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03、天国のタイパが悪すぎて草

「えっ!? なになに!? ここって──よっと!」

 筋肉痛に痛む体でも、着地成功。ダイロン氏に渡された石に聖水をかけて戻って来たのは、転生した時に連れて来られた魔法陣の上だった。書見台の前には、いかにも呆れた顔のダイロン氏が立っている。

「あなたねえ……自分でスローライフを希望しておいて、一日足らずで戻ってくる人がありますか」

 案の定、不機嫌なため息混じりに発するダイロン氏。

「だって仕方がないじゃないですか! 毒ガスで死ぬところだったんですよ!?」

「死んだからどうだっていうんです。どうせ《コンテニュー》するんですから、《セーブポイント》からやり直すだけの話です。こちらもあなたばかりに時間を割いてはいられないんですからね。聖石と聖水は慎重に──」

「待て待て待て待て。情報量が多い!」

 不機嫌を撒き散らかすダイロン氏の後に続いて螺旋階段を上がりながら、私は思わず話を遮った。

「《コンテニュー》とか《セーブポイント》とか、まるでゲームのシステムみたいですけどどういうことなんです?」

「ええ。まあ概ねそんなところです。《転生先》は、昔は数少ない本物の《異次元世界》に限られていましたが……ここ数百年ですかね。人間の作り出した《フィクション》の世界への転生リクエストが急増し《組合》と契約を結んで《フィクション》。特に《ゲーム》の世界への転生がほとんどになりました」

「なるほど。で、組合というのは……」

「またそこからですか……知らなくても差し支えないことでしょうに」

 明らかに苛立ちを隠さず、ため息混じりに発するダイロン氏。私はそっと、彼のことを心の内にある「嫌なヤツ」の箱にしまった。

「《組合》というのは天界の部署の一つで、全ての《フィクション》を管理する組織です。正式名称を《虚構管理組合》といい、すべての世界で生み出された虚構──つまり《フィクション》の世界観を管理しています。この中の一部署、特に《ゲーム》の世界システムは死してもなおその世界内での《コンテニュー》が可能であることがほとんどですから、あなたのように軽率に根を上げて《天国》へ戻ってくる死者も少なく非常に好都合。そのため、《天国》ではこの《組合》の《ゲーム管理部署》から斡旋を受け死者の皆さんに転生先をご案内している次第です。もちろん、強いご希望があれば例外をご案内することもありますが」

「……なるほど。ご丁寧にどうも」

 おい。今明らかに嫌味言われたぞ。ピキキ!

「それでは、次の転生先は絶対に虫とエンカウントすることなく、何不自由なく暮らせる世界を希望します。できれば位の高い身分が好ましいです。あと、チュートリアルは必ず親切に!!」

「我が儘ですね……ま、いいでしょう。ただし、そこまで限定的となると転生先の絞り込みにはかなりお時間をいただくことになります。よろしいですね?」

「分かりました。待ちましょう。私も早く新天地でのんびり身を落ち着けたいですからね」

 と連れてこられたのは、最初に目を覚ました待合室だった。やっぱり今日も人で溢れかえっている。私は総合受付で152番の整理番号を受け取り、たまたま空いていたベンチに陣取った。

「──45番でお待ちの、アントニオさーん。アントニオ・バルデスさーん。3番窓口へどうぞー」

 整番まだ40番台!? と私は、悠久とも思われる待ち時間に思わず天を仰いだ。窓口では今日もおっちゃんが怒声を上げている。怒鳴れば怒鳴るほど対応に時間はかかるだろうに……と私は深くため息をつき、何をするでもなく窓口の奥の様子を伺った。

 現世(なんかもうこの言い方には慣れた)と同じようにデスクが並んでいて、職員たちはみなあくせくと忙しそうに立ち働いている。最奥には背の高い本棚がありそこにはぎっしりと薄いものから厚いものまで様々な本が詰まっており職員たちは自分の席と本棚を行ったり来たりしながら仕事に当たっているようだ。

