夢の続きを見たいなら、人に話しちゃいけないよ
夢の続きを見たいなら、人に話しちゃいけないよ。
人に見た夢の内容を話さなければ、いつかきっと叶うから。
そんなおまじないのような願掛けを教えてくれたのは同じクラスのまみちゃん。夏休み前の暑い日で、学校帰りのランドセルのせいで杏の背中は汗だくだ。
ぎらぎらと照りつける太陽は無慈悲にも天頂にあり、真上からの光で道には影が少ない。焦げてしまいそうだ。
「へえ、まみちゃんは何か本当になってほしい夢を見たんだ」
「うん。でもね、だから中身は内緒。だって続きも見たいしね」
「そっか」
そう答えたが、杏は今の話にはそれほど興味がない。杏のママは教育熱心な人で、杏は毎日習い事を入れられてしまっている。英語教室、ピアノにスイミング。それに学校の勉強だってある。こなすので精一杯で、夢を見ても習い事の夢や学校であった嫌なこと、叱られたこと、あるいは1日30分だけ許された動画を見て面白かったことなんかが出てくるだけだ。楽しい夢ももっと見ているかもしれないが、目が覚めると忘れてしまっているんだからしょうがない。
だからまみちゃんがどんな夢を見たのか想像がつかない。
「でもね、本当にきれいでステキな夢だったんだ。どうしてももう1回見たいなあ」
夏の青い空を見上げてまみちゃんがうっとりと言った。
その話はそれっきり、夢の話を二人がすることはなかった。
けれど杏の中になぜかその話がずっと残っていた。
中学に進学し、まみちゃんとも学校が離れてしまった。学校の勉強が忙しくなって習い事の大半は辞めてしまったが、今度は塾が忙しくなる。
杏は二年生に上がった頃に心が疲れてしまった。
学校にも塾にも行かなくなり部屋に閉じこもる毎日。母親は相当嘆いて学校に行くよう言ってきたが、それを諌めたのは父親だった。
「無理に行かなくていい。今は少し休む時期なんだよ」と言ってくれた。
数ヶ月して、父親の勧めで見学に行ったフリースクールは案外楽しかった。
母親との間にはちょっと溝ができてしまったようで、あまり話をしなくなってしまった。
その頃から夢の内容がどんどん不可解で不思議なものになってきた。楽しい夢や怖い夢、色々あるが、現実を思い返すようなものは減り、少し気楽なものが増えたかもしれない。
そんな話をしたら父親が申し訳無さそうな顔で頭を撫でてくれた。中学にもなって頭を撫でられるのに驚いていたら、父親が「いろんなことを夢想する余裕もなかったんだなあ。気がつかなくてごめん」と言った。
そうしてフリースクールに通い、少しずつ気持ちが浮上して来た頃、夕方の道で杏はまみちゃんを見かけた。
冬の住宅街はもう薄暗く、ぽつりと点灯した街灯が鈍色の雲を浮かべたオレンジ色の夕空に光っている。まみちゃんはその空をじっと眺めていた。
「まみちゃん?」
杏は声をかけた。
ゆっくりとまみちゃんが振り向く。
「杏ちゃん!」
うれしそうな顔でまみちゃんが駆け寄ってくる。そして久しぶりに会えた喜びに二人でハグしあった。
近況を少し話したあと、まみちゃんがふと言った。
「ねえ、昔話した夢の話、覚えてる?」
「見た夢の内容を話さなければ続きが見られるとか実現するとかいうやつ?」
「そう! それ。私ね、あの時続きが見たいって言ってた夢、まだ誰にも話してないんだ」
「へぇ~。で、続きは見られたの?」
「うん! あれから時々見られるようになってねーーそうだ杏ちゃん、今日の夜に出てこられる?」
「えっ?」
「私の夢が叶うかもしれないの」
少し悩んだが、杏は行くことにした。
夜に出かけるのに親にどう言い訳するか考えたが、遅い時間では絶対に反対されるだろうと思って内緒で行くことにした。
こっそりと抜け出した夜の道を走り、待ち合わせの公園へ向かった。もうまみちゃんは来ていて、街灯の下でにこにこしていた。
「ねえ、これから何があるの?」
あたりには人気は全くない。しんと静まり返った公園は、今になってどこか怖い気がしてきた。
「まみちゃんーー」
「夢のとおりなら、もうすぐ迎えが来るの」
「ーー迎え?」
「あ、ほら、来た」
まみちゃんの指がすっと夜空に向かって伸ばされた。そこを光がゆっくり滑るように動いていくのが見えた。
