01、天国が事務的すぎて草
うわぁ……最悪だ……死んだ……。
心臓止まっても聴覚だけは生きてるってあれ、本当だったんだ……。心電図の音、メッチャ一定じゃん……。
お父さんお母さん。先立つ不孝をお許しください……まどかはもうおしまいです……PCの中身はBLゲームしか入っていないのでそのまま破棄してください……。
あーダメだ。いよいよ何も聞こえなくなってきた。なんでこんなことになったんだ……珍しく定時で退社して、ルンルンでコンビニ寄ってスイーツ買って、それから──。
* * *
「──さん、辻堂まどかさん。5番窓口へどうぞ」
「ふがっ!?」
意識を取り戻したのは、海外の市役所……みたいなところ。ベンチには私と同じように、うなだれたり戸惑ったような様子の人がたくさんいる。
「辻堂さーん。辻堂さん。いらっしゃいませんかー?」
「あ、は、はい! います! すぐ行きます!!」
病院に担ぎ込まれた時と同じ血まみれのスーツ姿の私はすぐに返事をして、大きな文字で「5」と書かれた窓口へ向かった。書かれているのはアラビア数字の「5」だけれども、フロアの雰囲気はなんだかゲームの世界みたいで頭が混乱する。
「すみません。辻堂です。よろしくお願いします」
窓口にいたのはメガネをかけた金髪の若い男性。耳が尖っていて、やっぱりゲームで見るような茶色いローブを着ている。髪色はチャラいが、かっちりとセットされていて真面目な風貌だ。例えるなら、エルフ?
「よろしくお願いします。私はあなたの死後転生を担当しますダイロンと申します。どうぞよろしく」
「はぁ……よろしくお願いします」
やっぱりだ。ダイロンはエルフの名前の定番で、意味は《監視者》。きっとこの人も、何某かの監視を仕事にしているんだろう。
「さて、この度はご愁傷様でした。まずはご本人確認のためお名前とご年齢と性別。それから国籍と信仰している宗教があればお願いします」
「はい……辻堂まどか。25歳女性。国籍は日本。信仰している宗教は特にありません」
男性は手元の用紙(これもコピー用紙とかじゃない。たぶん、羊用紙だ。私はオタクなので詳しいのだ)に私から聞き取った情報に羽ペンとインクでチェックを付けていく。
「わかりました。ありがとうございます。それでは死因の確認をさせていただきます。──和暦令和XX年X月X日。夜19時頃。勤務先からの帰り道に立ち寄った商店に車両が突っ込んでくるという事故に巻き込まれ、搬送先の医療施設で失血死。間違いありませんか?」
「……おそらくは」
「おそらく。というと? ご自身の死因がはっきりしない?」
「ええ。突然のことだったので詳しくは……」
「……わかりました。照会に少々お時間頂きます。お待ちください」
そう言ってダイロン氏は手元の羊用紙を手に席を立ち、窓口の奥へ消えた。それから待たされること5分……10分……とにかく長い時間。私はぽつねんと待たされ続けた。そんなことが他の窓口でも多々発生しているようで、二つ向こうの7番窓口ではついに「いい加減にしろ! いつまで待たせつつもりだ!!」と壮年の男性が怒声を上げ始めた。褒められたことではないが、気持ちは分かる。
「──大変長らくお待たせしました。辻堂さん。死因の確認が取れました。それでは、今後の転生先についてですが」
「ちょ、ちょっと待ってください! そもそもここはどこなんですか? 転生先と言われても、何が何だかさっぱり……」
私がダイロン氏の言葉を遮ると、彼はメガネのブリッジを上げながら「ああ、そこから」と少し面倒そうに発した。少しイラついた。
「簡単に申し上げますと、ここはあなたたちのいう《天国》です」
「は……? て、天国!? この、いかにもお役所然としたところが!? 天国ってもっとこう……お花畑的なところじゃないんですか!?」
「そうした《天国》も勿論存在します。ただ、それはあくまで特定の宗教を信仰されている方が向かわれる場所です。……なので信仰を持たない死者は一旦この窓口でご希望の《天国》──我々は《転生先》という言葉を使いますが──その《転生先》をヒアリングし、適切な《転生先》へと取り次ぐ仕組みになっています」
