静まり返る。
「三割だと?」
「はい」
「直近三ヶ月で急増しています」
理由は明白だった。
他の供給元が、不安定になっている。
価格が上がっている。
そして――
「……代替が、ないのか」
アルベルトの問いに、沈黙が返る。
財務局次席監査官エルンストが、静かに答えた。
「完全な代替は、困難です」
「ヴァルデンの魔導補助効率は、従来比で約一・四倍」
「同条件で再現するには、時間と資金が必要です」
苛立ちが、王太子の顔に滲む。
「たかが辺境だぞ」
その言葉に、ヴァルターは視線を伏せた。
(その“たかが”が、問題なのです)
だが口には出さない。
「潰せばいい」
アルベルトは、短く言った。
「軍を送る」
「違法統治として摘発する」
「可能ではあります」
エルンストは、淡々と続ける。
「ですが」
一枚の紙を差し出す。
「潰した場合の試算です」
アルベルトは、それを奪い取るように読む。
数行で、顔色が変わった。
「……これが、損失だと?」
「はい」
「半年で、王都医療網の三割が機能不全」
「一年で、財政赤字拡大」
沈黙。
アルベルトの拳が、机を叩く。
「なぜだ」
「なぜ、そこまで影響がある」
ヴァルターが、静かに答える。
「殿下」
「レティシア嬢は――」
一瞬、言葉を選ぶ。
「仕組みを作っています」
「仕組み?」
「はい」
「人ではなく、契約で結ばれた供給網です」
それは、軍で切り崩すには効率が悪い。
「聖女様はどうだ」
アルベルトが、話題を変える。
「奇跡で補えないのか」
エルンストが、わずかに視線を落とす。
「最近、奇跡の成功率が安定していません」
「何?」
「回復効果が、わずかに落ちています」
「消耗も激しいと報告が」
アルベルトは、言葉を失う。
同時刻。
祈りの間で、セラフィナは膝をついていた。
額に汗が滲む。
(……なぜ)
光は出る。
だが、以前ほどの強さがない。
(足りない……?)
何が?
彼女自身は、まだ理解していない。
供給網。
触媒。
裏で支えていた調整。
それらが、少しずつ切り替わっていることを。
王城会議室に戻る。
「交渉は?」
アルベルトが、低く問う。
エルンストが答える。
「条件を提示してきました」
「従属ではなく、取引を」
「傲慢だ」
「合理的です」
ヴァルターが、初めてはっきり言った。
「敵に回すには、遅すぎます」
室内の空気が、凍る。
だが、誰も否定できない。
アルベルトは、長い沈黙の後、吐き出すように言った。
「……交渉を続けろ」
それは、敗北ではない。
だが、支配の放棄でもある。
「ただし」
王太子の目が、鋭く光る。
「揺さぶれ」
「弱点を探せ」
ヴァルターは、静かに頷いた。
その頃。
ヴァルデンの空は、穏やかだった。
私は、報告を受けながら微笑む。
「王国は、潰さない」
クラリッサが、息を呑む。
「なぜ分かるのですか」
「数字が、そう言っていますわ」
そして、もう一つ。
「王太子殿下は、感情的ですが」
「財務局は、計算する」
私は、窓の外を見た。
「焦りは、必ず“圧力”として現れます」
それをどう受け止めるかで、次が決まる。
王国は、焦っている。
だが――。
(まだ、本気ではありませんわね)
本気になった時。
それが、第2章の山場になる。
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