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02、異世界スローライフが過酷すぎて草

「うわっ! っと、と!! ……ふぎゃ!!」

 白い光に包まれて目が眩んだかと思ったら、次の瞬間には小さなログハウスに転生していた。

「いたたたた……ここに……これから住む……のか……?」

 私は強か打ちつけた腰をさすりながら立ち上がり、薄暗い部屋の中を見回した。大鍋の置かれた暖炉にベッドとクローゼット。クローゼットの中にはこの世界での衣類であろう麻のパンツと長袖のシャツ。それにエプロンが数着かけられていた。

 ほかは食器棚とダイニングテーブルと椅子が四脚に、書き物用であろうデスクセット。テーブルやデスクにある燭台以外はどれも古びた木製で、お世辞にも使い心地が良さそうだとは言えない。

 まあしかし、世界観としては結構アガるものがある。雰囲気はバツグンだ。私はベッドの傍らにある雨戸を開けてみた。

「おおー! そうそうそうそう! こういうのでいいんだよこういうので!!」

 窓の向こうには田園が広がり、陽の光が稲穂を黄金色に照らしていた。思わずドラマの名台詞も出るというものである。

 窓からの日差しで、薄暗かった部屋の様子も少し詳しく分かって来た。暖炉の側には鍬や鋤、鎌や脱穀機と、これまた木製のチェストが置いてある。チェストの中には使い込まれた剣や防具、それにポケットの多いリュックサックと麻袋に入った金銀のコインがあった。これは察するに、このログハウスでスローライフを送っていた元冒険者の物だろう。その冒険者が実在するのか、はたまたタダの「設定」としてここに痕跡が残されているのかは杳として知れないが。

 何はともあれ私は血まみれのスーツからクローゼットの中の衣類に着替え、最寄りの街(そのような場所があればだが)に生活用品の買い出しがてら情報収集へと赴くことにした。この世界の文明レベルがどの程度なのか。魔法などは存在しているのかどうか。その辺りは気になるところだ。

「薪……よし。明かり……は、ローソクを使うのかな。当面の飲料水……は、井戸がある。と。野菜と調味料……は、様子見てここの物買ってみよう。紙とペンも欲しいな。あとたぶん、インクも必要……と。念のため最寄りの病院も確認しておいた方がいいか。あるか知らんけど」

 そうして部屋の中や家の周りをぐるぐると確認して周り、リュックを背負うとデスクの引き出しの中にあった鍵で玄関を施錠して私は家を出た。

「日差し、つよ……今何月くらいなんだろ。稲はもう収穫できそうだったけど、一応カレンダーも買うか……やり直しの期限のこともあるし」

 じりじりと照りつける日差しの下、私は思わず独り言ちた。とその時だ。道の向こうから藁を乗せた牛車がやってくるのが見えた。ちょうどいい。街への道のりを教えてもらうことにする。言葉が通じることを祈って!

「すみませーん! 少しお尋ねしてもいいですかー!!」

 私がそう声を張り上げ手を振ると、牛車の御者は車を止めて降りて来た。人の良さそうな初老の男性だ。

「何かな? ここらじゃ見ない顔だね」

 よかった! 言葉が通じるタイプの異世界だ!!

「はい。最近この村へ身を落ち着けた者で……ところで、ここから一番近い街へはどう行けばいいでしょう?」

 私が御者の男性にそう尋ねると、彼は少し訝しげに眉を寄せて顎髭を撫でた。

「この村へ来るまでの間に通ったろう。あそこが一番近い街だよ」

「あー……その、少し事情というか──」

 いや、これはまずい。小さな村で後ろ盾のない新参者なんか現れた日にゃ村八分で詰む!

「ははぁ。あんたさては、異世界民だね。たまにいるんだよ。突然得体の知れないところからやって来て、勇者や冒険者になっていくのが」

 私が冷や汗をかきながらしどろもどろとしている内に、男性は訝しげにしていたその眉を一転、興味深そうに引き上げて言い募った。というか、市民権を得ているのか……転生者……。