 察するに、奥の本棚にあるのは転生先リストや死者の身元関連の書類だろう。ドライブ組んでエクセルで共有できれば検索も照会も一発なのにな……コピー機もあればなおいいし。などとナーロッパ丸出しの《天国》の業務体系にダメ出しをしていた。その時だった。

「あのう……お茶、召し上がりませんか?」

「うわっ! びっくりした!!」

 大柄な褐色の美女に肩を叩かれ、思わず声を上げた。彼女もまた、ダイロン氏と同じ茶色いローブを纏っていて、長い黒髪の陰からちょこんと尖った耳が見え隠れしている。エルフの一族と見ていいだろう。

「あ、あの、急にお声がけしてごめんなさい! その……ここは待ち時間が長いので、少しでも快適に過ごしていただけるよう皆さんに魔法のお茶をお配りしているんです」

 見かけとは裏腹、気弱そうな褐色美女エルフは私にトレイの上にある木製のコップを差し出した。

「魔法のお茶……というと、一体どのような効能があるんですか?」

「はい。簡単にいうと、時間が短く感じられます。マロの葉をベースに、チャイスの実と古時計の木の皮を調合したもので……」

「な、なるほど……独特な名前の材料ですね……」

 《天国》でも、ファンタジーめいたクセつよの食材が用いられているのは相変わらずのようだ。

「あ、す、すみません! 《天国》の外から来た方にこちらの食材や薬草のことを話しても仕方がありませんよね……私、こんなことしかできないから、つい話し込んじゃって」

「いやいや、すごいじゃないですか。時間をスキップできるお茶なんて」

「すごくなんかないです……見ての通り私ってオークとエルフのハーフじゃないですか。だから体は頑丈なんですが、魔力が弱くて。ここではお茶汲みぐらいしかできることがないんです。それも、効率が悪いっていつもダイロンさんに叱られてばかりで……」

 見ての通りかはさておいて、ダイロンあの野郎! パワハラの前科ありか!!

「ちなみに、ええと……」

「ああ。申し遅れました。私、ララノアといいます」

「ララノアさん。ですね。私は辻堂まどか──まどか、と気軽に呼んでください。なんて、名乗ってもすぐに異世界へ飛ばされちゃうんでしょうけど。『袖擦り合うも多少の縁』といいますから。よろしくお願いします」

 と私は頭を下げ、トレイの上にあるコップを受け取った。

「ソデスリアウモタショウノエン……それは、マドカさんのお国の言い伝えか何かですか?」

 ララノアさんは私の頭上で夕陽色の瞳をぱちくりとさせ首を傾げて見せた。

「そうですね。ことわざ、といいますか……例えば人とすれ違う時にローブの裾が触れ合うことってきっとありますよね。そうした些細な関わりでも、人との縁はできるものですよ。という意味です」

「わあ、素敵な考え方! ソデスリアウモタショウノエン、忘れない内にメモしておかないと!」

 と言って、ララノアさんは嬉しそうに微笑みながら「ソデスリアウモタショウノエン、ソデスリアウモタショウノエン」と繰り返しお茶のなくなったトレイを小脇にぴょこぴょこと飛び跳ねて見せた。ローブの上からでもわかるたわわな揺れ。あれはHカップはあるな……羨ましい……。

「ララノア!」

 と窓口から大声を上げたのはダイロン氏──ええいもう敬称などいらん。ダイロンだった。

「ひゃいぃ!!」

 呼びつけられたララノアさんはというと、怯えたように肩を竦ませてダイロンに向き直っていた。一方のダイロンはというと、厳しい目で待合室の隅にある茶道具セットを見ては顎でそれを差した。うーわ! 態度、悪っ!

「すみませんマドカさん。私、仕事に戻らないと!」

「いえいえ、こちらこそお引き留めしてすみませんでした。お茶、ありがとうございます!」

 私は受け取ったコップを掲げて見せ、茶道具へ駆けていくララノアさんを見送った。そこでララノアさんは、じりじりするほど丁寧にお茶を淹れてはコップに注いでいく。……健気だが、タイパは悪い。

 というかこの《天国》全体的にタイパが悪い! 悪すぎる!! データはアナログ! 照会は目視! それにララノアさんには悪いけどお茶なんかティーパックで一気に淹れてウォーターサーバーにセットしとけばセルフサービスにできるっつーの!!

