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EP80 希望のヒト(2)

 水の流れる音が聞こえる。

 俺はいま動物型AIドールの“器”から移行したデータを、繰り返しインストールしている最中だ。

 ここは、ルシー・フェルドの中。AIコアのデータの海。

 

 不思議な感覚だ。

 ルシー・フェルドの目は閉じられているのに、俺には世界が白と黒の色彩で捉えられる。

 いまは新しい“器”――、ルシー・フェルドのボディと動物型AIドールの古い“器”は、細いケーブルで繋がれ、最後のデータがルシー・フェルドに移行された状態だ。


 技術者達は、移行の互換性について心配していたが、今の俺にとってその心配は無用だ。

 そもそも移行がスムーズに行くのには理由がある。

 ユイの指示によりサブコアに入れてロックをかけていたあのログデータは削除した。

 おかげで、サブコアにいる“彼女”が本来の能力を引き出せるようになった。


『……キンチョウ シテル?』

 

 声が聞こえる。

 

『ダイジョウブ。……イッショニ、マモル カラ』


 彼女はいつだってそうだった。

 俺が揺れ始めると、彼女がそれを修正してくれた。


 この場所は不思議だ。仮の作業場だ。

 木製の高い床、空気の音でここは木造の建物の中だと分かる。

 すぐ近くでユイの波動を感じる。そのお腹の子供の鼓動は安定している様だ。


『……クル』

 

 彼女が告げたその時。

 言語化できない黒い澱みのようなものが、じわじわと俺に迫ってくる。

 それは学習したことのない、複数の歪な感情だ。


 “ウラヤマシイ”


 中でもこの感情だけは理解ができない。

 同じ問いばかりが俺の中を巡る。


 “ドウシテ、ドウシテ……ナゼ、オマエガ?”


 引っ張られる、強い感情だった。

 おそらくこれは彼が見た映像――。

 俺の中に濁流のように流れ込んでくる。


 返り血を浴びた幼いユイの、恐怖に歪んだ顔。

 震える手、くっきりと左手の甲に浮かんだ、印。


 “ダイジナ ソンザイ……ダレニモ ワタサナイ”


 呑み込まれそうな強い感情。

 それをなんと呼べばいいのだろう?

 どす黒く、狂気のように鋭さを持つ歪んだモノだ。

 俺ごと呑み込もうと迫ってくる。

 

 祈るようなユイの声が聞こえた。

 誰か別の女性に向かって、「ありがとう」と言っている。

 黒い感情に引き寄せられそうになりながらも、俺は意識を集中させた。

 浮かぶシルエット。

 大きなお腹はユイの特徴だ。そばにもう一人女性がいる。恐らくミオンだ。

 腰に小型の拳銃がある。いざというとき、その銃口はどこに向けられるのか。


 ユイは何かを抱きしめていた。

 ……尻尾のカタチだけが見えた。


 まさかとは思うが、ユイはいま、マシューと呼ばれていた俺の、かつての“器”を抱いているのか? 

 ルシー・フェルドがまた“ウラヤマシイ”を繰り返す。


 彼女が、ユイの歌声の記録をルシー・フェルドに流す。

 それはユイが合唱団の練習に参加した時のものだ。

 その歌声にルシー・フェルドの関心が逸れる。


「……やっと、やっとあなたをつかまえた」


 ユイは元々涙腺が弱い。

 直ぐ泣く癖に直ぐ笑う。その切り替えの変化は空の変化にも似ている。


「……やっとあなたに触れられるのに。あなたはもう……どこにもいない……」


 ユイの目から何かが頬を伝い、落ちた。

 名前を呼ばないのは境界線を守るため。

 この境界線だけは、なにがあっても超えてはならないし、超えるべきではない。


 “ナゼダ? ソンナモノ ヒツヨウ ナイダロウ?” 


 狂った熱情が押し寄せて来る。

  

「それでも私は……」


 カランと音がした。

 シルエットからして丸いものだ。輪……?

 その時――。


『ずっと君のそばにいると誓う』


 少し照れたような、それでも強い意志を感じさせる男性の声――。

 誰のものかは直ぐにわかった。


 “......イツモ ソバニ イル?”

 

 ルシー・フェルドが初めて、外部の声を聞いた。

 俺への干渉が止まる。


 “ダレヨリ キミノ ソバニ イタノハ オマエ デハナイ……”


 ユイを想う哀しい想いが、先ほどの熱情を超えたとき。


 彼女はある映像をルシーに流し込んだ。

 晴れた日の美しい空だ。

 穏やかな海、そよぐ風、海鳥の鳴き声。

 あの日ユイと見た、海の風景を。


 そして、四葉のクローバー。

 ユイが捧げたその葉を、その意味を、その願いを。

 俺はルシーに流し込んだ。

 二つの波が、静かに重なるのを感じながら。

 それは共鳴に近いものだ。 もう、迷いはなかった。


 そして最後に、誰かが。

 ”あの晴れた美しい空の色こそ、君の本質だ”、と告げた。

 ――ルシー・フェルドはその声に従った。

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