「しかし、あんたみたいな若い女の子は珍しいね。何か武術の心得でもあるのかい?」

「いえ。そういったことは特に……なので、私はこちらの村で細々と稲作でもやりながら過ごさせていただこうかと」

「そうかそうか。まあ、ここは何もないけど自然が豊かでいいところだよ。私はドミニク。この村の村長だ。何か困ったことがあったらいつでも言いなさい」

 ドミニクさん。英語名だ。ということは、この世界は英語圏と考えていいだろう。

「ありがとうございます。ドミニクさん。私のことは──マーサとでも呼んでください。元の世界の名前は、こちらでは少し馴染みにくいと思うので」

「なるほど。わかったよマーサ。そうそう。街への道だがね、なんということはない。この道をまっすぐだ。君の足だと1マイランほどかかるだろうから、いずれは馬を買うことを考えた方がいいね」

 1……マイラン……? 出た……謎の単位だ……。クセ強いな……。

「あー……すみません。ドミニクさん。常識的かつややこしいことを二つ教えて頂きたいのですが、この世界の太陽は西から登って西へ沈む物という認識で合ってますか?」

「そりゃもちろん」

「では、私がこれから1マイラン歩いて街に到着する頃。太陽はどの位置まで登っているでしょう?」

「本当に常識的かつややこしいな……まあ、ちょうど空のてっぺんあたりじゃないのかね。おおよそだけれども」

 なるほど。とすると今の太陽の位置からしておそらく1マイランは2時間程度と考えてよさそうだ。確かに馬でも持ってないと頻繁に出かけられないな……。それに乗馬の訓練も必要だ。異世界スローライフ、なかなか一筋縄では行かないかも知れない。

「ありがとうございます。ドミニクさん。助かりました。不束者ですが、今後とも何卒よろしくお願いいたします」

「ああ。よろしく。道中気をつけて。暗くなるとここいらも魔物が出るからね。必ず明るい内に帰ってくるんだよ。それから、井戸の水は必ず沸かして飲むように。他にも、万が一毒や呪いにやられたら村外れの呪術師様を尋ねるようにね」

「お気遣いどうも! それでは行って来ます!!」

 牛車へ乗り込んだドミニクさんに手を振り、私は道の先にあるという街を目指した。


   *   *   *


「読める……読めるぞ……! 私にも文字が読める!!」

 街について最初に驚いたのは、見たことのないはずの文字で書かれた店々の看板が自分にも読めるということだった。武器屋に防具屋。鍛冶屋に酒場。それから商店街の食料品店に日用品店。どれも摩訶不思議な文字で看板や幟が立っているにもかかわらず意味がすんなりと頭に入ってくる。

 文字が読めるので、コインに書かれた単位も理解に易かった。私はひとまず日用品店でローソクと筆記用具を買い、次に食料品を求めるべく商店街を目指した。

「紙代、そこまでしなかったな……活版印刷も普及してるみたいだし、文明レベルは少なくとも15世紀以降って感じか……」

 麻袋に残ったコインと相談しながら、次に私は書店を目指した。本当は食料品店を先に覗いたのだが、見慣れないクセつよな野菜や謎の生物の肉ばかりでちょっと日和ったからだ。

「作り置きセレクション! 特集簡単スープ5選……おっ、これは心強い。あとは……家庭で使える基礎魔法。へー。魔法が普及してるんだ……これも役立ちそう……」

 とページを開いた基礎魔法の本によれば、どうやらこの世界では《魔石》と呼ばれる鉱物を消費して魔法が使えるようだ。主な用途としては、簡単な傷の治癒や虫退治、などなど。勇者や冒険者はもっと上位の攻撃魔法や治癒魔法を使うようだが、それは今のところ関係なさそうだ。

「しかし、虫……出るのか……嫌だな……」

 私は虫退治に使える魔石を多めに調達して帰ることを心に決めた。よくよく考えてみれば農業に虫はつきものだが、私は小学生の時に顔面へクソデカカブトムシが激突するという悲劇に見舞われて以来、大の虫嫌いである。

 そうして私は書店で二冊の本を求め、食料品街へ向かった。

「すみません。えーと……この本に載ってるスープに使う材料をひと通りお願いします」

 と私が恰幅のいい八百屋の女将に本とリュックを渡すと、女将はまた初めに会った時のドミニク村長と同じく訝しげに目を細めてみせた。

「この本に載ってる材料全部って……結構な量になるよ? 大丈夫かい」

「はい。実は私、最近西の村に身を落ち着けた者で……まだ馬もなく頻繁に街まで来られないので、根性で持って帰ります!」

「西の村!? あんなところから歩いて! あんた確かに根性あるねえ!! もしかして、異世界からかい?」

 八百屋の女将はそう言って目を見開くと、リュックへ次々と野菜を詰め始めた。

「はい。ご明察です。なので、どんな些細なことでもいいのでこの世界のことを教えていただけるととても助かります」

「なるほど。些細なこと。些細なことねえ……西の村に住むなら、暗くなると森から魔物が出てくるから魔石の火を家の周りに立てておいておくのは常識として……ああ、そうだ。このロペの根だけどね」