ダイロン氏は噛んで含めるようにしながらゆっくりとそう言うとまた窓口の奥へ消え、今度は割合すぐに戻ってくると一冊の本を開いた。
「傾向としては、生前の人生に行き詰まっていた方などは突出した能力を以ての《生き直し》をご希望される方が多いですね。それと、忙しくされていた方は自給自足生活などのスローライフ系をご希望される方とか……ああ、それから、最近ですとあえて悪役に生まれ変わってバッドエンド回避を目指される方も増えていらっしゃいます」
ダイロン氏は本のページを次々に捲り、私にその《転生先》の様子を示して見せた。
……要するに、私は信仰を持たないが故に《異世界転生》を迫られているようだ。ラノベやアニメをたしなむ身ではあるが、よもや自分が転生する側になるとは。しかし──。
「ダイロンさん。一つ、質問をよろしいでしょうか」
「はい。なんでも」
「先ほど『適切な《転生先》へと取り次ぐ仕組み』と仰いましたが、元の世界へ《生き返る》ことは可能なんでしょうか……?」
「いいえ。それは《転生》ではなく《死に戻り》といって特定の宗教の専売特許になりますので、辻堂さんの場合は対応することができません。残念ながら」
チッ! PCの中のBLゲームはそのままか!!
「……分かりました。残念ですが諦めることにします」
「そうしていただけると我々としても話が早いので助かります。……では、転生先のご希望はありますか?」
ダイロン氏はまたメガネのブリッジを上げ、ちらりと私を見た。
転生先の異世界。正直なところを言えば、どんな世界も気が乗らない。なぜなら、私の知る限りの《異世界転生》は結局どんな能力を持って生まれ変わってもそれなりに苦労をすることになるからだ。
「……希望としては、なるべくのんびり、ダラダラ暮らせる世界がいいです」
「なるほど。わかりました。ではこちらのスローライフ系の転生先などはいかがでしょう?」
とダイロン氏が本を開いて見せたのは、確かにのどかな風景の平和そうな世界だった。タイトルは「魔物退治に疲れたので、冒険者を廃業してスローライフと洒落込みます〜パンがなければお米を炊けばいいじゃない〜」なるほど。私も社畜生活にはほとほと疲れていたところだ。来世はのんびり田舎暮らしに興じるのもいいかもしれない。
「ありがとうございます。来世はここで、のんびりやろうと思います」
「そうですか。それではさっそく手続きに入ります。……ああ、そうだ。大切なことをお伝えします」
そう言ってダイロン氏はローブの懐から青く光る三つの石と、同じ光を放つ液体の入った瓶を取り出した。
「万が一、転生先がご自身に合わないと感じたら、30日以内にこの石へボトルの聖水を振りかけてください。そうすればまたこちらの窓口へ戻ってくることができます。その時は、改めて別の転生先を検討しましょう」
「そういう仕組みもあるんですね……ありがとうございます。大切にします」
「こちらこそ。ただ、使われないことに越したことはありませんがね」
「ははは……確かにそうですね。石の上にも三年っていいますし」
「ええ。ただでさえ仕事が逼迫しているので、何度も戻ってこられると困りますから」
ダイロン氏はそう言って愛想笑いを浮かべ、本を閉じた。正直な人なんだろうが、なんだかイチイチ癪に触る。
その後私はダイロン氏と共に、施設の地下に向かった。連れて来られたのは何やら怪しげな部屋。中央には魔法陣のような模様が彫られていて、その傍らには背の高い書見台がある。
「それでは、辻堂さん。この魔法陣の真ん中へ」
「はあ……」
「緊張することはありませんよ。立ってるだけで終わりますからね」
と促され、私はその魔法陣の中央に立った。ダイロン氏は書見台に何やら分厚い本を置き、ページを開く。
「神を持たぬ者にも祝福を。豊かなる大地の加護よあれ──」
「うわ! ちょ、う、浮いた!! 浮いたんですけど!?」
私が宙空でじたばたとしている間にも、ダイロン氏は何やら呪文を唱え続けていた。やがて部屋は白い光に包まれ、その眩しさに私は思わず目を閉じた。