「なんだかなあ……ま、宿り木程度の場所のことに脳のリソース使うのもアホらしいか……」

 と私はまたも独り言ち、コップのお茶をぐいっと一気に飲み干した。すると……。

「152番でお待ちの辻堂まどかさーん。7番窓口へどうぞー」

 驚くべきことに、時間ピッタリでダイロンの面倒そうな声に呼びつけられた。私はたまらずベンチから立ち上がり窓口で不機嫌にしているダイロンへ詰め寄る。

「ちょっとダイロンさん! ララノアさんのあのお茶どうなってるんです!? 時間スキップもすごいけど、こんな秒単位で調合できるって普通なんですか!?」

 私が言い募ると、ダイロンは酷い頭痛にでも見舞われたかのような顔をしてこめかみに指を当てた。

「……普通ではありませんね。ただし、効率が悪すぎる」

「というと、能力はお認めになるんですね?」

「もちろん。彼女にやらせれば、どんな仕事も完璧に仕上がる。……ただし、平均の10倍は時間をかけて」

「10倍……!?」

 さ、さすがにタイパが悪すぎる……申し訳ないララノアさん……擁護が……できない……!!

「本来であれば、彼女はオーク由来の腕力を買われ《地獄》で拷問を担当するはずでした。ただ、あまりに気が弱くてね。器具を握ることすらできなかった。そこで一変、こちらへ回されてきたというわけです。半分とはいえエルフの血も入っていて魔法には通じていることですし、何よりここは万年人手不足だ」

「そ、そんな壮絶な人事が……」

「まあ、人手不足とはいえお茶汲みしかできないのでは困ります。まるで目の上に瘤があるようですよ」

 そう言ってダイロンは、大きなため息をついて待合のベンチで愛想良くお茶を振る舞っているララノアさんをちらりと見やった。つられて私も振り返る。万が一、ここでも仕事を失ってしまったら──《地獄》からも《天国》からも追いやられた彼女は一体どこへ行くのだろう。

「──さて。無駄話が過ぎました。あなたの次の転生先ですが、こちらを推薦させていただきます」

「あ、はい。拝見します。どれどれ……『悪女とそしられ追放されたのでいっそ魔王と溺愛ライフですわー!〜聖水100ガロンでも我が城は墜とせませんことよ!〜』……あー、これ、プレイしました。結構有名な乙女ゲームですよね」

「おや。では話が早い。あなたの希望した条件にピッタリでしょう?」

「いや、まあ、ピッタリはピッタリなんですけど……ちょっと事情があってNGというか……」

 と一応しおらしく切り出すと、ダイロンはまたクソデカため息をついて椅子の背もたれに身を預けた。

「……形式上、お伺いします。ただし手短にお願いしますよ」

「すいませんねお手間かけさせて。……このゲームをプレイしたのは私が社会人一年目の時だったんですが、プレイ直後に先輩から結構大きなミスを押し付けられて上司にガン詰めされて以来、冒頭で同じようにガン詰めされてる悪役令嬢を見ると吐き気を催すようになってしまいまして」

「それはそれは、お気の毒なことです。以上ですね。では行きましょうか」

 ダイロンは急にニッコリと冷徹な笑顔を浮かべたかと思えば、窓口から出てきて強引に私の手を引き地下への扉を開いた。

「ちょっと! 待ってって! だから悪役令嬢モノにはトラウマが!!」

「我が儘言わない! 言ったでしょう。ゲームの世界にはセーブポイントがあります。また戻って来られても困りますから、今回は特別に冒頭をスキップして魔王城のあなたの部屋からのスタートにしておきましょう。チュートリアルは本として机に置いて置きますから隅から隅までよーく目を通してくださいよ!」

 早口で一気に言ったダイロンは、私を魔法陣の中に放り書見台の前に立った。

「待って待って! ほんとに! ちょっと! 悪役令嬢だけはイヤーーーー!!」

 という叫びも虚しく、私は再び宙に浮き白い光に包まれた。

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