ひとつ、またひとつ。光が増えていく。
そしてやがてそれは隊列を組み、整然と空を埋め尽くす。さながらパレードのように目の前を流れていく。色とりどりの光があって、けれど何の音もしない。杏もまみちゃんも目を奪われ、ただ眺めるしかできない。
「これをーーまみちゃんはこれを夢で見ていたの?」
「うん。このあとに母船が来るの。そして私を連れて行ってくれるの」
「え?」
思わずまみちゃんを振り返った。
「私ね、この夢をみるちょっと前からパパとママとすれ違うようになって、すごく寂しかったの。家にいるのが嫌で、どこかに連れ去られたいって思ってた。自分で出ていければいいけど、あの頃は小学生、今だってまだ中学生でしょ? 出ていったってすぐ捕まって連れ戻されるのがオチだもん。だから連れ去られたいって思ってたの」
「まみちゃん?」
「夢の続きで、私、あの母船に乗り込んで旅に出るの。それが実現できるんだよ、すごいでしょ。杏ちゃんには最後だから話しておきたかったの。お見送りしてくれる?」
そう言うとまみちゃんは空を仰いで両手を広げた。つられて見上げた杏の目に、空を埋め尽くす光の行進と、巨大な母船らしき宇宙船ーー宇宙船としか思えない、キラキラした空飛ぶ船が見えた。真っ暗な夜空を背景にしているので本体はよく見えないが、松ぼっくりを逆さにしたようなシルエットが、その外周を取り囲むように輝く光が何段も重なっているので浮かび上がっている。
杏はゾッとした。
まみちゃんが言うことが本当なら、まみちゃんはあれに連れ去られるのか。
「待ってまみちゃん、夢ではあれに連れ去られたあとはどうなるの?」
「わかんない。いつも見るのはそこまでだもん」
「やめなよ、連れ去られて人体実験されたりしたらヤバイよ」
「えっ、でも」
けれど話はそこまでだった。
目の前に広がっていたきらびやかな光たちがすうっと消えていったのだ。隣でまみちゃんが慌て始める。
「待って、連れて行ってくれるって……えっ」
まみちゃんが伸ばしていた腕から力を抜く。目を見張って光が消えつつある夜空を見つめる。
「私がーー話しちゃった、から?」
どうやら夢の光景が現れたことで夢がかなったと思い、杏に話してしまったから夢を実現することができなくなったらしい。
2人の眼の前で光たちは完全に消え去り、あたりに音が戻ってくる。遠くで走る車の音、風が吹く音、どこかの家のお風呂の水音。今までそんな日常の音が聞こえていなかったことに気が付かされる。そういえばあんなに派手な光の洪水だったのに、誰も騒いでいない。あれは現実だったのか夢だったのかーー
まみちゃんは地面にぺたりと座り込み、空を見上げたまま涙を流している。自分の失敗で永遠に逃してしまったらしいチャンスに呆然としているのだろう。
杏はまみちゃんを抱きしめるしかなかった。
その後から杏とまみちゃんはよく会うようになった。あの夜の話とか、お互いの家族の話とか。
「今考えるとどうかしてたのよね、私」
数ヶ月後、ファストフードの席に座ってドリンクバーから持ってきたメロンソーダの氷をカラカラとストローでかき混ぜながらまみちゃんが言った。
あの夜まみちゃんと私は遅くまで外に行っていたことでお互いの両親にめちゃめちゃ怒られた。それをきっかけにまみちゃんは自分の気持ちを両親に伝えたらしい。どうやら今は手探りでお互い歩み寄っている最中らしい。そしてまみちゃんはあれからあの夢は見ていないという。
「杏ちゃんがあの時人体実験とか何とか言ってくれたのがきっかけだったかも。実現できなかった喪失感はすごかったけど、時間がたって考えると、杏ちゃんの言うとおりだなって」
ありがとね、とまみちゃんは笑った。
だから杏も笑ってそれに応える。
けれど、杏は躊躇している。
不登校になり夢の内容が変化してきた時期から何度か見ている夢があることを。
父のいない時を見計らって学校に行くよう杏に話し、行けないのは普通じゃないと言い続ける母をUFOが攫っていくその夢を、杏は誰にも言えないでいる。
内容も障りがあるが、それ以上に「話したら実現できない」から。