 と女将が掴んだのは、カブによく似た青紫色の野菜だった。

「どんな料理にもよく合うけど、青紫の皮には猛毒があるから分厚く皮を剥いて鍋に入れるんだよ」

「ありがとうございます。ほかには何かありますか?」

「ほかには……あ! 商店街の入り口の酒屋は水増ししてるから気をつけな! 酒を買うならそこを右に曲がったところにあるアーロンの店がおすすめだ。そこならスープの調味料も揃うしね。肉は二軒となりのポーリーンが仕込んでる腸詰が絶品だよ。それからバターとミルクは──」

 と、止まらない商店街のオバチャンのおすすめと忠告! 私はそれらを買ったばかりの紙にひとつひとつ書きつけていった。

「──あ、ありがとうございます。女将さん! ご親切にどうも!」

「なに、いいのさ。異世界から来た子はみんなどっか素っ頓狂で放って置けないからね。まいどあり!」

 野菜と銀貨を引き換え、私は次に女将さんから教わった肉屋へ。それから酒屋へ。と店々を回り、最後に各種魔石を魔道具ショップで買い求め街を出た。

「お、重い……! これ背負って2時間!? 全然スローじゃないライフなんですけど!?」

 パンパンになったリュックを背に、それでもえっちらおっちら元いた村へ歩いて帰った。ぼちぼち日が傾いて来ている。魔物よけの魔石をセットして回る時間を考えると、そう何度も休憩はしてられない。道すがら川は流れていたけれど、生水は飲むなと村長に忠告された。しかし、透明度の高いきれいな川の水を見れば見るほど喉が乾く……。

「つ、着いた……疲れた……水……!」

 出発した時と同じく(この世界でいうところの)1マイランほどかけて、私はようやく自宅へ帰着した。まずは暖炉に火を入れて水を沸か──そうとして、ふと思い出した。確か買って来た基礎魔法の本に魔石を消化して水を瞬時に浄化する方法が載っていたような気がする。

「ええと……水の浄化……浄化は……あった。これだ!」

 私はほのかに青く発光する水のエレメントの魔石を片手に、ダイニングへ本を広げた。

「なになに……? 水エレメントの魔石100グロンとエータリアの葉20枚で生水1000カッパラを浄化可能……なるほど! 分からん!!」

 単位のクセがいちいち強すぎる!

「いや待て、まどか……いいやマーサ。一旦整理して思い出そう」

 確か、魔石を買った時の1つあたりの単位が100グロンだった。エータリアの葉は図説が載ってる。広く自生してるみたいだからこれをその辺でむしってくればどうにかなりそうだ。問題はこの「生水1000カッパラ」っていうのがどのくらいの量なのかってところだが……。

「……ん? あれ。大鍋になんか書いて……あ、これが100カッパラの鍋?」

 暖炉に置かれていた大鍋には、確かに謎の言語で「100カッパラ」と書いていた。(そしてなぜかそれが読める私)

「この鍋10杯分……相当の量が浄化できるな……水瓶かなんかあればいいんだけど……」

 と一旦外に出て、家の回りをぐるり。……ビンゴだ。裏手に二つ、大きな水瓶があった。それをどうにかこうにか部屋の中に転がして、今度はその水瓶の中に大鍋を使ってひいひい言いながら水を溜めていく。

「これ明日……絶対筋肉痛のヤツ……! 全然スローじゃない……!! 看板に偽りありだよ……!! げっほ! うぇっほ!!」

 乾いた喉から咳が出る。ぼやいてもひとり。咳をしてもひとり。

「それで……あとはエータリアの葉を20枚だって……? ぜってー美味い水飲んでやるからな……!!」

 もはや火を起こして水を沸かした方が早かったような気もするが、ここまで来たら意地である。私は『家庭で使える基礎魔法』を片手に地を這いつくばり、それらしき雑草を引っこ抜いては丁寧にその葉だけをむしり取った。

「これが《エータリアの葉》か……よし! 材料は揃った!!」

 私は小さくガッツポーズをし、いそいそと部屋の中へ戻った。そして水瓶の中に魔石とエータリアの葉を放り込んでいく。すると──。

「……お? おお? おおー!!」

 瓶いっぱいの水が魔石と共に一際青い光を放ち、そして、消えた。水瓶の底には光を失った魔石だけがある。「家庭で使える基礎魔法」によれば、魔石は魔法の力を人へ与える代償としてハーブや生き血(物騒だ……)などを求める《生命鉱物》らしい。つまり、100グロンあたりの水エレメント魔石が生水を浄化するのに必要な代償がエータリアの葉20枚だったというわけだ。え、コスパ、良……。

 さて。そんな次第で私は大量の飲料水を手に入れた。まずは食器棚からコップを取り出し、カラッカラの喉を潤す一杯を頂戴──。

「……っかー!! 冷た!! うっま!!」

 染みた。ぶっちゃけどんな激務の後のビールより染みた。苦労が正当に報われると、水でもこんなに美味いのか……!!

「っし! 次の仕事だ! 松明松明!!」

 と誰にともなく発してはコップをテーブルに置き、私はリュックから魔物避けの魔石を麻袋に移すと、もはや相棒とも言える『家庭で使える基礎魔法』を片手に外へ出た。

「えーとなになに? 魔物避けは10グロン一晩の効力。動物油ひとかけと共に火へ焚べるべし……なるほど。まずは石を割るところからだな……」

 私は手の中で赤く光る魔石を見下ろし、部屋の中へ取って帰った。幸いチェストの中には工具があり、動物脂はポーリーンさんの店で牛脂をおまけしてもらったものがあるのでこれを使うことにした。

 まずは暖炉に火を入れて、ローソクに火を灯す。金槌で魔石を叩くと、割合簡単に割れてくれた。時間がないので助かる。

 そうして私は100グロンの魔石を概ねではあるが10等分に分割し、家の周りに松明を設えていった。終わった頃にはもうあたりが夕日に包まれていて、私はその夕日に見惚れると共に作業が間に合ったことにほっと胸を撫で下ろした。その時だった。

「終わっ……ってない……お腹……すいた……」

 ぎゅるるる。と腹の虫が鳴り、いそいそと部屋の中へ戻る。現世(という言葉が適切なのかは分からないが)であれば外食で済ませるところだが、スローライフというからには自炊に励むべきであろう。レシピ本と材料も買って来ていることだし。

「さて。記念すべき一食め……は、野菜とソーセージのスープといきますか!」

 と私はレシピ本を開き、腕まくりをした。材料はロペの根(皮を厚く剥いたもの!)、オランタン(たまねぎみたいな野菜だ)、シューの葉お好みで(これはキャベツっぽい)、それにポーリーンさんお手製の馬の腸詰を水から煮込んで、アクを取りつつ塩とスパイスで味付け。出汁は腸詰から出るようだ。

「なーんだ。簡単簡単。私も少しは異世界スローライフに慣れて来たかも──!?」

 とロペの根やオランタンの皮などの野菜ガラを暖炉へ放り込んだ、その時だ。ボフン! と暖炉から紫色の猛烈な煙が上がり、その煙は瞬く間に部屋を満たした。

「ちょ! まっ! なになに!? 聞いてない聞いてな──ぎゃああああ!! 虫!! でっか!! 無理無理無理無理!!」

 慌てて開けた窓から飛び込んできたのは、手のひら程もあろうかという蛾の群れ。魔物避けの松明設置にかまけて虫除けの魔石を使わなかったことを思い出したが、後の祭りだ。

「げほっ! げほっ! とりあえず、火、消さな──うぅっ!?」

 続いて、猛烈な吐き気。おそらくこの紫の煙のせいだろう。何が原因だ? ロペの皮は燃やしても毒ガスを発するのか!? だったらはじめに言ってくれ!!

 ──あー、ダメだ。これ、死ぬやつだ。一回死んでるから私は詳しいのだ。そう察するや否や、私は部屋の隅に置いてあるリュックサックのところまで這って行き、ダイロン氏から渡された石と聖水を取り出した。

 僅か1日足らずで戻ってくるな! と嫌な顔をされるだろうが、これは私に与えられたれっきとした権利だ。堂々と行使させてもらう!! 来世に期待!!

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